第10話 「ごめんなさいなんかするもんか」

 いきなり現れた七人を見ても、キャプテン・ヴァルマは落ち着いていた。


「アレか。オッサンが用意していた潜入工作員スリーパーか」

「ハッ! 先程微弱ながら匿名の指令が入りまして。貴殿らの侵入に協力せよと」

「なるほどな。じゃあ、二人借りる」


 ぬいぐるみが、流れるように言う。

 なにがしかの考えが、浮かんだのだろうか?


「ハッ。他の五名はいかに?」

「帰り道、確保しとけ。最高幹部とお前達の裏切り者は姑息だからな。どうせまだ打つ手を持ってる」

「ヨウソロ!」


 相手は宇宙の無法者だろうに、一切の呵責なく従う七人。

 その姿をどう捉えたらいいのか。最後まで僕には分からなかった。

 ただ、僕に分かることは。


「あ、すみません!」

「なんでしょう!」

「キカイのわかる方を一人……。そこで倒れてる方が、まだ……」


 フィオンさんを直す。そのための人手が必要ということだけだった。


 ~~~


 リラさんとクローネさんが、再び撹乱へひた走る。

 戦士の二人を加えた僕達は、ガシャさんを盾にしつつ、奥へ奥へと進んでいた。

 先程眼鏡男が落としたジュウを懐に、僕も必死についていく。


 そうして歩く内、僕達は広い場所に出ていた。

 無機質な、殺風景な場所だと思った。壁が、やたらと白い。

 向こう側に、三人の男が居た。


 一人はでっぷりと太っていて、横に女を侍らせていた。

 もう一人はその横に立ち、背広を着ていて、ジュウを握っていた。

 最後の一人は、なにがおかしいのか、嫌な笑い声を立てていた。


「ニシシシシ……」

「なにがおかしい! そしてウォズリット氏、貴方はもうすぐ強制罷免に処されるであろう。潔く自首することを勧めたい。クォーツ氏も同様だ!」

「キシシシシ……!」


 ここで初めて、僕は三人目の素肌を見た。

 黒のローブの下から、緑色の、細長い両腕が現れて。

 手を僕達に向けて開くや否や、両手六本の指先から、いくつもの稲妻が飛んで来た。


「うわあっ!?」

「ユニ、飛べっ!」

「保護、重大!」


 稲妻の内一本が、まっすぐに僕達を目指す。

 ぬいぐるみの指示で後ろへ飛び、ガシャさんが射線に割って入る。

 電撃が彼に突き刺さり、鎧が発光していた。


「うぐおおお……」

「ガシャ、死ぬんじゃねえ!倒れてろ!」

「キシィ……キシャアアアアアア!!!!!」


 今度は一本の光条が放たれる。

 もう守り手はいない。どうすれば。


「ユニ、撃て!」

「え?」

「いいから!」


 反射的に、手にしていたジュウの引き金を引く。

 先っぽから光芒が飛び散り、光条と相殺した。

 これが、光線銃なのか。


 借りて来た戦士は倒れている。僕一人で、手練を相手にどうすれば良いのか。

 せめて二人の内の、どちらかでもいれば……。


「ユニ、落ち着け」


 いつものダミ声が、僕を鎮める。

 だけど、打つ手はもう。


「大丈夫だ。俺はいつだって苦境を乗り越えた」

「でも」

「いつまでそうやっているのかね? 既に状況は逆転しました」

「ガキならガキらしく、頭を床に擦りつけて『ごめんなさい』するんだよ!」


 ぬいぐるみの経験則。否定する僕。

 ウォズリット氏が、クォーツ氏が。僕達を威圧する。

 身体中の傷が、うずいた気がした。従ったが最後、なぶり倒される。


「嫌だ」


 言葉は、自分で思うよりも強く出た。

 クリームで隠されたはずの、全身の傷が痛い。

 僕の心身全てが、奴等の威圧に反発していた。


「ごめんなさいなんかするもんか」


 また強い言葉。

 ジュウを構える。威力はさっきの一発で証明されていた。


「ガキらしくねえ野郎だ。素直に謝れば奴隷として生かそうとも思ったが」

「反逆罪で処刑ですねえ。ですがいけません、あまり手柄を立て過ぎると、悪目立ちして良識派に見つかってしまう。ああ、既に見つかってましたね。一番厄介な刑事に」

「クシャシャシャシャ!」


 二人の大きな独り言。雷の怪物が、侍る女が。僕達をあざ笑う。

 打つ手はない。雷は相殺できても、後の手段がない。

 三人の後ろから、兵隊が来るのが見えた。本当にここまでなのか。


「くっ……」


 口の端を噛んで、四人の顔を焼き付ける。

 兵隊の足音が、大きくなる。強行突破も、逃走も許されないだろう。

 僕は、天を仰ごうとして。


 ジュウの発射音。奥の兵隊から。

 僕の目が、女の倒れる瞬間を捉えた。

 金の髪が解けて、地に落ちる。いくつかの焦げ跡が、意味を示していた。


「大将ォ、兵隊は一ダースで足りっかァ?」

「お待たせ、しま、した!」


 聞き覚えしかない声。

 不敵な声。息を切らした、高い声。

 聞き間違うはずもない。その声は。


「操るにも、手間がかかるんだよな。本当はもっと用意したかったんだが」

「燃費が……悪過ぎるのよ……ポン、コツ」


「リラさん! クローネさん!」


 僕の頬に伝うものがあった。

 二人は怪物の電撃をかわし、悪人二人に肉薄しようとしていた。

 怪物は電撃で兵隊を駆逐している。僕達への視線が、途切れていた。


 奇跡だ。あの孤児院時代、神様なんて信じていなかったのに。

 僕にも、神様が微笑んだ。


「行くよ」


 僕はぬいぐるみに囁いた。

 キャプテンが微かに、うなずいた気がした。

 左手にぬいぐるみ、右手にジュウ。白い広間を、ジグザクに駆ける。


「動くんじゃねぇ!?」


 ゲスさを窺わせる声の咆哮。気付かれるのは、仕方がない。

 だがモンスターが振り向き、雷が舞う。足を阻む。

 必死にかわすが、体力の限界がある。いつかはやられる。


「応っっっ!」


 その時だった。雄叫びが、僕の耳を叩いた。

 鎧の塊が、モンスターを目掛けて直進していた。

 あっという間に僕達を追い越していく。あんなスピードを秘めていたなんて。


「主の望み、戦士の本懐!」


 刺さる電撃。しかし今度は悲鳴も上げず。

 ただ一直線に、鎧が進んで。


「応ッ!」

「ギエエエエエエッ!」


 ものともせずに、怪物を締め上げた。

 ギリギリと力を込めて、圧力を掛けている。


「主、進むべし!」

「ユニ、進めぇ!」


 電圧を吸収し、金に光る鎧。後ろ髪引かれる僕を、ぬいぐるみが威圧した。

 ほんの数歩先では、クローネさんとリラさんが、悪人二人に押されていた。

 素手の戦闘には限界がある。僕はジュウの引き金を引いた。が。


 バチィッ!


 弾かれたような音と共に、光芒が散る。


「ヤロウ。やっぱしバリア仕込んでるじゃねえか」


 ぬいぐるみの小声が、僕を絶望に追い込んだ。

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