火を燃やす


 我々のギルド「全人協会」の行動理念は「愉快なこと」にある。


 愉快であれば倫理観などお構いなし。モラルを気にしていては愉快なことは何もできないのだ。

 このオンラインゲームをやっていて愉快だと思えるのはやはりPKだろう。PKはとても愉快だ。もっと言えば初心者のPKはかなり愉快である。為す術なくやられてゆく様は見ていてとても面白い。ちなみにPKと言っても、サイコキネシスの略称「PK」ではない。ちなみに今調べて初めて知った言葉だ。もちろんそれではない。プレイヤーキラーの方だ。言われなくても分かるだろう。


 愉快であれば倫理観などお構いなし。モラルを気にしていては愉快なことは何もできない。苦情は一切受け付けない。それは不愉快であるからだ。相手が不愉快に感じようとも、我々が愉快であればそれでいいのだ。



 先日我々は不覚をとった。アサシンの特殊スキル隠密行動を察知し、そのデメリットを利用した松明攻撃。あれはただ者では無かった。その場にいたメンバーはそのレベルの違いからこれ以上関わるのは止そうと言っていた。

 だが、私はリベンジマッチに火を燃やしていた。火だるまになった話はもうしない。火と言う言葉に敏感になっている私がいけない。とにかくこれは愉快ではない。あのプレイヤーを倒してようやく愉快なのである。


 私の調べではあのプレイヤーは高地の見張り台を拠点としていることが分かった。ヤツはその周辺をうろちょろしている程度で、あまり遠くまで遠征することはない様子だ。


 あのプレイヤーはゲームの腕前こそえげつないのだが、このゲームはキャラトーク目的でプレイしているのだろう。確かにあそこまで美しいキャラクターを作成してしまったら敵に傷つけられる様は見たくないだろう。なるほど、それなら初期装備のままでも頷ける。


 私は全人協会のメンバーの一人にこの話をした。


 その仲間は我々全人協会の中で私と双璧をなす主力メンバーである。彼はアーチャーの上位職である「狙撃手」を取得している。


 狙撃手には特殊スキル「千里眼」というものがある。通常のズーム機能を遥かに凌駕する超ズーム機能というのか、ともかくそのスキルで超遠距離狙撃を可能とするのだ。


 目の届かないところからの攻撃に為すすべなく敵は倒れてゆく。とても恐ろしい。私も彼とは何度か戦った。結果は私の勝ち越しであるが、私はアサシンで不可視化ができるのでこれは相性の問題だろう。それなのに私が何度か敗北を味わったのだ。腕前でいえば私より上なのかもしれない。


 彼はとても寡黙な男であった。「分かった」と一言告げて私と共にあのプレイヤーの下へ向かうことに承諾した。


 ちなみに彼のプレイヤーキャラクターは猫耳の美少女である。


 いやこれは、認識がややこしくなるが、ここで「分かった」と言ったのは本来プライヤーの分身である妖精の方だ。この仲間の場合、実際操作するのはこの猫耳美少女であるが、我々プレイヤーが感情移入しているのはカメラアングルを可視化したものである妖精の方だ。このオンラインゲームでよく勘違いされる部分だ。


 このゲームは 『我々リアル世界の人間が妖精の目を通して異世界と交流する』 といったメタフィクション的な世界観のオンラインゲームである。ややこしくなりそうなので補足しておく。


 あのプレイヤーは一筋縄ではいかない。道中私たちは作戦を練った。その作戦とはこうだ。


 まず私が相手プレイヤーの近場まで赴き閃光玉を何発か食らわせ相手の視力を奪う。それが合図に遠方で控える仲間の狙撃手が自慢の超遠距離攻撃で相手プレイヤーのHPを削る。ある程度HPを削る事ができたら私が隠密行動で近づき背後から襲撃。そしてトドメを刺す。


 と、まあ、このような作戦だ。作戦といえるほどのものでもないがこれでいい。シンプルが最強である。シンプルイズベストである。さあ、この攻撃に奴はどう対応するかこれは見ものだ。


 既に私はあのプレイヤーの拠点である見張り台の近くの茂みに潜んでいた。閃光玉がギリギリ届く範囲である。先日あのプレイヤーは暗がりの中でこれをやってのけた。

 まさに神業である。だが私も負けてはいない。今はまだ明るいが、私は閃光玉を三つ同時に投げるのだ。これもまた上級テクニックなのだ。


 すでに心の準備はできていた。仲間の狙撃手にも状況を確認した。「ああ」と気のない返事が返って来て少し不安に駆られたが、仲間も上位プレイヤーである。いざその時になれば戦闘態勢に入るだろう。


 相変わらずあのプレイヤーはキャラトークにご執心だった。確かにあそこまで美しいプレイヤーキャラクターを作成してしまうと色々とお話ししたいのであろう。


 気持ちは分かる。だが場所をわきまえるべきだ。またこうして他人に盗み聞きされているのだ。ちなみにあのプレイヤーはダンゴムシの生態についてプレイヤーキャラクターに熱く語っていた。AI相手に何をしているのだろうか。

 いやまさか、これはまたヤツの作戦か、だが向こうがこちらに気づいている様子はない。前回と違って今回は私一人だけである。姿の不可視化はもとより物音も完全に消しているはずだ。


 悩んでも仕方がない。そろそろ始めるとしようか。


 私は手持ちの強力な閃光玉を三つまとめてあのプレイヤー目掛けて放り投げた。みごと閃光玉は相手プレイヤーの足元まで転がり、止まると同時に強力な光を放った。


 成功だ。レイドボスにも有効な超強力な閃光玉である。これで三分ほどは視界を奪われて何もできないだろう。さあ、お次は超遠距離狙撃だ。遠方からの攻撃にどう対応するのか。仲間の狙撃手よ、やっておしまい!


 だが三分ほどたっても何も起こらなかった。狙撃は一向に始まらなかった。あのプレイヤーは既に回復している様子で「今のは何だったのか?」と話をしていた。


 仲間は気づかない訳では無いだろう。千里眼でこちらの状況は把握できていた筈だ。もしかしてリアルの方で何かあったのか、急にお腹が痛くなってトイレに行っていたなんて言わないでくれよ。


 私は仲間に状況を伺った。トイレには行っていなかったようで、すぐに返事が返って来た。そしたら仲間はこう言った。


「……できない」


 私は思わず「はあ?」と聞き返した。

 そしたら仲間は涙ながらに続けて言った。


「できない、俺にはできない! あんな健気に笑う素敵な少女を狙撃するなんてできない! 俺はこんなことをするために狙撃手になったんじゃないんだ。これは愉快ではない、苦しい、苦しいんだよ。不愉快なんだ! 笑いたいなら好きに笑ってくれ、とにかく俺には出来ない。すまない俺はもう降りる」


 そう言って仲間はログアウトした。


 仲間の言っている意味が分からなかった。笑えなかった。仲間は敵プレイヤーを狙撃するために狙撃手になったのではないのか。狙撃手から狙撃を抜いたら何になるというのだ。狙撃手から狙撃を抜いたら「手」じゃないか。なんだそれは、「手」ってなんだ。一体、何をする職業なんだ。


 仲間の敵前逃亡に腹を立てつつ私はその場に一人残された。


 どうしようか、私も逃げ出してしまおうか、だがそれは不愉快だ。敵を目の前にして逃げ出すなんて今の私にはできない。あのプレイヤーを倒して初めて愉快であるのだ。

 「愉快である」のが我々全人協会の行動理念の筈だ。そう考えると仲間の敵前逃亡も致し方ないのだろう。仲間にとってはあのプレイヤーを卑怯な攻撃で仕留めるのは不愉快なのだからだ。


 だが、私の場合はあのプレイヤーを倒してようやく愉快なのだ。それならば、一人でもやってやろうか、思えばまだあのプレイヤーとは正式にプレイヤー間バトルをしていない。凄腕のゲーマーなのかもしれないが、まだこのゲームでは初心者もいいところだろう。正面から戦っても勝てるのかもしれない。


 そんな事を考えていると、自分がワクワクしていることに気付いた。なるほど、もともとこれは愉快だったのだ。私は思わぬ好敵手が現れて胸を高鳴らせていたのだ。そう、今私は愉快である。


 いいだろう。勝負だ。正々堂々と正面からあのプレイヤーを打ち倒そう。


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