ゾンビ vs 生存者 ――おそらく俺が最後の一人――

烏川 ハル

最後

   

 かつては笑顔の買物客で賑わっていた、郊外のショッピングモール。

 入口に設置されていたガラス製の自動ドアは、もう機能していない。

 開閉機構が故障してしまったのか、あるいは、電気が停まってしまったのか。

 俺がドアの前に立っても、スライドする気配は全くなかった。

 ……だが問題はない。ガラスが大きく割れているから、そもそも『ドア』の意味がなくなっているのだ。

「……」

 今さら気にすることもないかもしれないが。

 ガラスのギザギザで体を傷つけないように、残骸であるドア枠をゆっくりと跨いで、俺は店内へ入っていった。


 モールの外から中へ。

 世界が変わる瞬間、首を回して、追って来ている者がいるかどうか、確認する。

 今のところ、誰の姿も見えない。

 追手である奴らも。

 そして当然、仲間の姿も。


 そう。

 もう俺には、仲間なんて残っていない。

 俺一人になってしまった。

 みんな奴らに、やられてしまったのだ!

 こんな環境になる前は、どちらかといえば俺は、孤独を好むタイプだったが……。むしろ今は、奇妙な仲間意識を感じていた。本能的なレベルで。

 そう、本能的な欲求だ。「仲間の仇を取りたい」という気持ちも関わって「奴らに立ち向かいたい」という衝動がある。

 しかし。

 冷静に考えれば。

 俺は、逃げるのが精一杯だった。


 奴らは、意外と狡猾だ。俺の足跡を追って、いずれ、このモールにも辿り着くだろう。

 ここまで見た感じ、奴らは、走って追って来たりはしない様子。きっと、警戒しているのだろう。じわじわと、俺を取り囲むつもりなのだろう。

 だが俺自身も、足取りは信じられないほど重くなっている。もはや走ることは不可能だった。


 それでも必死に、トボトボと逃げる俺。

 モール内の一角いっかくにある映画館が、ふと、視界に入った。

 なんとなく懐かしさを感じて――そして逃げ隠れる場所としても最適と思えて――、自然と、足がそちらへ向かう。


 映画館に入った俺は、ゆったりと椅子に座り込んだ。

 目の前には、何も上映されていないスクリーン。

 それを見ながら……。

 考える力を――状況のせいで失われつつある思考能力を――駆使して、どうしてこんなことになったのか、あらためて振り返ってみる。

「……」

 よくわからない。

 だが、なんとなく、発端となった出来事だけは覚えているような気がする。


 昔テレビで見たゾンビ映画。

 あれと似たような事件が勃発したのだ。

 今の俺は、ゾンビ映画の登場キャラの立場なのだ。

 そう、こんな感じのモールに立てこもる話も、ゾンビ映画の定番だったような気がする。

 でも、そうした映画では、仲間も一緒なのが普通だった。

 一方、今の現実はどうだ。

 最初は大勢いた仲間も……。

 一人、また一人と、奴らの手にかかって、亡き者にされてしまった。

 おそらく、俺が最後の一人だ。

 日本中、あるいは世界中を探せば、まだ仲間は残っているのかもしれない。だが、そんな長距離移動、もう俺には不可能となっていた。


「俺は、ここで……。この映画館で、始末されるのだろうか」

 しみじみと呟く俺。

 いや実際には『呟く』という言葉は、少し不適切かもしれない。今の俺は、まともに話すことも難しくなっていた。

 もしも俺の発言を誰かが耳にしたとしても、モゴモゴと不明瞭な音声にしか聞こえないだろう。

 これでは、遺言だって口に出来やしない。

 そう考えて、俺が苦笑いした瞬間。


 バンッ!


 大きな音と共に、映画館の扉が開く。

 しかも、いくつもの扉が同時に。

 ついに、奴らが入って来たのだ!

 四方八方から!


 奴らは皆一様に、丸くて細長い武器を手にしていた。

 あの武器の名称は、確か……。

 思い出そうと俺が努力している間に、正面にいた男が、皆を代表して宣言する。

「貴様が最後の一匹だ! このゾンビ野郎め!」


 ああ、やはり俺が最後だったのか。

 そう思った瞬間。

 奴らのライフル――最期の最期で俺が名前を思い出せた武器――が、一斉に火を吹いた。




(「ゾンビ vs 生存者 ――おそらく俺が最後の一人――」完)

   

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ゾンビ vs 生存者 ――おそらく俺が最後の一人―― 烏川 ハル @haru_karasugawa

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