戦友


 我々のギルド「全人協会」の行動理念は「愉快なこと」にある。


 愉快であれば倫理観などお構いなし。モラルを気にしていては愉快なことは何もできないのだ。

 このオンラインゲームをやっていて愉快だと思えるのはやはりPKだろう。PKはとても愉快だ。もっと言えば初心者のPKはかなり愉快である。為す術なくやられてゆく様は見ていてとても面白い。ちなみにPKと言っても、いや、何でもない。もう、言わなくても分かるだろう。


 愉快であれば倫理観などお構いなし。モラルを気にしていては愉快なことは何もできない。苦情は一切受け付けない。それは不愉快であるからだ。相手が不愉快に感じようとも、我々が愉快であればそれでいいのだ。


 だがそれはゲームの中の話である。


 現実世界ではそんなふうにモラルを欠いてはいけない。

 現実世界でモラルを欠いてしまえば、大抵の場合ブタ箱行きだ。


 ゲームの中では傍若無人な私であるが、実際のリアル世界であれば大人しいものである。私は大人し過ぎるくらい大人しいのである。大人と書いているが、実際は中学二年生のまだ子供だ。


 私はクラスの中でも飛びぬけて目立たない存在の生徒である。

 というのも私という人間は極度なまでに根暗で人付き合いが苦手であるからだ。

 私に近づくクラスメイトは誰もいない。


 いや、何人たりとも近づかせることはない。私はボッチでなくて孤高の存在でありたいのだ。


 だが先日の事だ、話しかけて来た生徒がいる。


 私はこんな性格の人間なので、クラスメイトの名前なんていちいち覚えていない。覚えるつもりもない。もちろんその話しかけて来た生徒の名前だって覚えていないのだ。ただ存在は嫌というほど知っているが。


 彼と私の関係は言わば「戦友」と言うべき仲である。彼とは数々の苦難を共にした仲であるのだ。

 でもはっきりと名前は覚えていない。本当だ。


 よく授業とかでグループに分かれて取り組みなさいとかあるけれど、根暗で人付き合いの苦手な私はいつもグループを組めないままでいる事が多い。そして、不思議と彼もいつも取り残されている。

 そうなると、必然的に取り残された二人がグループを組まざる負えなくなるのだ。そういう経験を何度かした。


 そんな機会が多いのだけれど私はこれまで彼と話をしたことがない。

 一緒のグループになってもだ。


 そんな事でこの前もその男子生徒とグループが一緒になったのだが、彼は何を思ったのか急に私に話しかけて来た。とても印象的だったのでなんて言ったか覚えている。


 その男子生徒は私に対して「いつも一緒だね」と言った。私はそれに対して「うん」と言っただけだった。


 私は何食わぬ顔でそのまま英語の教科書のボブとエミの挿絵を見つめているだけだった。


 ボブは日本人のエミに対して「あそこにいるのは誰ですか」と英語で尋ねて、エミは「あそこには誰もいません」と英語で答えていた。ボブは悲しい顔をしているように思えた。


 私はこのエミのように素っ気ない態度を彼に対してしていたのだ。

 せっかく彼がこんな私にも話かけて来てくれたのにそれはないだろう。今日はもう死んでしまいたかった。


 だって彼とお話しするなんて無理だ。別に好きとかそう言う訳じゃないのだけれど、彼はクラスの中でも一目置かれる存在なんだ。明るくて人気者とかそういうタイプの人間ではないのだけれど、彼はクールで一匹オオカミ気質のそれこそ孤高の存在なのだ。誰も気安く話しかけようとは思わないのだ。


 そんな彼が私に話しかけてくれた。それなのにエミのような素っ気ない態度。何故だかエミを殺してしまいたかった。


 私は彼に憧れていた。別に好きとかそう言う感情は抱いていないけど、ただ純粋に彼の様になりたいと思っていた。ボッチでいるのは仕方ないのだから、せめて彼の様に孤高の存在になりたいのだ。



 そんな彼と偶然にも、いやこれは運命だったのだろうか、私の大好きなオンラインゲームで出くわしてしまったのだ。


 彼は超凄腕のプレイヤーだった。まだこのゲームを初めて間もないようなのだが、的確な状況判断能力に、プレイヤーキャラクターを使った心理戦。レベルや装備に頼らないプレイスタイルに私はことごとく敗北を喫した。


 思えば最後に彼が言ったセリフ「いつも一緒だね」も私に気付いて言ったのだろう。

 彼は私に揺さぶりをかけたのだ。私はまんまと彼の術中にハマってしまった。それにしても恥ずかしい。普段全く喋らない女がゲームの中ではアレコレぺらぺらと喋るのだから、痛いヤツだと思っていないだろうか。


 明日の学校が憂鬱だ。彼は何か言ってくるかもしれない。そうなれば、しらばっくれてみようか、証拠はつかめないのだから嘘を押し通すのも出来ない事はない。

 でもはっきりと真実を伝えてみたらそれはそれで楽かもしれない。これを機にお友達になれたりするかもしれない。凄腕のプレイヤーであることは間違いないのだが、彼はまだこのオンラインゲームを始めたばかりのようだし、私はこのゲームを長くやっているから彼にアドバイスできる。それをきっかけに色々お話ししてみたりして。


 いや、何度も言うけど別に好きとかそんな感情は抱いていない。それが証拠に私は彼の名前を覚えていないのだ。本当に好きな男子だったのなら名前は絶対に覚えている。好きな男子の苗字と自分の下の名前をくっつけて疑似結婚ごっこを楽しむのが乙女の嗜みである。でも私はそれをしない。だって彼にそんな感情を抱いていないし名前なんて知らないからだ。本当だもん。




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今日は早く帰って異世界転生するんだ。 ヤイテタベル @yaite

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