これは愉快であるのか?


 我々のギルド「全人協会」の行動理念は「愉快なこと」にある。


 愉快であれば倫理観などお構いなし。モラルを気にしていては愉快なことは何もできないのだ。

 このオンラインゲームをやっていて愉快だと思えるのはやはりPKだろう。PKはとても愉快だ。もっと言えば初心者のPKはかなり愉快である。為す術なくやられてゆく様は見ていてとても面白い。ちなみにPKと言っても、サッカーのペナルティーキックではない。プレイヤーキラーの方だ。言わなくても分かるだろう。


 愉快であれば倫理観などお構いなし。モラルを気にしていては愉快なことは何もできない。苦情は一切受け付けない。それは不愉快であるからだ。相手が不愉快に感じようとも、我々が愉快であればそれでいいのだ。



 この日は全人協会のメンバー二人を連れて初心者が集まる「始まりの村」周辺を探索していた。狙いは勿論初心者プレイヤーのPKだ。この日の収穫は五人だった。あまり派手に行動しては運営に警告を受けるのでほどほどにしなければならない。これは不愉快だ。そう言う事で、「今日はこのくらいでお開きにしようか」と話したところだった。


 するとメンバーの一人が、「山の山頂付近で焚き火の灯りが見える」と言った。ちょうどゲーム内の時間は深夜で山頂付近の灯りがことさら目立っていたのだ。

 初心者かどうかは定かではないが、まず間違いなくプレイヤーであろう。ならば、「あのプレイヤーを最後に仕留めて今日は解散としよう」と言う事になった。


 今頃、焚き火に当たり、山頂からの夜景を楽しんでいるのだろうが、我らに見つかったが最後である。瞬時に仕留めて、山頂からその亡骸を投げ捨ててやろう。ゴロゴロと転がる亡骸を見るのはとても愉快である。そんな事を話して我々は笑ったのだった。



 山越え、谷越え、崖よじ登り、ものの五分程度でその場についた。リアルの登山ではないのでゲームの世界ではそんなものだ。その場にいたのはやはりプレイヤーだった。まだ遠目であるので正確なところは分からないが、そのシルエットを見るに初心者プレイヤーであろう。初心者プレイヤーは我々の獲物である。


 そのプレイヤーは呑気に「キャラトーク」を楽しんでいる様子だった。


 「キャラトーク」とは自身の操作キャラクターと会話が出来るギャルゲーみたいなシステムである。これがまた面白い。愉快である。自分の作ったオリジナルのキャラクターとお話しができるのだ。これ目的でこのゲームをするプレイヤーもいるらしい。

 このオンラインゲームは、ノンプレイヤーキャラクターからプレイヤーキャラクターにいたるまで最新AI技術を導入していて、自然な会話が可能である。ただし、膨大なキャラクター数がいる訳だから、そこまで期待する程の会話は楽しめない。でも、そこに愛があればその程度の障害になんら問題はない。私も自身のキャラクターはお好みの容姿に整えている。


 ただキャラトークというものは、その性質上、拠点の中でだれも見られないところで行うものであり、このプレイヤーのように例え誰もいないからと言ってプライベートエリアの外で行うものでない。


 だって、こんなふうに他人に聞かれることがあるからだ。このキャラトークは大抵の場合、他人に聞かれれば恥ずかしさのあまり死んでしまいたくなるような会話をしてしまう。私だってそうだ。自身のキャラクターとキャラトークしているところを誰かに見られたら舌を噛んでその場で自害するだろう。それほど恥ずかしい事なのだ。


 そんな様子を見て、「これはPKよりも面白い展開が見られるかもしれない」とメンバーの誰かが言った。


 私も同感だった。こっそり背後から近づきお楽しみの所に我々の登場。まるで自慰行為を目撃されたようなものだ。そんなことで無様に驚く様を散々楽しんでやろう。その後、せめてもの慈悲でグサリとでもいいのかもしれない。


 我々全人協会の三人のメンバーはそのプレイヤーの背後に回った。厳密に言えばそのプレイヤーキャラクターの正面に当たるのだが、モニター上は妖精の視点が表示されているので、妖精の背後に回ればそれは死角になるのだ。

 妖精がカメラアングルを可視化したものなので、常に妖精の向きに気を付けていれば簡単に死角を取れる。このゲームで対プレイヤー戦を行う上で常識のことである。


 私は上位職である「アサシン」の特殊スキル「隠密行動」を発動させた。これで私とそのパーティメンバーは敵勢力に視認されなくなるのだ!

 物音までは消すことはできないが、余程熟練したプレイヤーで無い限りそれを聞き分ける事は難しいだろう。

 このように不可視化できるのは全三十八職中でこのアサシンだけの限られた能力である。多少デメリットもあるが、それを度外視した程に有効であるこの特殊スキルは公式チートとも言えよう。


 込み上げる笑いを押し殺しながら我々三人はそのプレイヤーに近づいていった。すでにゲーム内は深夜を回っており辺りは真っ暗で遠目では確認できなかったが、近づくにつれてそのプレイヤーの姿が徐々に判別できた。

 やはり初心者プレイヤーだ。初期装備もいいところだ。レザーアーマーに盗賊の手斧を装備している長い黒髪の女性キャラクターだった。妖精のほうは特に我々他のプレイヤーと変わりない。妖精のカスタムも出来ればいいのだが、今のところその予定はないらしい。


 我々は進軍を止めてその場に止まっていた。このプレイヤーに恐れをなしたのだ。ただ当然だが、その軽装に弱腰になったわけではない。


 「美しい……」メンバーの誰かが、ため息交じりのこう言った。


 そう、その女性プレイヤーキャラクターは美しかった。このゲームでのプレイヤーキャラクターは意識して不細工に作らない限り大概が美形である。

 しかもキャラトークというシステムが実装されているこのゲームだ。お話しする相手がブサイクなんて嫌だ。だからこのゲームでは他所のオンラインゲーム以上に容姿にこだわるプレイヤーが多い。


 それなのに、このプレイヤーキャラクターは美しかった。ただ、何と言うか、我々のような作り物の美しさというより、より自然の美しさ。宝石で例えるならば、まるでダイヤモンドの原石、しかも大粒のダイヤモンドだ。我々のようにカッティングにカッティングを施しゴテゴテでド派手な装飾で飾られてその上周りにはお花まであしらっても結局はガラス玉の偽物とは違って、飾らないままの生きている自然な「美」がそこにあったのだ。


 そんな美しさに我々はたじろいでしまい身動きが取れなくなったのだ。こんなこと生まれて初めての経験だった。しかもこれはゲームの話だ。だがモニター越しにでも伝わるその美しさに我々は恐れをなしたのだ。


 声もはっきり聞こえて来た。二つの声が聞こえる。少年の声と少女の声だ。おそらく少年の方がプレイヤーの妖精であり、少女がそのプレイヤーの操作キャラクターであろう。


 このような会話をしていた。



『実は僕には好きな子がいるんだ』

「へえ、そうなんだ。妖精って恋をするんだね。いったい何色の娘なの?」

『何色ってどういう事?』

「いや、見た目の話。妖精さんは黄色い光の妖精でしょう? それならば薄い水色の光の娘がお似合いだと思うんだけど」

『ああ、そうかキミからしたらそう言う認識でいるんだよね』

「私はピンク色の娘は止めておいた方がいいと思うよ。なんとなく性格が悪そうな気がするから」

『色の話はもういいよ、別に色で好みが分かれるとかじゃないからね。とにかくキミに相談に乗ってほしくて』

「いいよ。でもあまり期待しないでね、私って恋愛話に疎いから。で、どんな娘なの、何色なの?」

『だから色はいいって』



 これは恥ずかしすぎる。AI相手に恋愛相談なんて。思いっきり笑ってやりたいところだが、何故だか居た堪れない気持ちになった。他のメンバーも同じだったようで誰かがこう言った。


「なんか、もう今日は止めにしようか。何だかこのプレイヤーが可哀想でならない」


 私も同感であった。然しもの全人協会もこの時ばかりは非道行為を遠慮せざる負えなかった。AI相手に恋愛相談しているところを目撃されて背後からグサリ。これは余りにも不憫でならない。もしかしたらリアル世界で本当に命を絶つ恐れがある。こればかりは愉快では無かった。


 こうしてこの場を引き上げようと背を向けた時、その背後のプレイヤーキャラクターの声が聞こえた。


「だれかいる」


 まさか、気づかれたのか。我々は「隠密行動」のスキルで姿を確認できないはずだ。確かに物音は消すことができないが、それを聞き分けるのは相当な手練れでなければならない。


 そのプレイヤーキャラクターは手に持った松明を我々が潜む場所に的確に放り投げた。これは攻撃モーションではない。アイテムを捨てる際の生活モーションの一つである。暗がりでそれを行うのは余程腕に自信がないと出来る芸当ではない。不意を突かれた我々にそれを避ける術は無かった。


 メンバーの誰かにそれが当たり、瞬く間に火だるまになった。HPがみるみる減っていく。これは隠密行動のデメリットである。姿を消している間に攻撃を受けると防御値に関係なく致命傷を食らうのだ。まさか、このプレイヤーは隠密行動のデメリットを知っていてあえて持続効果のある火傷を負わせようとしたのか。


 そしてその仲間は慌てて操作を誤ったのか我々を巻き込み辺りは火の海となった。もうパニックだ。そしてその仲間は我々を抱き込む形で奈落の底へ私を含むパーティーメンバーもろとも火だるまの状態でゴロゴロと転げ落ちて行った。ミイラ取りがミイラになる瞬間だった。ゴロゴロするつもりがゴロゴロされてしまったのだ。


 モニターに映るあのプレイヤーキャラクターの悲壮感に歪むその顔が私の脳裏に焼き付いた。脳裏に焼き付いた事と我々が火だるまであった事に因果関係は特にない。


 あのプレイヤーはゲームを初めて間もないことに違いないだろうが、きっと著名なゲーマーなのだろう。でなければ隠密行動で姿を隠した我々に気付く事なんてありえない。それに松明を使った的確な攻撃。まさか、あのキャラトークも我々をおびき出す作戦だったのか、冷静に考えればそうとしか思えない。


 「GAMEOVER」の文字が私のPCのモニターにでかでかと表示されていた。


 これは愉快ではない。不愉快だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る