集中できない

枕木きのこ

集中できない

 放課後、たちは高校の近くの小さな児童公園のベンチにいた。

 お互いに自販機で飲み物を買って、ようやく腰を落ち着けたところだった。


「どうしようね」


 と如月さんは言うと、缶の縁に口付けた格好のまま、しばらく鈴木くんを見つめた。


「困ったもんだよなあ」


 たちの議題は、高校で所属している軽音楽部の、バンド内恋愛のことだった。

 ベースの宮城さんとボーカルの水戸くんが付き合い始めたのは先月の初めのことだった。照れくさそうに頭を掻き掻き、実は――と話し始めた時は、思わず如月さん鈴木くんと顔を見合わせてしまったものだ。

 祝福すべき事態においてなぜ議題となるのか。と言えば、バンド練習中もイチャイチャしていて、練習に集中できないからだ。

 文化祭も近い。そして曲の完成度は低い。これは困った、ということで残りの二人でわざわざ場を設けて会議を行うことになった。


 ——しかし。


 ——如月さん、ブラ見えてるよなあ。鈴木くん、鼻毛見えてるよなあ。


 そんなことを言えるはずもなく。


「別に、バンド内恋愛についてとやかく言うつもりは全くないんだけどさ。先輩だってしている人いるし。でも、やっぱり締めるところは締めてもらわないと、と言うか」


 ようやく缶を離すと、如月さん鈴木くんにそう言った。

 ただこの時、癖で少し屈みこんで見上げる格好になったのがまずかった。


 ——やば、より見えてる。やば、より見えてる。


 ——これってもしかして、わざと?これってもしかして、わざと?

 ——僕のことを誘っている?私のことを避けている?

 ——宮城さんと水戸くんがそうならと、宮城さんと水戸くんがそうならと、僕らもそういう関係に私らはそういう関係になろうとしているというのだろうか?ならないようにしているというの?


 そんな思考を抱いてしまったからか、そんな思考を抱いてしまったからか、隣に座る如月さんが妙に愛おしく隣に座る鈴木くんが妙に気持ち悪く思えてきてしまう。思えてきてしまう。大体、だって、男女が同じバンドを組むという時点で——わざわざ私を避けるために鼻毛を——それはもちろん入部の際にそれって前提として女子比率が高かった影響もあるのだけれど、私が鈴木くんを男として見ていると、その中でわざわざ僕と水戸くんを彼の中でそう結論付けられている選んだところを見るに――ということに違いなく――いやいや、嫌々無理。それはあまりにも希望的過ぎる。それはあまりにも絶望的過ぎる。


 考えないようにしてみようとしても、考えてみるまでもなく残念ながら、どうしてもいけない。どう見てもイケてない。僕だって純然たる男子高校生だ。私だって今を煌めく女子高生だ。夏場、暑苦しいプレハブやスタジオで、街中、振り返る人々だっていっぱいいるし、汗だくになって透ける彼女の皮膚に告白だって何回もされている私が興奮しないわけじゃない。満足するわけないじゃない。それが、より生々しいブラジャーが、それが、「嫌われてあげよう」なんて鼻毛が、こんな好奇心をそそるようなこんな嫌悪感を抱かせるような格好でひょっこりと顔を覗かせていたら、格好でひょっこりと顔を覗かせていたら、気にならないわけがない。馬鹿にされている気にすらなる。


 ——え? 宮城さん? 水戸くん?え? 宮城さん? 水戸くん?

 ——そんなのどうだっていいよ!あなたたちだけずるいよ!


 そういえばそういえばずっと缶に唇を触れさせていたのだって、さっきから胸元に視線が向いているような、もしかして誘っていたからなんじゃないか。もしかして覗いているんじゃないかしら。と思ってしまうと、と、確認してみると、もう、正視に耐えられない。もう、我慢できるはずもない。


 ——いやいや。いやいや。

 ——今日はそんな話じゃない。今日はそんな話じゃない。そんな話はしに来てない。そんな話はしに来てない。落ち着け、僕。落ち着け、私。


 ——しかしまあ。しかしまあ。


 ——集中できないなあ。集中できないなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

集中できない 枕木きのこ @orange344

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ