俺(勇者)の乳首が魔王を操るジョイスティックになってるんだけど誰にも言えずに魔王城直前の村まで来た。仲間を無駄死にさせたくないから仕方なくすべてを告白する

榎本快晴

俺(勇者)の乳首が魔王を操るジョイスティックになってるんだけど誰にも言えずに魔王城直前の村まで来た。仲間を無駄死にさせたくないから仕方なくすべてを告白する

「俺の乳首って、普通の人よりちょっと長いだろう? これ、魔王を操るジョイスティックになってるんだ」


 仲間たちの反応は実に冷ややかだった。

 当然のことだろう。俺が逆の立場でも同じリアクションをする。明日からの魔王城攻略に備えて真剣な作戦会議をしている最中に、頭がおかしくなったような発言をリーダー自らが放ったのである。 


「勇者様。ちょっと今はそういう下らないジョークを飛ばす雰囲気じゃないんで静かにしておいてもらえます?」


 黒板に魔王城のマップを描いていた魔導士の少女が、上半身裸になって乳首を晒す俺を、まるで汚物でも見るような眼で蔑んでくる。

 普段は勇ましい剣士のお姉さんも「あ、そうなんですか……あはは……」と引き気味の対応である。

 エルフのロリババアも「主にしてはつまらんの」と呆れ顔。


 問題ない。

 女性陣がこういう対応をするのは読み切っていた。

 このパーティーで俺以外の唯一の男、長年に渡る相棒の武闘家は――


「そうだったのか! じゃあ早速魔王に自殺コマンド入力しようぜ! コマンド表どこだ!?」


 待て待て待て。

 いくら何でも話が早すぎる。まずちょっとは疑うところからかかれ。


「待て武闘家。お前、本当にこんなクソみたいな話を信じるのか?」

「お前がこの状況で嘘をつくような奴じゃないと、オレは信じている」

「澄んだ目で言わないでくれ」


 ある意味こいつが一番やばい奴だった。

 確かに俺の乳首が魔王を操るジョイスティックになっていることは紛れもない事実なのだけど、こんなことを信じるスポンジ脳味噌野郎は正直仲間からリストラしたい気分だ。


 半裸のまま俺は咳払いする。


「俺が500年前の伝説の勇者の子孫だということは、みんな知っていると思う。この乳首はどうやらその遺伝らしい。代々伝わる秘伝の書に、勇者の乳首の持つ能力とコマンドリストがすべて記されていた」


 秘伝の書を会議室のテーブルに置くと、何ともいえず悲痛な雰囲気が漂った。

 世界を救うとされる秘伝の書があまりにも下劣な代物だったことに落胆しているのだろう。


「だから私たちに死んでも読ませてくれなかったんですね……」

「勇者の一族以外が読んだら呪われて死ぬとか言っておったかの?」

「ああ、すまない。単にこれを知られたら俺が恥ずかしくて死ぬと思ったからだ。だが、明日からの激戦を思えば――みんなが魔王との闘いで死ぬ可能性を考えたら、俺の恥なんかに構っていられない」

「勇者様……己の身を削ってまで……」


 なんだかいい話っぽくなってきた。

 魔導士の少女は潤んだ涙をローブの長い袖で拭い、黒板のマップを一気に消した。


「で、では! こんな作戦会議は終わりにして早く魔王に自殺コマンドを入力しましょう! 問題は、誰がコマンドを入力するかです!」

「え? 勇者殿が直接ではだめなんですか?」


 剣士の女性の質問に、魔導士の少女は真っ赤にしながら、


「じ、自分でできるなら勇者様はとっくにカタを付けていると思います。それをしなかったということは、誰かほかの人がコマンドを入れないとダメなんでしょう?」


 名推理に俺は頷いた。


「ああ、魔導士のいう通りだ。この乳首ジョイスティックを俺自身が操作することはできない。俺は精神集中して地面に横たわり、ひたすら自我を消してコントローラーに徹しなければならない」

「汚い絵面じゃの」


 ロリババアの率直な感想が俺の胸を貫く。しかしいいのだ。それでみんなが救えるなら。


「なら……オレがやるぜ。野郎の乳首をいじるなんざ御免だが、未婚の女どもにやらせていい仕事じゃねえ。ましてや、魔王へのトドメをこの手で刺せるってんだ。男冥利に尽きるぜ」

「わ、わたしは別に構いませんけど!」

「私だって!」


 武闘家、魔導士、剣士が声を上げるが、俺は首を振った。


「――すまない。みんなにもこれは頼めないんだ」

「なぜですか? 恥ずかしいとか言っている場合じゃないでしょう!」

「見ず知らずの他人じゃないと俺の乳首コントローラは動かせないんだ」


 がん! と武闘家がテーブルを大きく叩いた。


「なんてこった……! どうりで、お前がここまで渋るわけだ……。道行く通行人に『魔王倒すから俺の乳首を弄ってください』って頼むだと!? そんなの正気の沙汰じゃねえ……はっ! いや待て!」


 武闘家が声を小さくする。


「ここから二つほど前の町に娼館があったろ? あそこで娼婦を買ってそういうプレイと言って乳首弄ってもらえばいいんじゃないか」

「ダメだ。金銭のやりとりのない、穢れのない純粋な善意で乳首コントロールをしてもらう必要がある」

「くそっ、穢れに満ちた能力のわりになんて面倒な注文なんだ。床上手の処女を求める童貞かよ」

「あと、そういうプレイだと騙すのも駄目だ。乳首を弄るサイドの人間は本気で魔王を操ると信じてスティックを捌く必要がある」


 魔導士の少女は現状で魔王討伐に必要な条件と現在状況を洗い出している。


1、見ず知らずの人間を探すこと      → 村にいくらでもいる。クリア可。

2、勇者の乳首が魔王コンだと信じさせる  → 難易度大。よほどの馬鹿を探すしかない

3、その上で魔王自殺コマンドを入力させる → 2さえクリアできれば……


「ちなみに申し訳ないが、魔王自殺コマンドは究極奥義だからコマンド難度がえげつない。真空波動拳入りの5連コンボを完璧に決める程度と考えてくれ。1回でも失敗すると見ず知らずの人間ではなくなったと判定されて操作権を失う。なんせ乳首を突き合った仲になるわけだからな」

「先にいえやカス、魔法で燃やすぞ」


 魔導士がこめかみに青筋を浮かべて3の状況に「無理」と加える。

 そこで、剣士のお姉さんがおずおずと手を挙げた。


「500年前の勇者殿のご先祖様はどうされたんでしょう? そんな都合のいい人を見つけるなんて……」

「どうやら『ニッポン』という異世界から転移してきた人間がいたらしい。その『ニッポン』で有数の格ゲーマーだったという彼は、ご先祖様を一目見た瞬間にその乳首がジョイスティックであることを見抜いたと記録にはある。そしてそのまま路上で完璧にコマンド入力を決めたと」

「想像もしたくないおぞましき風景じゃの」


 ロリババアが嘆く。まったくである。

 未だに各地に根付く反勇者信仰はおそらくこのときの変態事案が原因で発生したものだろう。

 その汚名を払拭するために旅立ったというのに、今こうしてまた血の因果が巡るとは。


「なあ、もう普通に攻めた方がいいんじゃねえか……? いっちゃなんだが、そいつは不毛な能力だぜ」


 物理的には乳毛が何本か伸びているが、戦略面で不毛であることに異論はない。

 俺は上着を再び羽織ってみんなに頭を下げた。


「申し訳ない。妙な期待をさせてしまったわりに、結局役に立ちそうもなくて」

「最初からそんな能力に期待はしていませんよ。いいじゃないですか、わたしたちみんなの力で勝てばいいんです」


 魔導士の少女が黒板の不毛な条件を消して、再び魔王城のマッピングを始める。

 複雑な迷宮である上に、そこに潜む魔物たちも強力。最奥に潜む魔王の力は計り知れない。


 ――しかし、俺には仲間がいる。


「みんな、絶対に勝つぞ」


 仲間たちは力強く頷いた。



______________________________________________



「号外です! 魔王が! 魔王が昨晩急死しました! 魔王軍から和睦の使者が来ています!」


 ところが翌朝、宿屋を出ようとした俺たちを迎えたのは唐突すぎる吉報だった。

 喜びに沸く村人たちだったが、パーティーの面々だけが不審そうな顔で俺を見つめている。


「勇者様……?」

「まさか、お前……」

「昨日、あの後こっそり……?」

「見下げ果てた奴じゃの」

「ち、違う! 俺は大人しく寝たぞ!? あの能力を発揮なんてしてないぞ!?」


 しかし疑いの視線は拭われない。

 俺はなんだかこのままだと不名誉な英雄に祭り上げられそうだったので、号外を巻いている情報屋に詰め寄って詳細を尋ねた。魔王がどんな死に様だったのかを。


「ああ、おかしな話でしてね。魔王は周辺の魔物を集めては、自分の乳首を弄らせてたそうなんです。よっぽどの変態だったんでしょうね。『これで勇者を、勇者を倒すんだ』と連呼してたとか。でも恐怖政治の暴君でしたから、乳首を晒して無防備になったところで謀反にあって死んだ……と。無様な最期だとは思いませんか?」


 俺は絶句した。

 まさか、魔王の乳首も俺を倒すジョイスティックになっていたというのか。


 傍からその話を聞いていた武闘家が、感慨深げに天を仰いだ。


「結局、その乳首の力って奴は、人類の長と魔物の長、それぞれの器を試すために神が与えたものなのかもしれねえな……。見ず知らずの他人に、無防備に乳首を晒すだけの度量。それを持った奴こそが世界を統べるべきだ、ってな」

「何いい話にしようとしてるんだお前は?」


 俺は途端に馬鹿馬鹿しくなって、わずかに感じた痒みのままに自分の乳首に昇竜コマンドをかけた。

 もはや何の力も持たなくなったノーマル乳首が、平和を喜ぶように桃色と輝いていた。

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