第12話 キャプテン・ユニバースの出立

 スルギオカ銀河の辺境も辺境、ミシャキュボ星域。

 その外周にある二重惑星の小さい方、惑星イケンディラ。

 そこが、今の僕達の根拠地だった。


「……っ!」


 透き通った、低く長い音と共に放たれた模擬弾が、鋼の葉っぱに穴を空ける。

 それが三つ続いて、高い声が響いた。


「合格ね。この二年、良く頑張ったと思うわ」


 金髪を切り揃えた女性、リラさんの声で。僕は銃をおろした。

 いつの間にやら、リラさんを見下ろすようになってしまった。

 僕はもう。華奢で弱い、孤児院の物置で泣いていた僕じゃなくなっていた。


 ~~~~~


 あの旅立ちと復讐の戦いから、早くも二年が過ぎていた。

 僕がクォーツ氏を撃ち、復讐を終わらせてからも、色々なことがあった。

 その中でもやはり最大のできごとは、移動中のこの言葉に尽きるだろう。


「最期にはきちんと言わなかんよな……。ユニ、お前は俺の息子だ。種だのなんだの、ぼかして悪かった」


 キャプテン・ヴァルマが、僕の父親だった。

 とはいえ僕に実感はなかった。ただ、言いたいことはあって。

 だから、想いだけを言葉に込めた。


「助けてくれて、ありがとう。……お父さん」


 せっかく振り絞って言葉を吐いても、ぬいぐるみからの答えはなかった。

 ただぬいぐるみの向こうで、髭面の男が笑っていたように見えた。

 それを打ち明けた時、クローネさんは僕を見ることもなくこう言った。


「その髭面、多分キャプテンだわ。拝めて良かったな」


 ともあれ、それきりぬいぐるみは喋らなくなった。

 数日間ウチュウを航海して、ようやく指示通りにイケンディラへ到着した。


 この時点で、メンバーは僕を入れて四人になっていた。

 ガシャさんはあの日、ついに動かなかったのだ。


 ぬいぐるみを僕にあてがわれた一室に安置して、早速僕の鍛錬が始まった。

 ここまで僕達を運んでくれた父の宇宙船は、イケンディラの湖に沈められた。

 難しいことはわからないが、これで直ってしまうらしい。


 僕に課せられた鍛錬は、正直言って過酷だった。

 クローネさんは本気で僕を殴ってくるし、リラさんも厳しく指導してくれた。

 ただ。夜は寝かせてくれたし、作業を押し付けるようなことはなかった。


 僕は毎日、ぬいぐるみに挨拶した。

 ある意味で祈りのようなものだったのかもしれない。

 訓練がキツくて折れそうな夜は抱いて寝て、心を取り戻した。


 しばらくすると、クローネさんが旅に出ると言い出した。

 いつの間にか小型の船を作っていたらしく、かなり強硬だった。

 この星の植物は鉱物や鋼で構成されてるので、脱出程度なら可能なのだ。


「アンタどうするのよ」

「近くの星へ行って、旗揚げする。一人前になる頃に、また会おうじゃねえか」

「……アンタなんか、さっさと負けてくたばりなさい!」


 そんな犬も食わない口喧嘩が数日間繰り広げられた後。

 結局クローネさんはこの星を去っていった。

 その夜、僕はリラさんに声をかけられなかったことをよく覚えている。


「まあ、そんなものですヨ」


 フィオンさんはこう言って、僕を慰めてくれた。

 あの二人がどういう関係だったのか、推測することしかできないけれど。

 多分僕は、リラさんを連れていかねばならないのだろう。


 結局、翌朝には彼女は立ち直っていた。

 少し伸ばし放題にされていた金髪が、きれいに切り揃えられていたけど。

 僕もフィオンさんも、そこについては触れなかった。


 ~~~~~


 ともかく、この二年は訓練だらけだった。


 リラさんからは銃器の扱いや護身術、多勢に対する采配のやり方を。

 クローネさんからは船の操縦や喧嘩のやり方を。

 フィオンさんからは兵器や機械の扱いを叩き込まれた。


 へばっても泣いても、許されなかった。

 時には新しい傷も増えた。

 だけど、みんなが僕を見てくれた。温かかった。


「さあ、船に乗りましょう」


 リラさんが僕の手を取った。

 三ヶ月前には完成して、何度か操縦はしたけど。

 惑星間航行はこの出立が初めてになる。


 鋼で構成された森を、ゆっくりと歩く。

 フィオンさんが切り開いてくれたので、今はとても安全だけど。

 最初の頃は、尖った葉っぱでいつも傷を作っていた。


 少し歩くと、湖が見えた。

 この湖には、金属を食べて吐き出し、補修してしまう生き物がいるという。

 最初は気味が悪かったが、今は慣れてしまった。


「うん、外装もバッチリね」

「内装もきっちり仕上げましタ」


 湖に鎮座するのは、以前よりも二周りは小さくなった宇宙船。

 フィオンさん曰く、父の船ではなく僕の船として作り上げてくれたらしい。

 実際、僕でも座りやすかった。


「キャプテン、乗ってください」


 リラさんが道を開け、僕を船に導く。

 ああ、そうか。出立してしまえば。

 僕はキャプテンで、リラさんはクルーになる。


 フィオンさんが無言でうなずく。

 僕もそれに応じる。

 最初の一歩を踏み入れると、また違う異世界が広がっていた。


「わあ……」


 確かに軽くは操縦した。中も見た。

 だけど、内装がきちんとした様を見るとやっぱり違って。

 結局感嘆の声が漏れてしまった。


 僕は急ぎ足で歩を進める。背が大きくなった僕でも、十分な高さがあった。

 各個人の部屋は後で見ることにして、真っ先にブリッジへと向かう。

 ボタンを押してドアを開ければ、以前の空気はそのままだった。


「うん……」


 思い出す。短い間だったけど、ブリッジに四人がいて。

 僕は小高い席に座らされ、ぬいぐるみを抱えていた。

 ぬいぐるみは僕を勇気づけ、元気づけてくれた。


「キャプテン、これを」

 

 ブリッジを目にして立ち尽くす僕に、リラさんがなにかを差し出した。

 よく見ればそれはティギーで。父の魂がこもったぬいぐるみだった。


「せっかくですから、一緒に行きましょう」


 リラさんが軽く微笑む。僕はしっかりとぬいぐるみを抱えた。

 あの時よりも少し低くなったキャプテンの席に座れば、二人も定位置に立つ。

 傍らに置いたぬいぐるみを見て、僕は父の言葉を思い出した。


ユニバース宇宙のユニ、か。気に入った」


 名前を告げた時の言葉だっただろうか。

 僕は自分の名前を気に入ってなかったけど、父はそうは言わなかった。

 そして、今から僕が向かうのは宇宙だ。


「別に、あのキャプテンと同じ道を選ばなくたっていいんだぜ? 性格悪か……ってててて!」


 かつて、クローネさんに問われた。


「余計な一言は置いといて、コイツの言ってることは本当よ? 海賊扱いされるし、追われるし」


 リラさんにも、覚悟を問われた。

 その時、僕はこう答えた。


「確かにそうかもしれません。でも、僕はよそ者で、この銀河をなにも知らないんです。だから、広く見て回って。あちこちを知りたいんです」


 その時の二人の顔は、今でも覚えている。

 一瞬口を大きく開いた後、お互いに顔を見合わせて。

 わずかに譲り合った後、クローネさんが口を開いたっけ。


「そう言われちゃあお前が正しいじゃねえか。合格だ」


 もう一度記憶を噛み締めた後、僕は顔を上げ、二人に告げた。


「僕はこれから、キャプテンユニバースを名乗る」


 僕の目を見て、二人がうなずく。それを受けて、最初の指示を発した。


「出発準備、できてるか?」

「できてます」

「オールグリーン、いつでも出られまス」


 二人の声を聞いて、僕は大きく息を吸った。

 この言葉を発すれば、もう戻れない。


「行くぞ。キャプテン・ユニバース一党、発進!」

「イエッサー!」


 リラさんがスイッチを押す。

 船が大きく揺れて発進し、ぐんぐんスピードを上げていく。


「離水しまス」


 そして遂に空へと浮いて。

 更に加速し、高度を上げる。

 目の前に広がるモニターの向こうには、無限の宇宙が広がっていた。




 キャプテン・ユニバースの出立~完~

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キャプテン・ユニバースの出立 (#C_U_L) 南雲麗 @nagumo_rei

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