第3回 『深夜』 その2
その女は、べビ-・カーを押しながら、さらにその右手には、大きな包丁を握っておりました。
いま、切断作業をしたばかり、というような・・・・・
ジャンスさんは、そりゃあもう、失神するくらいに仰天したのは間違いがないのですが、実は、なかなか肝っ玉がすわったかたでもありました。
そこで、確かにしりもちをついて、はでに叫んだのではありますが、それがかえって自分自身を正気付かせるのに役立ったらしく、相手の血だらけの顔からも、その正体を、即座に見抜いたのです。
「あ・・・あなたは!」
「ふうううん・・・見たか! 見抜いたか! 仕方がないな。」
その、まさしく幽霊のような女は、ベビーカーをくるっと一回転させたのです。
すると、先ほどまでの、胴体だけだった赤ちゃんが、両手にナイフを握った姿に変わっていました。
鋭い牙が、口元から、にょきっと生えていた・・・んだそうです。
女の顔からも、血しぶきが、さっぱりと、消え去ったのです。
「ぎゃ! なんだ、こいつは・・・・くそ、きさまら、暗黒大魔王の手先か!」
とか、けっこう、古典アニメおたくのジャンスさんは、おおかた訳の分からないことを叫びながら、近くにあった、モップを右手に、丈夫な日本製の塵取りを左手に構えました。
幽霊か化け物のような女と、赤ちゃんは、ジャンスさんめがけて、包丁とナイフを振りかざし、飛びかかって来たのです。
剣道3段で、おまけにかつて、フェンシングの、フランス学生女王だったジャンスさんは、実は大変に強かったのです。
すぐに、ばらばらになった赤ちゃんが、宙を飛びました。
血潮らしきものが、飛び散りました。
そうして、なかなか手ごわかったのではありますが、その幽霊らしき女も、ついに両腕をもぎ取られ、足が立たなくなるまで打ちのめされたのでした。
『ぷー・ぷー・ぷー・・・いらっしゃいませ・・・』
と、最後まで、呪いの言葉を繰り返していたのだそうであります。
********** 👩 **********
これは、おおかた、ジャンスさんから聞いたお話であります。
もちろん、受付の彼女は、いなくなりました。
どうやら、競争相手の外国企業さんが、製造過程のどこかで介入し、スパイを行わせるように改造していたらしいです。
普通ならば、残業が厳しく法律で制限されているこのご時世、夜中に人はめったにいないはずでしたし、警備ロボットは、相手が仲間である受付のロボットならば、異常反応しませんし、わざわざ、データも映像も残しません。
経費の無駄だからです。
重要箇所だけは(社長室とか、入り口とか・・・エレベーターとか)映像がありますが、彼女は、画像に残る場所は巧みに避けていました。
またベビー・カーは、高性能の伸縮自在の万能コンピューターで、かたっぱしから社内のデータを収集し分析していました。
普段は、彼女の体の中に収納されるくらいに小さくなります。
あかちゃんは、まあ、相棒と言うか、むしろ、連絡役兼司令塔、だったようです。
たまに、残業する人間がいても、この広い社内で、かちあわせになる可能性は、非常に少なく、またちょっと見ただけで、みな逃げてしまうはずでしたが、たまたま相手がジャンスさんだったのと、タイミングがあまりにも、悪すぎた(彼女には・・・)ようなのでした。
で、この事件の結果 ,いつのまにか、社会のすべてが、ロボット任せになっていたことに、人間たちは、ようやく気が付いて、いくらか反省もし、警備システムの改善やら、社会システムの見直しやらが、少しずつ、図られるようになったのです。
死者が出なくて、ほんと、良かったです。
彼女は、いざとなれば、殺人も厭わないように、プログラムされていたそうですから。
もともと、長居する気はなかったのでしょう。
それと、ぼくは、実は人間ではアリマセン。
人間だと、言いましたか?
言ったとしたら、うそです。
90%は機械で、脳の一部だけ、生体です。
これは、定期的に入れ替えが必要で、亡くなった人の一部が使われます。
人間の感情とか、そうした、メンタル面の理解が必要だからです。
それと、ぼくは、また、恋人を、勝手に失ってしまいました。
この世は、ロボットばかりなのに、なぜ、ぼくは、もてないのか、そこは、いまだ、解明できておりません。
小物消費物品の調達や在庫調べに、いそしんでいる、毎日です。
********** 🤖 **********
おしまい
受付嬢 やましん(テンパー) @yamashin-2
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