その次の章。だから第二章

僕は変わりつつある。


 人に内面を曝け出すのは、とても恥ずかしいし、勇気のいる事だと思う。でも相手に気持ちを伝えないといけない時にはそれをしないといけない。僕はとてもじゃないけどそんな事は簡単に出来る筈もないので、その代わりにこうして手記を書く。まあ結局この手記を誰かに見せる事なんて絶対にないので意味分からない理論になるが、ともかく僕は手記を書く。



 つい先日のことだ。担任の奥村先生から呼び出しを食らった。


 僕は内気で人見知りが激しく人付き合いが苦手な生徒なので、問題を起こすようなことはまずあり得ない。

 それなのに呼び出しを食らうとは何事かと、慌てて奥村先生の下へ向かった。すると生徒指導室という拷問部屋みたいな名前の拷問部屋に通され、これから何が起こるのかと思って肝を冷やしたが、少なくとも僕が想像するような凄惨な出来事は特になかった。


 その生徒指導室では奥村先生と一対一で顔を向き合わせて、そのまま三十分ほど先生は何も言わずにじいっと僕を見ているだけだった。僕は例のとおりの性格なので先生とは視線を合わせずに俯いて目の前にあるクッキーの詰め合わせを見ているだけだった。


 一つ手を出したのだろうか、空の袋があったがそれ以上は開封していないようだった。


 僕の家にも同じものが三つ残っている。父の職場の人からのお中元で、何の因果か全く同じものが五つも届いたのだ。流石に五つ全て食べつくすのは無理な話しで、二つ食べ切ったところで「残りはどうしようか」と家族そろって途方に暮れていたのだ。そんなに美味しくないので人様にお裾分けできないと母が嘆いていた。


 そんな事を茫然と考えつつ、更に十分ほどしたら急に奥村先生が「何か悩みがあれば相談してね」と言って僕の手を強く握りしめた。僕は困ってしまった。何も返事が出来ずにいて、辛うじて「はい」と言うだけだった。


 本当に困った。悩みを打ち明けろとはどうしたらいいのだ。僕の何の悩みを話せばいいのだろうか。僕はこんな性格だから勉強はしっかりしているので成績も優秀だ。先生が求めるような悩みは何も思い当たらない。


 もしかして奥村先生は僕の恋の悩みを知っているのではないだろうか。


 僕の恋の悩みは誰にも伝えていない。あのオンラインゲームを勧めてくれた鳥島くんにだって自分の性格を変えたいと伝えただけで、稲取さんの告白の為にとは伝えていなかった。


 もしかして先生は僕の気持ちに気付いているのか。

 こんな書き方したら先生に対する思いに見えるけど、僕の意中の相手は稲取さんだ。


 担任教師というのは侮れない。こんな目立たない生徒の恋の悩みまで気づいてしまうのか。でも先生に相談して何になるというのだ。ホームルームで「今から○○くんが○○さんに告白します」なんて公開処刑みたいなことを企てているのか。


 それは恐ろしい。

 僕は絶対に奥村先生には恋の悩みを相談しないと誓った。


 こういうセンシティブな恋の悩みを相談するなら相手を選ぶべきだろう。選ぶと言っても僕には選択肢は少ないが、少なくとも鳥島くんには絶対に言わない。彼に相談しても面白がって揶揄われるのは目に見えている。それならやはり彼女が良いだろう。彼女はもちろん女性だし、男には分からない貴重な意見が聞けると思う。


 その「彼女」というのは、最近始めたオンラインゲームのあの子の事だ。


 彼女はゲームのキャラクターでAIシステムなのだけれど、僕にとっては大切な友達なんだ。システム相手に友情を語るなんておかしな事だとは僕は一切思わない。


 アニメで例えるのはアレだが「ドラえもん」だってそうだ。ドラえもんはロボットだけどのび太と心を通わせている。彼らは仲がいいだけでなくたまに喧嘩もする。僕と彼女の関係もそれと同じことだろう。


 この前、僕と彼女は腹を割って話し合った。「ごめんごめん」としか言った記憶がないが、飾った言葉でなく、本音を、押し込んだ気持ちを、お互いぶつけ合った。他人と揉めて、そして仲直りするなんて生まれた初めての経験だった。本気で人に謝ろうなんて気持ちを抱いたことはこれまでなかったんだ。


 前回書いた手記を見返してみたけど、嘘ばかりだ。僕は自分に対しても見栄を張っていたのだ。もうそれは止そう。少なくともこの手記では僕は嘘をつかないことにする。


 この一件で僕はまた成長した。接する相手にもそうだが自分に対しても正直にならないと、円滑なコミュニケーションは出来ないのだ。


 彼女には本当に感謝している。コミュニケーション能力向上の為に始めたこのゲームだが、本当にコミュニケーション能力が向上している。


 それが証拠についこの前の事だが、なんと僕は女子と会話をしたのだ。

 残念ながら稲取さんではない。流石にそこまで飛躍は出来ない。


 僕と同じクラスの女子なのだが「杉森さん」という女子がいる。異様に長い前髪で表情が伺えない不気味な女子だ。


 人のことは言えないけれど彼女も引っ込み思案で滅多に喋る事がない。僕は彼女が喋ったところを一度も見たことがない。彼女から言わせたら僕の事も同様に思っているだろうけど。


 彼女と僕の関係はいわば「戦友」と言うべきだろう。彼女とは数々の苦難を共にした仲である。


 でもハッキリ言えば友達ではない。


 よく授業とかでグループに分かれて取り組みなさいとかあるけれど、人見知りが激しくて人付き合いの苦手な僕はいつもグループを組めないままでいる事が多い。そんな中、彼女も僕と同じ種類の人間なのでいつも取り残されている。そうなると、必然的に取り残された二人がグループを組まざる負えなくなるのだ。そういう経験を何度かした。


 そんな機会が多いのだけれど僕はこれまで彼女と話をしたことがない。

 一緒のグループになってもだ。


 人見知りが二人そろえば同じ性格同士で仲良くすると思ったら大間違いだ。マイナスとマイナスが二つ揃っても結局マイナスに変わりは無い。なんなら更にマイナスになるだけだ。だが今の僕は違う。僕は変わりつつあるのだ。


 その、つい先日のグループを彼女と組まされた時、僕から彼女にこう言った。

 「いつも一緒だね」そしたら杉森さんは「うん」だそうだ。


 それ以降の会話は無かったが、これは物凄い進歩だろう。僕は女子と会話したんだ。着実に僕は成長している。これも僕を支えてくれたゲームの彼女のお蔭だろう。



 さてこんなところで、今回の僕の考えを総括してここに記しておく。


 ・担任教師は恋の悩みにも目ざとい。侮れない。

 ・人類はドラえもんとのび太の関係を見習うべき。壮大な目標だ。

 ・ゲームの彼女に恋の悩みを相談。とても素晴らしい、ナイスなアイデアだ。

 ・杉森さんは前髪を切った方がいいと思う。僕個人の意見だ。



 ゲームの彼女に恋の悩みを相談するのはちょっと恥ずかしいけど、でも彼女ならいいアドバイスをもらえそうだ。


 こうして本音を打ち明けられる友達ができたのは僕にとってとても大きな出来事だと思う。これから彼女に会うのが楽しみだ。


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