第8話
そして数日後。
来るな来るなと念じていても、嫌な日というのは否が応でもやってくるもの。
「おはようございますっ!」
いつものごとく逆上がるんるん気分で挨拶してオレの家に入ってくる。
最近はノックもなしにここの扉を開けるようになっていた。
いったいどうしてこうなってしまったのか。一応年上なんだが……。
オレに威厳ってのがないからか? ……まぁいいだろう。
「ってあれ? 茅原さん、何でそんなしょげた顔してるんですか? もしかして風邪でもひいちゃったとか?」
「そうそう風邪風邪。ってことで今日はなしに――」
「いいから早くLG教えください」
「……分かってんなら聞いてくるなよ」
オレは軽く伸びをしつつ、あてつけのように盛大に息を吐いた。
なんでこんなことになったのやら……。
事の顛末はシンプルだ。
店長に手伝えと命令された日以来、オレは当時バイトしてた頃の記憶を手繰り寄せながらなんとか一人でやっていた。
しかし、逆上が小姑のごとく粘着質にオレの行動を監視してきて―――。
『それしまう位置全然違いますから。そっちの棚じゃなくてこっちです。はい、それじゃお返しに今度LG教えてくださいね』
とまぁ、バイト復帰2時間足らずであっさり撃沈してしまったのである。
「なんで人生ってこんなにもままならねえんだろうなあ……」
「そんなことより早くやりましょうよ」
オレの嫌味を無視し、逆上がはやくはやくと椅子を揺らして急かしてくる。
なんというか、テーマパークに遊びにきた幼児を見てるような気分だ。
これでもうちょい可愛げがあったらいいんだけどな……。
残念ながら今のところは小生意気なだけだ。
オレはよっこらせと腰をあげて、逆上と一緒に移動することにした。
キャップで顔を隠しながら、辺りに怪しい人物がいないかを確認する。
マスコミというものはどこに潜んでいるか分からないから、常に監視されている体で動かなければならない。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん? なんだ?」
「……なんで店内でそんなコソコソしてるんですか」
「そりゃお前決まってんだろ。訳あってそうしなきゃいけないんだよ」
「いや、周囲に怪しい人なんていませんけど……」
逆上が周囲を見わたしながら、苦笑いを浮かべる。
確かに逆上の目からはそう見えるかもしれない。
だがそれは甘いと言わざるを得ないだろう。
「そんなことはない。例えばそこで何食わぬ顔で新聞を読んでる親父がいるだろう? あいつは実はパパラッチで、オレが歩いてるところを見つけたら本性を現すかもしれない。そうしたら今まで逃げてきたのが全部パーだ」
「ぜったい自意識過剰ですよそれ……」
逆上は呆れたような視線で、オレの後をついてくる。
「お前ももしオレのことを売ったりしようものなら許さないぞ。腹いせに延々と家までつけまわしてやるからな」
「そんなことしたら次は批判どころか社会的に死んで、これまで以上にひどい記事書かれることになりますけど、大丈夫ですか?」
「…………」
お前はマジメ君かっ。
そんなくだらないやり取りをしながら、オレたちはVR席が密集している区画を抜けて、奥にある広間へと移動する。
そこには、さして大きくはないが、楕円形のアリーナが広がっていた。
中心部には配線の繋がった特殊な椅子が5脚ずつ、互いに向かい合うようになっていて、そこから視線を上げていくと、100インチは超えるような大画面ディスプレイが設置されていた。
ここは以前にオフライン大会などで使われていた小さな会場だ。
オレや店長の間では、『プラクティスルーム』と呼ばれている。
「へぇー。こんなとこあったんですね……」
来たことがなかったのか、興味深そうに室内の様子をじっくりと眺める逆上。
「ま、今はあんまり使われてないらしいけどな」
最近はこういったオフライン会場の必要性が薄れたことによって出番も少なくなっていた。
収益が見込める大きい大会ならもっとキャパの広い会場でやるし、VRがあれば観戦も近場のネカフェにアクセスするだけで、現地に行ったような感覚を味わえる。
「こんなおっきいところ、使っていいんですか?」
「ああ。店長に許可はもらってる。とりあえずどっか適当に座ってくれ」
「分かりましたっ」
頷いて、逆上がアリーナの中心にある椅子に座る。
「なんかすっごいもったいない気分というか……正直言って落ち着かないですんですけどこれ……」
辺りを見回しながら、そわそわしている。
確かに観客席も50席近くは設けられているし、もったいない気持ちになるのは分からなくはない。
「昔は結構人もきてて栄えてたんだけどな……」
「そうなんですね」
まぁこれも時代の流れというやつだろう。
逆上がVRヘッドセットを装着して、LGの準備を始めていく。
それを尻目にオレも専用のヘッドセットを装着する。
ゲーム中は観客の声が混じらないよう密閉型のヘッドセットをしているため、外部からの声は届かないが、これがあればプレーヤーにも指示を飛ばすことができる。
「そっちは行けるか?」
「……はいっ、問題ないです」
逆上から準備OKの合図が出たので、オレはそこから少し離れた観客席で、上にあるモニターで見ることにした。
とりあえず1戦目は何も言わずに見守ることにしよう。
◆ ◆ ◆
試合(AI戦)を終えて、逆上がボイスチャットで話しかけてくる。
「……ど、どうでした?」
「十分うまいと思うが?」
もちろん偽りない本心だ。
筋そのものは悪くないし、ある程度LGをやってるプレーヤーの動きなのは明らかだった。
スキル精度はまだだいぶ荒いが、立ち回りや動きはきちんと理解しているように見える。
「……何だかんだ言って、前は一応ゴールドでしたからね」
「なるほど。だからか」
LGは実力重視の対人ゲームなので当然ランクシステムがあり、いくつかに区分けされている。
ゴールドというと、プレーヤーの中でおおよそ上位20%~30%くらいの腕前に位置するランクだ。
だとするなら、あの動きができたのにも納得が行く。
「それで……教えて欲しいんですけど……」
「もうオレから教えることは何もない。卒業だ。おめでとう!」
オレはパチパチと拍手して最大限の演出を見せる。
「………はぁあ~」
嫌がらせのつもりか、最大限の溜息が返ってきた。
「おいっ」
「そんなくだらないノリはいらないので、早く教えてもらっていいですか?」
「そもそも、何を教えて欲しいんだよ……」
質問があまりにも抽象的すぎて返す言葉がない。ふわふわしすぎている。
LGを教えるといっても色々あるのだ。
マクロ的な戦術だったり、ミクロ的なスキルだったり……。
うーむ、やる気はあるっぽいしとりあえず聞いてみるか。
「んじゃあ、目標は?」
「うまくなりたいです!」
間髪入れずにそう答える。
「もっと具体的にいえ具体的に。例えばそうだな……プロとマッチングするところまで行きたいとか」
「んー……」
と、唸りながら考え込む様子を見せる。
しばらくして、華やかな声で言った。
「それじゃ、ダイアモンドで!」
人口比でいうと、上位1%~3%に相当するランクだ。
なかなかに高いハードルといえよう。
でも設定値としては悪くない。
壁は現実的で且つ高いほうが燃えるものだ。
「分かった。期間は……そうだな。1ヶ月ちょいくらいにしとくか」
「え? 本気?」
なぜか意外そうな声が返ってくる。
「いやいや。お前が決めたことなんだから、もっとやる気出していけよ」
「それはそうなんだけど……ほんとにできるの?」
「もちろん。お前のやる気次第だけどな」
断言するようにきっぱりと言い切る。
これでこいつのモチベーションが上がるかどうかは分からないが、少しでもやる気に繋がってくれるのならそれでいい。
「…………びっくりした」
しばらく沈黙をおいてから、逆上がぽつりと呟いた。
「あんまりやる気ないのかと思ってた」
言われて気付いた。
確かに自分でも想像以上に気持ちが入っていたのかもしれない。
やっぱり、オレはこのLGというゲームが好きなんだなと改めて思った。
「……まあ、乗りかかった船ってやつだな。言われた以上はちゃんとやるのがポリシーみたいなもんだ」
頬をかきながら答えると、逆上から『ありがとうございますっ』とお礼が返ってきた。
若干照れているようにも聞こえたが、定かではない。
「とりあえずさっさとやるぞ。時間は限られてる。まずは序盤のレーンフェーズからしっかりやってくぞ」
ぱんぱんと手を大きく叩き、やるぞと合図を促す。
それからオレは逆上がプレーするのを見ながら、適宜指示を飛ばしていった。
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