第9話 1vs1



 2時間程練習を終えて、オレたちは一旦休憩室へと移動していた。


「あー、こんなにやったの久々かもしれません。疲れましたぁ~」


 ぐったりとした様子で逆上が机に突っ伏す。

 流石に復帰したばかりで連戦はきつかったようだ。


「ほら、よ」


 オレは自販機で買ってきたドリンクをテーブルの上に置いた。


「……え、いいんですか?」

「気にすんな。頑張ったお駄賃みてえなもんだ」

「それって何だか、私が子どもみたいじゃありません?」


 みたいどころか、子ども同然なんだが……という言葉は飲み込んでおく。


「えと、まぁ、ありがとうございます」


 そう礼を言ってジュースに口をつける逆上。


「それで、今日は何か掴めたか?」

「ごくごくっ……。んー……まだ全然ですねー。正直操作もまだ全然おぼつかないし、もうしばらくやらないとダメみたいです」


 ま、それもそうか。

 1日やそこらで上手くなれるようなら苦労しない。

 オレは軽く息を吐きながら、窓の外を眺める。

 外は快晴で、白い雲の塊がゆっくりと漂っているのが見えた。


「あの」

「なんだ?」

「どうせならタイマンしませんか?」

「……は?」


 逆上からのあまりにも唐突すぎる提案に、思わず変な声が出てしまった。


「プロのプレーヤーってどれくらいの実力なのか、一回やってみたかったんですよね」

「それ、本気で言ってんのか?」

「もちろん本気ですよっ」


 しかし逆上は、自信たっぷりに頷いてみせる。


「でも、茅原さんってPCプレーヤーなんですよね? VRって使ったことあるんですか?」

「いいや、ほとんどないけど……」

「じゃあ丁度いいハンデじゃないですか。それにどれくらい強いのかなんて、実際に対峙してみないとわかんないですよね?」


 まあ、確かにそれは一理あるかもしれない。

 上手いプレーヤーのプレーを見たり、実際に戦って揉まれたりするのは、言ってしまえば上達の近道ともいえる。


「……あぁ、分かった。ちょっとだけな」


 屈して頷くと、逆上が『やった!』とやる気満々の笑顔を見せて揚々と移動し始める。

 そんな姿を微笑ましく思いつつ、オレも席を立ち上がって後についていく。

 

「もしかしたら、ワンチャン勝てるかもっ!」


 前から、意気揚々と鼻歌混じりにそんな言葉が聞こえてきた。

 残念だが、それは万に一つもないだろう。


 

 ◆  ◆  ◆



 LGのタイマンは、ほとんど最初の5分間が勝負といってもいい。

 5vs5と比べると奇襲《ガンク》などの他のプレーヤーの介入がないため、完全な実力勝負となる。

 いかに相手の攻撃を避けつつ、自分の攻撃をしっかりあてていくかが鍵だ。


「……そのアバター何ですか?」


 互いに準備が整うと、逆上が訊いてくる。


「どうだ、カッコいいだろ? この鎧とかイカしてると思わないか?」

「いえ、全く思いません」

「…………」

 

 はっきり言われると傷つくな。

 まあ制作時間3分のほとんど即席で作ったやつなんだけど。


「ところで、茅原さんのロールって? ファイターですか?」

「まあそんな感じだ」


 そうしゃべってる内に、ミニオンがレーンに流れ着き、レーンフェイズが始まる。

 オレは今回、最初のスキルは《硬化》を取ることにした。

 これは一定時間、自分の物理防御と魔法防御を上昇させてくれるバフスキルと呼ばれるものだ。

 逆上のロールはメイジで、スキルの射程距離が長いのに対し、オレは近接攻撃主体のファイタータイプ。

 そのため序盤は一方的に攻撃されてしまう可能性がある。

 それを少しでも抑えるために、まずは守りから入ることで様子を見ることにした。


 距離を取りつつ、まずは相手がどんなスキルを取っているのかを見定める。

 すると、逆上のアバターである【登り坂】が微かに手を前に出すようなモーションを見せる。

 僅かなラグを置いて、そこから紅い炎の球が直線方向に射出した。


(……《火炎球ファイアボール》を取ったのか。なるほどな)


 選択としては悪くないだろう。

 あいつのスキルセットならそれが一番無難だ。


 逆上に距離をいい具合につめられる。

 通常攻撃オートアタックを何度か挟んでから、《火炎球ファイアボール》が繰り出される―――。


「……っ!」


 その瞬間、オレは《硬化》を使用した。

【Flaw】のHPバーが1割程減少する。

 通常攻撃オートアタックの分も合わせて、HPは残り半分と少しになった。

 対して逆上――【登り坂】はほとんど満タンだ。


「ほらほら~! 何もしなくていいの?」


 調子づいているのか、ガンガンと積極的に攻撃を仕掛けてくる逆上。

 ここはまだ勝負所ではない。機を待つべきだろうな。


 それから互いにミニオンを狩り、レベル2になる。

 オレは次に《クラシック・リープ》を習得した。

 これは指定位置に移動するもので、敵との開いた距離をすぐにつめることができる優秀な移動ブリンクスキルだ。もちろん逃げにも使える。

 クールダウンはそこそこ長いが、射程差のあるメイジ相手にでもプレッシャーをかけられるだろう。

 すぐにオレは《クラシック・リープ》を使用し、逆上と距離をつめて、通常攻撃オートアタックでひたすら攻撃を入れていく。


「えっ、あ、ちょっ、ちょっと?!」


 まだ戦闘の準備ができていなかったのか、逆上は慌てつつ後方の自陣タワーへと下がっていく。

 逆上のHPが半分ほど削れた。

 やはりメイジなので、防御力は全くといっていいほどない。

 あと数回攻撃が入ればキル圏内だ。


「……………ぐっ……」


 距離を大きく取りながら、ジッとこちらを様子を窺っている逆上。

 さっきよりもだいぶ間合いが開いていた。


「自陣にリコールしなくていいのか?」

「いやいや、全然余裕だから!」


 一旦自陣にリコールして戦況を再度整えることもできるが、レーンに戻ってくるまで時間がかかる。

 そうなればレベル差がつき、俄然勝つのは厳しくなっていく。

 流石にそれは理解しているか。


 だがこの勝負はもはや決まっているようなもの。

 ゲーム時間4分。

 レーンの主導権を取っているオレが先にレベル3なった瞬間――。


(――見誤ったな)


 オレは逆上がレーンに再びあがってこようとしたところを、一旦後方に下がるようなモーションを見せ敢えて油断させてから、一気に《クラシック・リープ》で詰め寄る。

 そこから通常攻撃オートアタックと《ソード・ショット》のコンボを綺麗に叩きこみ、HPをじりじりと削っていく。


「えっ、嘘っ!?」


 反撃を受けるもこっちには《硬化》があるので、近距離戦なら負けはしない。

 そして―――。


《【Flaw】が【登り坂】を倒しました》


 アナウンスが流れ、ゲーム時間5分足らずでオレがファーストキルを獲得した。

 ―――ゲームセット。


「えぇーーー……」


 驚きというより若干の悔しさが込められたような声が漏れる。


「茅原さん、VRつかったことないって言ってませんでした? それでこんなにも強いんですか?」

「まぁ、要領は似たようなモンだからなあ」


 正直言って感覚さえ掴めれば、難しくはない。

 そこまで大きい違いはないし。


「……ところで、どうすれば私はよかったんでしょうかっ?」

「んー、そうだな……。序盤でオレが近づけないくらい、もっとHPを削っていかないとだめだな。不利な相手には、大胆に、けれど足をすくわれないよう慎重にプレーすることが求められる」

「あ、そうなんですね」


 逆上が納得したように呟く。


「ま、そのスキルセットだとどう考えても、必殺アルティメットスキルが使えるレベル6からが本番だろうから、序盤は大人しくするのが懸命だと思うけどな」

「でも、プレーヤースキルがあればレベル6より前でも勝てるんですよねっ?」

「まぁ、それは何だってそうだ。上手けりゃどんなマッチアップだって勝てる。でも結構な実力差が開いてないとムリだぞ」

「そこに関してはもちろん分かってますっ」


 なぜこんなにも彼女は自信に満ちあふれているのか。

 ほとほと不思議である。


「まあいいや。それじゃもっかいやりましょうよっ」

「ちょっとだけって言ったろ?」

「13回」

「…………あ?」

「私が茅原さんに業務で指導した回数です。つまりこの回数分はやってもらわないと割に合いません。世の中ギブアンドテイク。等価交換ですよ?」

「………わかったよ」


 それをいわれたらどうしようもない。

 そして、この時のオレは知るよしもなかった。

 取り返しのつかない、彼女のやる気スイッチを押してしまったのかもしれないということを……。



 ◆  ◆  ◆



 それからすぐにゲームが開始する。

 2戦目。オレの勝ち。


「んー、もういっかい!」


 3戦目。またしてもオレの勝ち。


「え、今の当たってないんですかっ!? あーもう! 次で!」


 4戦目。これからもずっとオレの勝ち。


「ちょちょちょっ!? えっ、避けすぎじゃないですかっ! せこすぎますよ! 次!」


 5戦目。はい、オレの勝ち。


「あぁ~……、今めちゃ惜しかったのにぃ~~~!」


 結局、何戦してもオレの勝ちだった。


 それから何度もやるものの、ゲームが始まって5分経たずして決着がついていた。

 自陣のベースからレーンに出るまでにある程度時間はかかるから、実際の戦闘時間にすればもっと短い。

 そもそも、だ。

 こっちはついこの間まで現役プロだったのだ。

 LGに復帰したてのやつになんて負けるはずがない。

 もちろん手だって抜いている。

 試合前に、『手を抜いたら許しませんからね!?』と釘は刺されているが、抜いていないように見せることが大切だ。

 あくまで目的は、逆上の上達だということを忘れてはいけない。


「そろそろいいだろ? 流石に疲れてきたぞ……」

「えー……全然やりたりないんですけど」

「惰性でやっても意味ないから、また今度な」


 そう締めくくって、オレはログアウトしてVRヘッドセットを外した。

 こっちの端末でプレーするのは久々だったので、なんだか首周りが凝ったような感触が残っていた。

 うーむ、やっぱ全然慣れないな。


「くぅ~……後ちょっとだったのに……!」


 逆上はオレの隣で悔しそうに歯噛みしながら、ポニーテールを激しく揺らしている。

 この勝負は流石にね……。

 まぁでも、これをバネにどんどん成長してもらえればいいだろう。

 





 


 





 



























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