第173話

「なぁんか最近、平田くん元気ないよねぇ……」


 部活開始前、優理にそう言われて修はドキッとした。


「休み時間になったらどこかへ行っちゃうし、放課後も部活ないはずなのにすぐ教室出ていくし……。それに、なんか怖い顔してる。永瀬くん、何か知ってる?」

「え、ええと……」


 平田は普段通り振る舞っているつもりらしいが、いつもはとらないような行動をとるし、何より顔色や表情などの見た目や纏っているオーラが明らかに違っている。


 平田のそんな状態を、片思いしている優理が気づかないはずがなかった。

 しかし本当のことを言うわけにはいかないので、修はなんとか頭を働かせて都合のいい嘘を考える。


「なんか、ずっと体調が悪いみたいでさ……。休み時間はトイレにでも行ってるんじゃないかな。俺も病院に行けって言ったんだけど、強がって行ってないとかなんとか……」

「えっ! そうなんだぁ……。体調悪いって、どんな感じ? 頭痛いとか、お腹痛いとか?」


 優理が心配そうに眉を寄せて尋ねてくる。

 想いを寄せる相手がなんらかの病気かもしれないとわかり、気が気でないのだろう。


「まぁ、そんな感じ」

「心配だなぁ……。あ、学祭、来れないなんてことになっちゃうのかなぁ?」

「それは……だ、大丈夫なんじゃないかな? 市販の薬を飲めばかなりマシになるって言ってたし、うん」

「そっかぁ……」


 つきなれない嘘をついたことでかなり怪しい返答になってしまったが、優理は疑う様子もなくほっとした表情となった。


「そうだ、元気になるように甘いものでも差し入れしよう! あっ、体調悪いならすっきりするものの方がいいかなぁ? 栄養ドリンクとか? ねぇ永瀬くん、どう思う?」


 なんでもないようなふりをしながら、修は優理が満足するまで相談に乗ってあげた。

 本気で平田のことを心配し、彼のためを思って様々な案を出す優理はかわいらしく、修はその恋路を応援してあげたいという気持ちが高まる。


 同時に仕方がないとは言え、優理に嘘をついてしまっていることに胸を痛めた。


(学祭は明後日か……。それまでに解決できなかったら、平田は約束を反故にしてでも犯人探しを続けるかもしれない)


 それくらい平田はこの件に入れ込んでいる。

 彼の過去に何か理由があるような様子だったが、修にはそれを知る由もなかった。


 そして今日の練習が終わり、各々が自主練習を始め出した頃。


「永瀬、あんたちょっと変よ。何かあった?」


 凪に呼び止められてそう尋ねられた。


「え、へ、変ですか?」

「ええ。集中できてない、とまでは言わないけど、たま~に上の空になってたから。何かあったなら相談に乗るけど」


 凪は唇を尖らせ、キリッとした目付きでそう言ったが、瞳は心配そうに揺れている。


 修は大いに反省した。

 平田に「部活に集中しろ」と言われたから、問題を平田に任せてここにいるのに、汐莉に続いて凪にまで勘付かれてしまうとは。


「すみません、ちょっと友達のことで悩んでて……。でも大丈夫です。多分すぐ解決します」


 修は凪を安心させるように微笑みながらここでも嘘をついた。

 凪は頼りになるし信用できる。真面目な彼女に話せばきっとこの件について真剣に考えてくれるだろう。


 しかしそれは凪に余計な負担を背負わせることを意味する。

 日頃からキャプテンとしてチームのために尽くしてくれている凪に、これ以上心労をかけさせたくはない。


「そう……。気分がすぐれないなら、たまには休んだっていいのよ。今は本格的に練習もできないし、私や渕上もいるんだから。一日くらいあんたがいなくても大丈夫よ」

「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですよ」


 修がもう一度微笑んで見せると、凪は納得していない様子でありながらもそれ以上は追及してこなかった。


「……なら、話は変わるけど。前話してた練習試合のこと、川畑先生にも伝えておいたわよ。来週から早速組めるよう動いてくれるって」

「本当ですか。ありがとうございます」


 あらゆるスポーツにおいて実戦に勝る練習はない。

 これまでに数回練習試合はあったが、来月にウィンターカップ予選を控えた今、その頻度を極端に上げようというわけだ。


「平日でも近場の学校となら、自転車なり電車なりで移動すればいいし、相手さえいれば週に二、三試合は組めるだろうって言ってくれたわ。先生には苦労をかけることになるけど……」

「そうですね。本当にありがたいです」


 川畑は本当に良い先生だ。

 バスケの知識がないからプレーの指導をしたりはできないが、その分他のことには精力的に動いてくれる。


「川畑先生のおかげで俺たちは……」


 そのときコートの方から、わっと歓声が湧いた。

 二人は反射的にそちらの方を見る。

 汐莉と灯湖が一対一をしているのを、優理たちが囲んで見ていたようだ。


「すごいしおちゃん! 今のどうやったの!?」

「えっとね、今のは……」


 どうやら汐莉がなんらかのプレーで灯湖から勝ちをもぎ取ったらしい。

 優理と晶が目を見開いて驚き、灯湖は感心したように笑っていた。


「……あの子の成長はとどまる所を知らないわね」


 凪は腰に両手を当てほぅっと息を吐き、灯湖と同じような顔で言った。


「試合であの子の扱いはどうするか考えてる?」

「はい。積極的に試合に出していこうと思ってます。まだまだ粗い部分は多いですけど、試合経験を積めば宮井さんはもっと上手くなる。それこそ、名瀬高に対抗できるくらいに」


 汐莉は元々身体能力が高く、シュートセンスもピカイチだ。

 さらに日々の練習で基礎的な部分を鍛えた。

 あとは試合での動き方や勝負勘を養えば、大きな戦力になりうる。


 それは前から思っていたことではあるが、最近は強く現実味を帯びてきた。


「そう……」


 ふと凪を見ると何故か複雑な表情をしていた。


「? どうかしましたか?」

「別に。私も同感よ。宮井がここからさらにどれだけ伸びるかが、私たちが全国にいくための大きな要因になることは間違いない」


 凪はすっと表情を直し、汐莉への期待をはっきりと述べた。


「選手運用のことは任せるわ。私も自分のことに集中しなきゃだし」

「そういえば、最近外からのシュート、よく練習してますね」

「それが私の弱点だから」


 凪が表情を引き締めて言った。


 凪は決してシュートが下手というわけではない。

 だがそのドリブル力やパスセンス等の他の能力と比較した場合、物足りなさを感じるのも事実だ。

 凪は自分でもそれを理解している。


「外からシュートを撃てない、撃っても入らないガードなんて、相手からしたらカモよ。もっと確率上げなきゃ」


 そう言って凪はコートへ入っていった。


(皆、自分で色々考えて行動してる。俺も余計なこと考えてないで、もっと戦術とか勉強しないといけないな……)


 修は凪の背中を見送りながら、そう自分に言い聞かせようとした。

 しかし。


(余計なこと、なのか……?)


 クラスメイトである山下へのいじめ。

 そしてそれを止めるために動き、どんどんやつれていく友人の平田。


 これらはバスケ部が全国に行くためには何ら関係のないことだ。

 今、修が最も重点的に考えなければいけないこと、それはもちろんバスケ部のことである。


 だから山下の件は「余計なこと」であるのは間違いない。

 だが修にはそんな簡単にそう断ずることはできなかった。


(それに、宮井さんや凪先輩に言われた通りだ。考えないように、考えないようにと思ってるうちに、どんどんそっちに集中力が持っていかれてる。これじゃ意味がない)


 無関心を決め込むには、修は知りすぎてしまっていた。

 この状況ではベストコンディションで指導に当たれない。


(……明日、もう一度平田とちゃんと話そう)

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