寂光院で何も見ないで帰ってきた件(2)

得たものはあまりにショボかったけど、とにかくこれで地上に帰れる!

残った時間でお寺を見学しよう。


そう思って、あとはもう気力だけで、疲れた体を転がすように山を下り始める。10月だというのに、メチャクチャ暑い。水はとっくに飲み切っている。


そして、こういう時ってなんとなくわかるものなのだけど、きっとあとちょっとで生還できるだろうという最後の方で、やっと一息な気分になったのか、私の体からSOSが。。。


それまで、何の準備もなくいきなりひどいストレスに晒されて、体が極限の緊張状態にあっただろうことは想像に難くない。ふっとそこから解き放たれ、気(交感神経?)が緩んだとみえて、お腹も緩んでしまったようなのです。


あまりに突然にそれは襲ってきて、私は泡食って先を急いだわけです。


そして察知したとおり、ほどなくしてお寺の建物が!


こういう時は目ざといもので、いろいろ書いてある字の中で、ちゃんと「トイレ」という文字だけをいち早くキャッチするというサバイバル能力が発揮されます。


私は勇んでその文字のある看板に突進。


それまで瀬戸際で耐えていたお尻も、トイレを見つけた安堵感からか、すぐにも爆発させんばかりにいちだんとプッシュしてきます。


急げ急げ〜!!


そしてついに、すすけたような古い木の看板の前まで到達!


さっき私が察知したところによると、そこには「トイレはこちら」等の案内が矢印とともに書いてあるはずでした。


が、しかし。。。


の前後の文字も含めてあらためて読んでみると


「本堂にトイレはありません」


となっているじゃあ、ありませんか!!!


なヌ〜〜〜っっ!?


私は驚愕し、青ざめ、渾身の力を込めてお尻に「とどまれ!」の指令を出し、さらに急いでタクシーを降りたところまで行かないと死ぬ!! と認識しました(と言ってもいいかも)。


とにかく、あのスロープカーに乗って、すべての力をお尻に注ぎつつトイレまでの何分かを耐える!!

たった今、これが至上命令となりました。


乗り場へ急げ!

とばかりに、すごい勢いでそちらを見やると、なんと、40代くらいの女性が今まさに乗ろうとしてるところでした。


待って、お願い、待って〜〜〜!!!


あまり派手に走るとお尻がたないので、抑え気味の走りになってしまうせいと、大声で叫ぶのも恥ずかしいのとで、身振りと表情だけ派手な感じでスロープカーへと突進するのだけど、女性は志納金を入れるのに夢中なのかこちらを見向きもせず。。。


無情にも扉は閉じられ、ウィンウィンとスロープカーは行ってしまいました。。。


いつになるかわからないけど、それが戻ってくるのを待つべきか、恐怖の石段をお尻を絞めながら自力で下りていくのか。


一刻の猶予もならない中、冷や汗をかきながら、究極の選択をする私。


お尻が決壊した時のことを考えると、少しでもシャバに近い方がいいかもしれない。


そう結論を下し、そこから新たな苦行へ進み行きます。


可能な限り急ぐ、ということと、お尻への振動を極力避ける。


この二つを同時に満たさねばならない。。。


まず心頭を滅却すべく、「何も感じない、何も感じない」と自分に言い聞かせ、表情を消して顔を能面のようにする。それから、脚を巧みに動かして体に振動が伝わらないように石段を滑るがごとく駆け下ります。

もちろん、お尻のふたが開かないように、力はすべてそこに注いだまま。


これがまた、けっこう段差のある石段だったもので、上体を揺らさないように脚だけ動かして下りる私、けっこう見物みものだったと思うのだけど、たぶん二人くらいにしか見られてないはず。

よかったです。。。


そして、晴れて無事、私はミッションを完遂いたしました。。。


もう、この時のトイレは私にとってこの世のパラダイス。

身も心も疲れ果てて、寂光院はもう見なくてもいいから、ここにずっと座って癒されていたい——。

そう思うのも無理からぬところで。


用は済んでも、膝に肘をついて座ったまま、私は私を心ゆくまで休ませてました。


が、悪いことは続くもの。

そこにプゥ〜ンと、何やら小さい黒っぽい影が。。。


思わぬ伏兵が出てきたわけなのです。


え!? ヤブ蚊!?


露出してるところは、顔周りと腕と太もも、そしてお尻です。

こういう時、一番無防備なのは、背後ですよね。


せっかく休んでいたのに! と怒りながら、私はヤツが飛ぶ方向に目を光らせ、後ろに行きそうになったら手でバタバタと空中をあおいで阻止するようにしました。


でも結局、そんなんしてるのも疲れるわ……となって、しょうがなく店じまいすることに。


そして、立ち上がってふと振り向くと、なんと、ヤブ蚊が二匹飛んでるじゃあ、ありませんか!!


——と、いうことは?

イヤな予感はしたものの、私の意識は次の行き先へと向かい、そのうち忘れてました。


だいぶ経ってからでしたね、なんかお尻がかゆいと思ったのは。


果たせるかな、その夜ホテルの鏡で後ろ姿を見たら、見事に左右対称に両ケツっぺたが一つずつ刺されており。。。


二匹で仲良く片方ずつ刺したのか、一匹が引きつけ役で、もう一匹が両方いただいたのか、それはわからないのだけど、どうせ刺されてるなら、もっとゆっくり座って休んどけばよかったと思った次第です。



というわけで、せっかくのすばらしい(はずの)寂光院の思い出は、わけのわからない登山と、お尻の反乱と、臀部に両えくぼのように刻まれた二つの虫さされだけという、無惨にも残念なものになってしまったのでした。。。

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マイ枕を道連れに〜日本全国四十七都道府県制覇の野望 たまきみさえ @mita27

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