第10話 オンライントーナメント
サブアカウント育成に励みつつ、暇な時には逆上にLGを教えたりして1週間の月日が過ぎた。
逆上は最近ランクマッチも始めたようで、現在のランクはシルバー。
最高はゴールドと前に言ってたから、それより少し下のところで日々頑張っているらしい。
けれどもこの調子ならすぐにゴールドまで上がれるだろう。
モチベーションも高く、吸収力も良い。
後は場数を踏んで慣れていくだけで、ある程度は上にいけるはずだ。
オレの視点から見ても、そんな確信めいたものがあった。
「ねぇねぇ」
「ん、どうした逆上?」
「序盤の少数戦、っていえばいいんですかね……? こういう状況って、どうすればいいですか?」
「ん、ああ……。ここはアレだな。まず人数差を見て、それから相手のマナとかスキルのクールダウンとかで行けるかを判断して――」
「おーい、ちょっといいかー?」
以前録ったリプレイ動画を見返しながら逆上とフィードバックしていると、店長がプラクティスルームに入ってくる。
「店長、どうかしたんですか?」
「とにかくゲーム内アナウンスを見てくれ。公式サイトでもいい」
言われた通り、オレはスマホでLGの公式サイトにアクセスする。
最新の記事には、『リーグ・グロリアス・ジャパン・オンライン・トーナメント開催のお知らせについて』と書かれていた。
毎年国内で行われているオンライン公式大会で、規模は最も大きく、参加チームはおよそ5000にものぼるといわれているビッグトーナメントだ。
「……え、もうそんな時期でしたっけ?」
「いいや。普段は秋から冬だが、今年は早い時期にやることが決まったらしい」
「へぇ……。何か理由でもあるんですか?」
「……あぁん? もしかしてお前何も知らないのか?」
そんなまさか、といった表情を店長から向けられる。
逆上からも同じような視線で見られていた。
……いったいなんなんだ。
疑問に思ってると、店長が一呼吸おいてから説明してくれる。
「今年はLGの世界大会が初めて日本で開催するって決まったからな。時期が被らないよう調整されたんだよ」
「ああ~……」
そういやそんなのもあったな。
発表された時はかなり盛り上がっていたらしいが、生憎と時期が悪かったので、そんなのに気にかける余裕なんてなかった。
「店長、その大会ってどれくらいの実力の人が集まるんですか?」
逆上が店長に質問する。
「んー、まあそうだな……。ここからプロになる奴もいるからなあ。一概には言えんが、本戦まで行けば大体ダイアモンドからマスタークラスだろうな」
「うへぇ……」
そんな店長の答えに、逆上は眉を八の字にして何とも言えない表情を見せていた。
その辺りは上位0.1%とかの世界だ。
上位ランカーたちが跋扈している。
今の逆上からしてみれば、天上人みたいな感じなんだろう。
「因みに義章もここからプロになったんだぞ」
オレを横目に見つつ、そう店長が付け加える。
「はえー……。もちろん優勝したんですよね?」
「いいや、確かベスト8とか16くらいだったかな」
「……え、意外ですね。余裕で優勝したのかと思ってました。こう、一人で敵全員なぎ倒していく感じで」
身振り手振りでズバッと剣客みたいな仕草をしてみせる。
「敵が一人ずつ四天王方式でくるならいけるけど、全員で集中砲火されたらさすがにきつい」
「それでも一人ずつだったら行ける自信はあるんですね……」
逆上がやや引いたような表情を浮かべていた。
「LGはチームゲームだからな。個人の実力ももちろん大事だが、チームの連携がとれてないと、こういうデカい大会では通用しない」
「はぇえ、そういうものなんですね」
オレが逆上と話していると、ふと何やら店長が意味深な表情でこっちを見てきているのに気付いた。
なんというか、もう、嫌な予感しかしない。
「……何か言いたいことでもあるんですか」
「んん? 俺は何も言ってないぞ?」
「そうやって店長がニヤニヤしてる時って何か企んでる時ですよ」
「ほう、根拠は?」
「いや、普通に顔にかいてあるんで……」
「うむ、だいぶ分かってきたみたいだな。お兄さん嬉しいぞ」
こっちは全然うれしくない。
「それで? 本題は何ですか?」
「……出ないのか?」
「何をですか」
「そりゃこの流れならひとつしかないだろ。大会だよ」
いきなり何を言ってるんだこの人は。
日焼けマシンやりすぎて、頭のネジいかれちまったのか?
「いやいや、そもそもこれってアマチュア向けの大会ですよね? 普通に出たらダメだと思うんですけど」
「いいや。ルールには現役のプロ選手以外なら出ても問題ないことになってる。お前は今無職だから問題ないぞ」
さらっとひどいこと言わないでほしい。んまぁ事実だけど。
「百歩譲ってそうだとしても、チームメンバーがいないんでムリですね。無い袖は振れないんで」
「それなら一人、とっておきがすぐそこにいるだろう」
そう言って、店長は顎でオレの隣にいる逆上を指し示した。
………正気か?
逆上も予想してなかったようで、目をぱちくりとさせている。
「本気ですか?」
「もちろん本気だ。大マジだ」
「だってこいつ、最近復帰したばかりなんですよ」
「予選開始は2ヶ月も先だ。まだ十分に時間はある」
「そういう問題じゃ………」
それでも店長の目は本気そのものだった。
くそぅ、仕方ない。ここは作戦変更だ。
オレは逆上の方に顔を向け、圧をかけつつ問いかける。
「なあ逆上。お前はLGの大会になんて、別に、全然、全く、これっぽっちも、1ミリたりとて興味ないよなあ?」
立場上、オレが店長に逆らうことは許されないので、ここは逆上を誘導して何とかなしの方向に持っていくしか―――。
「え、いいですよ。やりますやります。面白そうなので」
瞬間、オレの脳内にベートーヴェン交響曲第5番『運命』のメロディが流れた。
…………お、終わった。
オレは満身創痍のボクサーのごとく項垂れる。
「良かったなあ義章。やる気のあるメンバーが集まってくれて」
嫌味ったらしく、店長がオレの肩をそっと叩いてくる。
「……もしメンバーが集まらなかったらどうするんですか? 今から集まるかなんてわかりませんよ」
「安心しろ。ちゃんとそこは何とかしてやる。もし期限までに集まらなかったら俺が教えてる生徒に声でもかけるさ。お前の名前を出せば、みんな喜んで飛んできてくれるだろうよ」
絶対に大会には出場させてやるからな、そんな心意気がひしひし伝わってくる。
う、嬉しいなあ……(棒)。
「だからといって、こっちにばっかり甘えずにちゃんとそっちでもメンバー集めはするんだぞ?」
「……分かってますって。もう観念しましたよ」
降参を示すように、両手を挙げる。
こうなったらもう大会に出るしか道は残されていない。
「でも、お前としても全くやる気がないってわけじゃないんだろ?」
そう言って、店長はオレの方にまで寄ってくる。
すると、オレの耳元でこう囁いてきた。
「――そうじゃなきゃ、寝る間も惜しむ程のあんなハイペースでサブアカウントのレベル上げなんてしないだろう。違うか?」
……見られてたのか。
いつもはしれーっとしてるのに、こういうときだけ確信をついてくるから困る。
店長は『それじゃ頑張れよ』と言い残して、入り口まで移動していく。
「ああ、そうそう。あとひとつ言い忘れてたことがあったんだった」
去り際、わざとらしく店長が言う。
「メンバーに関してだが……一人アテは用意してある。今週末ここにくることになってるから頼んだぞ~」
のんびりとした口調で言い、店長は部屋を出ていった。
状況が掴めぬまま、取り残されるオレと逆上。
「なんかすごいことになりましたね~……」
あはは、と逆上が苦笑いを浮かべる。
「…………はあ」
そんな彼女をよそに、今日一番のため息が漏れる。
つまり、どうあがいてもこうなる展開だったということか。
まぁいいけどさ……。
「どんな人、なんでしょう?」
「さあな。まあ、大方中高生の男子ってとこだろ。その辺りの層がかなり多いって聞くし、あと店長の関係者っぽいし」
「あぁ~なるほど。女の子って線はないんですか?」
「なくはないが……男に比べたらあんまりやらないだろ。特にこういうガチガチの対戦系みたいなのはな。周りの友達でLGやってる女子をどれくらいいるか数えてみるといい。たぶんそんな多くないと思うぞ」
「………」
と、なぜか押し黙る逆上。
若干冷や汗をかいているような……?
「え、ナンカイイイマシタ?」
「いや、お前の周りの友達でLGやってるのを思い浮かべてみろって」
「…………ト、トモダチ……?」
てか、なんでカタコト口調なんだ……。
……あ、これはもしかして、地雷を踏んでしまったというやつか?
なるほどな。
「……そうか、お前ノーフレンドだったのか。聞いて悪かったすまん」
「勝手に決めつけないで下さいよ! 違いますから!」
真っ赤になって否定するも説得力ゼロである。
もうちょっと突いてみるか。
「じゃあまずはLG関係なしの友達の人数からでいいか。何人いる?」
「え? それは、その……ちょっと待ってくださいね。……えーと、いち、に、さん……」
「ああもういい。わかったから」
指折り数え始めたあたりでなんとなく察してしまった。
これからの逆上にご多幸がくることを祈ろう。どうぞご期待ください。
まぁ、オレも人にどうこういえるほどいないんだが。
「そもそもですよ? このバーチャルが当たり前のご時世にリアルの友達なんてたくさんいる方が珍しいんですからね!?」
「いや、そんなことはないだろ……。学校とかはリアルであるんだから」
ツッコミながら、オレはさっきの話に思考を戻す。
経験上、店長が直々にご指名で誘うなんてことは滅多にない。
それに最初から3人誘えばいいのに、アテがあるのは1人だけと言っていた。
店長は元プロでそれなりに知名度もある。やろうと思えば3人くらい簡単に用意できるはずだ。
つまり、裏を返せば、その人物は店長に目をかけられるほど将来有望ともいえる。
そうなると、当然かなりのベテランプレーヤーなんだろう。
ということは競技シーンにも少なからず興味を持っているだろうし、オレの事を知っているという可能性も自然と高くなる。
良い面も、悪い面も……。
「…………」
そう考えると週末がくるのが億劫になってしょうがなかった。
週末が終末。
なぜかそんなくだらない駄洒落が思い浮かび、ますます気分が沈んだのだった……。
ビクトリー・オブ・グロリアス デブリイエ @atlantakunn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ビクトリー・オブ・グロリアスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます