第174話

 学祭前日の金曜日、修は放課後になるなり教室から出て行った平田を急いで追いかけ、なんとか廊下で捕まえることに成功した。


 本当は昼休みに話したかったが、そのときも同じようにチャイムが鳴るなり教室を出ていき、次のチャイムが鳴るまで戻って来なかった。


「なんだよ」


 犯人探しに当てるはずだった時間を修に奪われ、平田は不機嫌そうに言った。

 その顔は昨日と同様、いや、昨日よりもさらに疲れているように見える。


「今どういう状況だ? 何か進展あったか?」


 単刀直入に尋ねると、平田は煩わしそうに舌打ちをしたが、話した方が早く解放されると踏んだのか、報告を始めてくれた。


「昨日は何も確認できなかった。山下さんにも直接訊いてみたけど、嫌がらせはされてないって」

「本当か?」


 平田が小さく頷く。

 始業式の日から三日連続で行われてきた嫌がらせがいきなりなくなったという情報に、修は少し希望を感じて顔がほころぶ。


「山下さんが思ったよりこたえてないから、もしかしたら飽きたのかもしれないな」


 思わず嬉しそうに言った修に対し、平田は表情を崩さずに首を横に振る。


「俺はそうは思えない。単にそういう気分じゃなかっただけかもしれないし、一回止めて安心させた後にまた始めて絶望させる気なのかも。クソ共が考えそうなことだ」


 そう言って平田はまた舌打ちをした。

 確かにその可能性は大いにある。

 楽観的に喜んでしまっていた修の笑みは、みるみる萎んでいった。


「なぁ、もういいか? 今はちょっとの時間も惜しいんだ。わかるだろ?」

「あ、あぁ、悪い……」


 修は平田の刺々しさに圧されてしまい、もっと話したいことがあったにも拘わらず話を切り上げてしまった。


「じゃあな」


 そう言って修に背を向け、平田どこかへ去っていこうとする。

 その背中を見て、修は嫌な予感がした。

 今、平田を一人にしてしまえば、何か取り返しのつかないことになるのではないか。

 そんな強い不安が修の全身を襲う。


 ――まだ、大丈夫だから。


 昨日、平田はそう言っていた。

 だが修の目の前にいる少年は、とても「大丈夫」には見えなかった。


「待て平田!」


 気づいた時には呼び掛けていた。

 何か明確に伝えるべき言葉があったわけではないが、反射的に平田を一人で行かせるべきではないと感じたのだ。


 無視されるのではないかとも思ったが、平田はピクリと立ち止まってくれた。

 そして短くため息を吐き、ゆっくり振り返る。


「なんだよ」


 平田は明らかに苛ついていた。

 それでも修に応えてくれたのは、平田の本来の優しい性格からくるものだろうか。


 修は一瞬考えを巡らせる。

 仮に引き留めたとしても、平田は制止を振り切って犯人探しに向かうだろう。

 ならばと、修は平田の目を見据えて言った。


「俺も一緒に行く」

「は?」


 修の突然の申し出に、平田が困惑の表情を浮かべる。


「俺も一緒に行って、犯人探しを手伝うって言ったんだ」

「いやそれは聞こえてるよ……。てか、来なくていい。お前は部活の方に集中しろって……」


 そう言いかける平田を無視して、修はスマホを取り出した。

 そして連絡先から番号を表示し、コールボタンをタップして耳に当てる。


「……おい?」


 声をかけてくる平田を右手で制し、コール音に耳を傾ける。

 幸いにも相手はすぐに電話に出てくれた。


『どうしたの?』

「あ、凪先輩、すみません。今日部活遅れます。もしかしたら行けないかも」

『……そう。わかった、皆にも伝えておくわ』


 凪は理由も訊かずにすぐに返事をしてくれた。

 昨日少し話したということもあってか、修の事情を察してくれたようだ。


「はい、お願いします」

『こっちは任せなさい。あんたも、無理しない程度に頑張って』


 凪の力強く頼もしい言葉に、修は思わず笑みがこぼれかけた。


(本当に、自慢の先輩だ)


 これで心置きなくに集中できる。

 修はお礼を言ってから通話を切ると平田に向き直った。


「そういうことだから」


 通話を聴いていた平田は苦々しい顔をしていたが、やがて観念したようにため息を吐いて


「……わかったよ」


 と呟いた。






 修は平田の後ろに付いて、山下の私物がある場所を巡回していった。

 逆に犯人に嗅ぎ回っていることを知られてはまずいので、できるだけ人目につかないように移動する。


 その際平田は辺りをキョロキョロと見回し、怪しい者がいないか探していた。

 修も同じように周囲に目を配るが、そう簡単に犯人は見つからない。


(というより、現行犯で押さえないと意味ないよな……)


 今は学祭の準備で学校内の至るところに生徒が残っている。

 人目に触れないように嫌がらせを行うのは難しいはずだ。

 しかしそれでも犯人たちは物を隠したり、落書きをしたりといった犯行を行っていた。


(もしかしたら、皆意外に他人がとっている行動に関心なんてないのかも)


 生徒たちは皆作業やお喋りに夢中だ。

 そんな中、下駄箱からさりげなく靴を抜いたり、机に落書きしても、誰も気づかないのかもしれない。


 そんなふうに考えていると、それまで黙っていた平田が突然口を開いた。


「だいたいこの時間に犯行が行われることはない。もう少し遅くなって、生徒の大半が帰ってからが注意だ。特に一年の教室は誰も残ってないからな」

「そうなのか……」


 確かに二、三年と違って学祭の出し物がない一年の教室エリアは、放課後少し経てば誰も教室からいなくなってしまう。


「だから一旦教室を離れたのか。まだ結構クラスのやつら残ってたもんな」

「そういうこと。……まぁ完全フリーにしていいわけじゃないけど、より可能性が高い所を見張っておきたいからな」


 そんな話をしながらロッカーや下駄箱、自転車置き場を見て回ったが、何かの痕跡は見当たらない。


「こっちだ。いい場所がある」


 そう言う平田に連れてこられたのは修たちの教室がある棟の反対側の小教室だった。


「なるほど、ここなら教室が見えるな」


 窓から向かいの棟を見ると、修たちの教室が見えた。

 中にはまだ何人か生徒が残っている。


「今日はもうずっと教室を見張っておこうと思ってる。……ほんとはせっかく二人いるんだから、修には別のとこを見ててほしいんだけど」

「いや、単独行動はよくない。それに俺、犯行現場を見つけても上手く立ち回れる自信ないよ」

「なんのためにいるんだか」


 修の情けない言葉に、平田が呆れたように言った。

 修の本心としては犯人探しよりも平田と共にいることが目的なので、別行動をとってしまうと本末転倒だ。

 なんとか言いくるめて一緒にいなくてはならない。

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インターバル! 佐倉井 悠斗 @haruto-sakurai

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