弁護士を呼んでくれ


 この前の妖精さんとの一件で私は自分の未熟さに気付かされた。この世界では一人でいても何もできない。転生前の現実世界でも実はそうだったのかもしれない。私は片意地張って無理をしていただけだったのかもしれない。


 妖精さんとの出会いで私はまた人間として大きく成長できたのだろう。


 妖精さんと過ごして私は変わったのだ。妖精さんとのお話しはとても楽しい。二人でお話しをしていると自然と笑みがこぼれてしまう。昔の私からしたら考えられない事だ。


 ただ、この前の一件で妖精さんとの関係はことさら良好になったが、あの時はお互いごめんごめんしか言ってなく、目の前の問題は何も解決していないことに気付いた。


 私がこの世界にいる理由、そして為すべきことである。


 二人で話し合いをしたが、答えは見つからなかった。それでもいいのかもしれない。いずれ私が行うべきことは分かってくるだろう。今のところはこの拠点で妖精さんが求めていたスローライフもいいのかもしれない。



そんな事を考えていたのだが、最近なにやら雲行きが怪しくなった。


 先日の事である。夜中に妖精さんとお話をしていたら怪しい物音が聞こえた。とても不安になったので、近場にあった松明を手に取り、何となく物音が聞こえる所へ適当に放り投げてみた。


 やはり何者かが潜んでいたようで、投げた勢いで火が消えかかっている筈なのに、そこに潜む何者かに直撃したとたん瞬時に火の海と化した。その光景に私は恐れおののいた。


 そして、他にも複数人潜んでいたのか、周りの仲間を巻き込む形で崖の下まで転がり落ちて行った。阿鼻叫喚とはこのことだろう。この不審者たちの思いではなく、私の方が阿鼻叫喚だった。


 だってそうだろう。まさかそこに人がいるとは思わない。恐怖に駆られて仕出かした、ちょっとお茶目な行為のつもりだったのだ。誰も居なければ、何だ、気のせいか、で済むはずだったのに。


 それが、私はやってしまったのだ。異世界に転生したのだからいずれはこのような場面に陥ることもあるだろうと思っていたのだが、とうとうやってしまった。


 私は殺人を犯してしまったのだ。


 あの三つ子の盗賊たちだって殺すことはしなかった。気を失うほどに殴ったりしたが、命を奪う事はしなかった。でも今回やってしまった。

 妖精さんは『正当防衛だから気にすることはないよ』と言ってくれるが、果たしてそうなのだろうか。


 そしてここ数日、私は何者かに監視されていることに気付いた。


 もしかしたらこの世界の警察組織なのかもしれない。殺人犯である私を監視しているに違いない。証拠を掴まれたら牢獄へぶち込まれるかもしれない。そして問答無用に処刑されるかもしれない。せめて弁明の余地は与えて欲しい。この世界に法律はあるのだろうか、裁判制度はあるのか、弁護士はいるのか、いるなら返事をしてほしい。これは正当防衛なんだ。


『ダンゴムシって甲殻類に属しているんだ。それでいて毒もない。だから、実は、……食べられるんだよ』

「へえ」

『驚くべき事実だよね。しかも、結構、……美味しいらしいよ』

「そうなんだ」


 妖精さんのダンゴムシの衝撃の事実を聞いていても私は上の空だった。

 それにしても、この世界にもダンゴムシは居るのだろうか。


『大丈夫? なんだか様子がおかしいようだけど』

「え、大丈夫だよ。何ともないから」

『本当に? 無理はしないでね。辛いことがあれば何でも言ってよ』

「……うん。ありがとう」


 妖精さんの優しさが素直にありがたかった。妖精さんがいてくれるからギリギリ私は正気でいられるのだろう。いや、正直言うと先ほどまでは錯乱寸前であった。今もまだおかしいのか、何者かにまた監視されているような気がする。


 そんな事を考えていると、大きめのダンゴムシのような丸い物体が三つ転がって来た。


「ダンゴムシ?」

『え、嘘? どれどれ! あ、デカっ!』


 そのダンゴムシは私の足元まで転がって来て止まる。

 止まると同時に強烈な破裂音から猛烈は光を放った。


「ぎゃっ!」『ぎゃあ!!』


 強烈な光に包まれて私はしばらくの間、何も見えなくなってしまった。


 視力を奪われた間、私の頭は高速回転をする。


 まさか、この世界の警察組織がとうとう私を取り押さえに来たのか。では一刻も早くこの場から逃げ出さないと、いや逃げ出してしまえば、また更に罪が重くなる。ではどうするか、弁護士だ、弁護士を呼んでほしい。弁護士はこの世界にいるのか。無実とは言わないが、少なくとも私は正当防衛なんだ。


 徐々に視力が回復してくる。恐る恐る目を開けてみると、鎧を着こんだ兵士のような者達に囲まれている訳でも無く、特に何事も無かった。


『大丈夫?』

「うん、何だったんだろう今の?」

『大きめのダンゴムシみたいだったね』

「ダンゴムシ……」


 なるほど、この世界のダンゴムシが偶然転がって来ただけだったのだ。

 何だか私は恥ずかしくなった。


 それにしても、この世界のダンゴムシは不思議な生態を持っている。あんなにも強力な光を放つのか、しかもそれを妖精さんは食べられると言う。口に入れた途端に破裂したらお口の中が大変な事になりそうだ。


『ダンゴムシではなくて、閃光玉です』


 急に知らない声が聞こえた。

 私の心臓がドキリと鳴った。


『不意を突くような真似をしてすみません。でもこれは先日のお返しと言う事で』


 いつの間にか知らない人物が私の背後に立っていた。

 私は更にドキリとした。


「だ、だれ?」


 そこにいたのは見知らぬ少年であった。私より少し背が低く驚くほど整った顔立ちの少年だ。

 全身黒ずくめで、まるで忍者のような格好だった。


『先日、あなたにお世話になった者ですよ。ほら、あの松明の……』


 その言葉に私の心臓がまたまたドキリと鳴った。

 何故それを知っている。あの場には加害者である私と被害者であるあの不審者しかいなかったはずだ。


 私は目の前の少年を注意深く眺めてみた。

 見覚えのある少年だった。


「あっ、あの時の!」


 そう。この少年はあの時の被害者である不審者の一人だったのだ。

 でも、彼は生きている。と言う事は、つまり、私は殺人を犯していない。無罪放免なのだ。本当に良かった。私はここ数日、生きた心地がしなかった。


 でも、他のメンバーが見当たらない。確か他に二人はいたはずだ。やはりこの少年を除いて死んでしまったのだろうか。


「そ、その、他の人たちは?」

『他の仲間は置いて来ました。今日は私だけ。いや、あと一人いましたが、結局私一人です』


 私は胸をなでおろした。助かった。どうやら他のメンバーも無事だったらしい。これでようやく美味しいくご飯が食べられる。弁護士なんてもういらない。


 いや、だとしたら逆に腹が立ってきた。この少年たちはあの時私に何の用があったのだ。身を隠して近づくのだから、何かやましい考えがあったに違いない。


「で、今日は何の御用でしょうか」


 私は少年を軽く睨みつけながら言ってやった。だが少年は返事をしなかった。というよりも、先ほどからこの少年は一言も喋っていないような気がする。口を動かすことなく、ほとんど表情が変わらないままである。


『ところで、よく喋るキャラですね。何の課金アイテムの効果ですか?』


 だれが喋っているのかと思えば、この少年のすぐ傍にいる妖精だった。

 

 なるほど、この少年も私と同じ契約者なのだろう。彼の傍らの妖精は薄い水色をしていた。先ほどからの会話はこの妖精が話していたのだ。確かに聞こえるこの声は少年の声というより少女の声であった。その声のとおりこの水色の妖精は女の子であろう。


 ちなみに私の方の妖精さんはというと、私の陰に隠れてもじもじとしていた。


『あ、いや、その、えっと』


 私の方の妖精さんはその水色の妖精にしどろもどろに答えていた。

 私が知っているいつもの妖精さんでは無かった。


「どうしたの、妖精さん?」

『あ、いや、別に。何でもないよ』

「まさか、妖精さん」

『な、なに?』


 私は察してしまった。これまで恋愛話に縁遠い私であったが、流石にこれは気づいてしまう。


 つい先日妖精さんから恋愛相談を受けたばかりである。妖精さんには幼少期から片想いを続ける妖精の女の子がいたのだ。


 妖精さんのこの態度。奥手な少年が恋する女の子に対する恥じらった態度に似ている。つまり、この水色の妖精は私の方の妖精さんの意中の相手なのである。まさかこんな絶妙なタイミングで会う事になるとは。異世界転生した私がいうのも何だかあれだが、運命とは恐ろしいものである。


「ふうん、なるほど、へえ、この子がね……」

『な、何? べ、別に知らない人が話しかけて来たから怯えてるとかじゃないからね』

「うん。分かってるって。それにしても、へえ、そうなんだ」

『何? 何その目? なんだか怖いよ』


 そう考えると、わざわざ姿を隠して私たちのところへ赴いたのも何だか頷ける。


 きっと久しぶりの再会に調子づいて驚かせようとしたのかもしれない。もしくは普通に会うのが恥ずかしかったのか、いずれかであろう。


 それはともかく、以前妖精さんにも話したが、黄色い色の妖精さんには水色の妖精がお似合いだと私は思う。だが、それは見た目の話であって、妖精さんの一番の友達を自認する私としてはこの子がどういう妖精なのか、その内面を見極める必要がある。


『さあ、何も言わなくても分かるでしょう? 私がこの場に来た理由、決着を付けましょう! どちらが上でどちらが下なのか、それが分かってようやく愉快になるのです』


 おっと、これはどういう事だろうか。この水色妖精は妖精さんになにか因縁があるらしい。

 恐らくちょっとエッチな妖精さんの事だから、なにか彼女に粗相を仕出かしたのかもしれない。これは後で追及すべきだろう。だが、喧嘩は良くない。一先ず私はこの場を治めることにした。


「二人の間で何があったか知らないけど、ここは抑えて。ひとまず話し合いで解決しようよ」

『さっきから何ですかこれ。すっごい喋るんですけど?』

「私もここまで人前で喋るのは久しぶりだよ、でもまあ抑えて」

『いや、バトルを!』

「いいから、いいから」

『ちょ、ちょっと!』


 私は妖精さんと水色の妖精を強引に向かい合うように二匹の背を押してやった。

いや、妖精は光る物体なので背中があるのか分からないが、ともかくそのような形に整えた。


『一体キミは僕に何をさせたいのさ』

「いいから、ほら、ちゃんとお話ししないと。妖精さんも男の子なのだから、女の子には優しくしなさい」


 最初は嫌がる素振りを見せる妖精さんだったが、私の言葉に何やら納得した様子だった。


『あ、コミュニケーションか。なるほどこれもコミュニケーションの一環なんだ』

「なに言っているか分かんないけど、ほらいつも通り、いつもの妖精さんの感じでお話しなさい」

『わかった、いつもと一緒だね』

「そう。いつもと一緒」

『いつもと一緒だね』

「うん」


『えっ?』


 何やら張り切りだした妖精さんだった。

 そんな様子に水色の妖精は何か気になるところがあったようだ。


『あ、失礼、こちらの話です』

『いや、それはいいいのですが、今、なんて?』

『いや、こちらの話です』

『いや、今なんて言いましたか?』

『こちらの話です?』

『その前の……』


 妖精さんは怪訝な素振りをして、また言った。


『え? “いつもと一緒だね”』

『もう一度』


 催促された妖精さんが水色妖精にこう言った『いつもと一緒だね』そしたら彼女は『うん』だそうだ。


 それ以上、会話は発展しなかったが、これは何なのだろうか。

 この水色妖精は何をしたかったのだろうか。


『失礼しました。もうなんでもありません。私はこれで帰ります』


 それに納得したのか、水色の妖精はそう言って黒ずくめの少年を引き連れて去って行った。

 良く分からないが、もしやこれは妖精たちなりの愛情表現の一つなのだろうか。


「妖精さんも隅には置けないね」

『え、なにどういうこと?』


 私はこんなちっぽけな妖精たちの小さな恋の模様を見てなんだか満足な気持ちがしてそして胸が温かくなった。



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