第11話 楽にしてやれ

「ヤロウ。やっぱしバリア仕込んでるじゃねえか」


 弾けて散った光芒に、ぬいぐるみが唸った。

 油断も隙もない構えに、僕は絶望を感じた。

 だが。


「キャプテンの仇ぃ!」

「はあ、はあっ!」


 もっと付き合いの長い人達が、諦めるはずがなかった。

 一ダースと言っていた兵隊が倒れてなお。

 二人はクォーツ氏とウォズリット氏に戦いを挑んでいる。


 しかし旗色は悪い。

 クォーツ氏への攻撃はバリアに弾かれ、ウォズリット氏は格闘に長けていた。

 僕にできることは。選んだことは。


「~~~~~っ!」


 光線銃の残りエネルギーを、ありったけウォズリット氏に撃ち込むこと。

 光芒が何度も、彼の背を撃ち抜く。

 バリアを付けていなかったのか、野太い悲鳴が場を満たした。


「や、やった」

「バカ、来い!」

「キャプテン、早く!」


 へたり込む僕。しかし仲間は容赦がなかった。

 呼びかけに応えて、足を動かす。最後の仇を、追い詰めるために。


 途中そっと怪物に視線を送れば、既にかの生物は焦げ果てていた。

 ガシャさんは、立ったままだった。生きていて欲しいけど。


「四対一だぜ、『金風呂のクォーツ』よぉ」

「諦めた方が身のためだと思います」


 僕が追い付く。

 クローネさんが。リラさんが。

 クォーツ氏の心を折ろうとする。だが。


「う、ううううう、うう、うるさいっ! 海賊にも至らぬ宇宙そらのチンピラ風情が、このヅヌマシャインの支配者に! 降伏、だとぉ!? ふざけるな。四人どころか、三人とぬいぐるみだけではないか!」


 小太りの体を震わせ、額に血管を浮かべて。クォーツ氏は吠えた。

 近くで見れば、頭も少し寂しく、脂ぎっていた。

 スーツからなにやら取り出し、中央の膨らんだ部分を押そうとする。


「そもそも軍団は腐るほどおる! 全員しょうしゅ……」


 声が途切れる。僕達の立つ場所が大きく揺れた。

 ブザーと赤い光の明滅が、僕達を襲う。


「首長! 銀河警察の強制捜査です!」

「なんだとぉ!?」


 どこからかスピーカーで叩き込まれる音声。

 クォーツ氏は、明らかに慌てていた。


「外の艦隊と繋げられんのか?」

「先方からの布告です! 『スルギオカ銀河、刑法第三四条第六項違反により、問答無用の強制捜査を執り行う』と!」

「バカなーーーーーッ!?」


 取り乱すクォーツ氏。彼の目はもう、僕達を見ていない。

 様子を見て取ったぬいぐるみが、もっと近付けと僕に指示を出した。

 今なら大丈夫。なぜかそう思えた。


「よぉ、クォーツ。追い詰められる気分はどうだ?」


 互いにやろうと思えば、一歩で踏み込める距離。

 ぬいぐるみから放たれる、挑発的なだみ声。


 怒りで赤かったクォーツ氏の顔が、一瞬で青く染まっていく。

 おそらくこの場所で、何度かは聞こえていただろう。

 だけど、確証を得たのは。


「馬鹿な。貴様は確かに……」

「死んださ。ああ、死んだ。だが、小細工すれば魂は残せる。『医者』がよくやってくれたぜ」


 聞かされて、目を白黒させるクォーツ氏。

 歯ぎしりの音が、こちらにまで聞こえそうだ。


「『医者』……! おのれ、あやつか……っ!」


 火が燃え盛るような怒りをあらわにするクォーツ氏。

 だが直後。怒りは殺意へと切り替わる。


「よかろう。捜査も免職も逮捕も。全て受け入れてくれるわ。だがキャプテン・ヴァルマ。貴様だけは許さぬ!」

「ユニ、止めろ!」

「っ! ……え?」


 再び取り出されたなんらかのキカイ。

 僕は手元を狙って光線銃を撃つけど。

 光はちょろっとほとばしって、すぐに消えた。そうか、さっき……。


「チッ、雑魚にぶちまけ過ぎたか!」

「ハハハハハ! 勝った! 来い、我がバトルスーツ!」


 部屋の壁を破壊して現れたのは、白い二足歩行の物体。

 フィオンさんの倍以上は大きくて。人間でいう胸の部分が透けていた。

 宇宙船のブリッジが脳裏に浮かぶ。


「馬鹿! 隠れろ!」


 クローネさんに引っ張られる。

 地面に転がされ、顔を強く打つ。

 痛い、と思う間もなく、破片が次々に飛んできた。


「転がれ!」


 再び指示。ぬいぐるみを抱えて必死に転がる。

 いつまで転がり続けていたか、分からないけど。

 立ち上がれば、圧倒的な不利がそこにはあった。


「畜生……」


 ぬいぐるみの舌打ちが聞こえる。


「どうしろってんだよ」


 男の立ちすくむさまが見える。


「逃げるしかないじゃない……」


 女の現実的な案が、耳に障った。


 遠くから足音が響く。いよいよダメかと、僕は思った。

 せっかくここまで来たのに。なにも為せずに死んでいく。


 右手を握り締めた。痛む。歯を食いしばる。

 ただただ、鋼鉄の巨人を見上げるほかなく。


「ハーッハッハー!」


 ありきたりな勝利の雄叫びと同時に、鋼鉄の腕が振り下ろされる。

 孤児院の工具、ハンマーを操作する動きにも似ていた。


「畜生!」


 引っ張られる感触。クローネさんが、僕の手を引いている。逃げるのか。

 リラさんを目で探す。床の一部が、妙にきれいだった。


「畜生、畜生! ボスの頼み一つ! 果たせねえのかよ!」


 衝撃波が来る前に飛びながら、クローネさんが言葉を漏らす。

 まさにその瞬間だった。


「伏せテ」


 独特の声。慌てて伏せた直後、僕の上を熱が通って。

 顔をそっと上げると、一条の流星が白いキカイへと突き刺さっていた。


「よかっタ」


 振り向いた瞬間に、声。

 主はフィオンさん。傍らには頼み込んだ相手の人。まさか。


「間に合うとは思いませんでしたよ。高く付きますからね」

「他の方々ノ、協力もありましタ」


 ああ、そうか。捜査の人が道をあけてくれたのか。

 納得すれば、話は早い。合流し、勝利を分かち合う。

 それだけだと思っていたけど。


「ぐ、おおおお、お……」


 地の底から響くような声が、僕に危険を教えてくれた。

 未だに巨人は動いていた。諦めてはいなかった。


「キャプテン・ヴァルマ、オマエダケハ……!」


 怨嗟のこもった声が、コックピットから聞こえる。

 ガラスが刺さり、焼け焦げた身体。服も溶けているのに。


「来いよ」


 僕の懐で、ぬいぐるみが言った。

 トラのぬいぐるみが放つだみ声が、広い空間に響く。


「陰険な策略よりも、今のほうがよっぽどマシだ。来いよクォーツ。俺を真に殺してみろ! その手で、その足で来やがれ! ボロボロになっても殺したいほど! 俺が憎いんだろ?」


 挑発。僕はぬいぐるみの口をふさごうと思った。

 あんなのがもう一度動いたら、今度こそ。

 だけど。


「止めるな」


 クローネさんの、小さな声。そして。


「これ持っとけ。最後の最後。護身用だ」


 初めて人を殺した時と、同じ形のケンジュウを渡された。

 その間にも、鉄人形はゆっくりと迫ってくる。


「ヴァルマ……ヴァルマァ……!」


 既に気力だけで機体を動かしていたのだろう。

 前へ乗り出していた身体が、コクピットから落ちて来た。

 僕達の前に、無惨な身体を晒す。


「チクショォ……。コンナニチカイノニ……!」


 フィオンさんの光線をマトモに喰らったクォーツ氏は、あまりにも哀れだった。

 既にほとんど見えないであろう目から、涙をこぼしてぬいぐるみを見上げている。

 手足は崩れ、焼けただれ。自力ではどうにもならない姿だった。


「近いな。だが、俺は勝った。最後にな」


 キャプテン・ヴァルマは静かに言い切り。そして。


「俺はこんなだから、息子に譲る。クローネ」

「へい」


 クローネさんが、僕からぬいぐるみを持って行く。

 手にはケンジュウのみが残された。


「ユニ」

「はい」

「楽にしてやれ。口にぶち込むのが手っ取り早い」


 無言でうなずき、僕はクォーツ氏の口へ、銃口を差し入れ。

 そのまま一発だけ、引き金を引いた。

 乾いた音と、重い手応えは、いつまでも忘れられそうになかった。

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