第9話 前進せよ、覚悟を決めよ

 僕は、ぬいぐるみを脇に抱えて前進していた。

 前にはフィオンさんとガシャさんが立つ。

 クローネさんは遊撃。徒手空拳で敵を翻弄し、大暴れしていた。


「旦那ァ! キリがありませんぜぇ!」


 クローネさんが叫ぶ。実際、敵勢はワラワラとこちらに迫っていた。

 雑然とはしているが、やたらと数が多い。

 数は力。倒すにも面倒だ。


「ザコ! なんのためにフィオンがいると思ってんだ! やれ!」

「はイ」


 ぬいぐるみがだみ声を吐くのとほぼ同時。一条の光線が敵を薙ぐ。

 あっという間に、敵軍が燃えていく。壁や床も焦げる。

 再び嫌な臭いが場に充満する。しかし、僕は顔をしかめるだけにとどめた。


「その調子だぁ」


 ぬいぐるみが、小声で言う。


「耐えろ。なにも心を動かすなとは言わねえ。だが、己の指示一つで、命はたやすく吹き飛ぶ。そのことを刻み込め」

「はい」


 僕達は、既に基地の中へと侵入していた。

 クォーツ氏とやらがどこまで来ているかは分からない。

 だけど、彼と対面するまで。僕達は進まなくてはならない。


「止まれ!」

「我々はヅヌマシャインの正式な防衛隊だ!」

「貴殿等には降伏の権利がある!」


 そして遂に、統制の取れた軍隊が現れた。

 ジュウとやらを構えて整列している。

 僕の使ったものよりも、長い気がした。


 リラさんがいくら撹乱しても、やはり集結を阻むのは難しいのだろう。

 三人はともかく、僕の足は止まりかけた。が。


「うーるーせぇーなぁー? 通り一遍の文句を垂れりゃあ、後は容赦なくできる、ってか?」


 苛立ち紛れのだみ声が、別の意味で場を凍らせる。

 軍隊の指揮官がプルプル震えているのが、僕でも分かった。


「ユニ、進めぇ。迷うな。ためらうな。堂々とだ」


 だみ声が、僕に指示を与える。その声が、僕に力をくれた。

 ガシャさんとフィオンさん、クローネさんを従えて。僕は一歩ずつ進んでいく。


「と、止まれ!」


 一声。当然僕等は止まらない。


「止まらぬと、撃つぞ!」


 二声。止まる理由はどこにもない。

 撃たれて死ぬなら、それも運命。ぬいぐるみなら言うだろう。


「ええい、撃て! 撃ち殺せ!」


 三つ目の声。発砲音。

 ガシャさんとフィオンさんが前に出て、僕をかばった。

 僕の使ったものと似ていたのだろう。鉄が、全てを弾いたようだ。


「ちぃ!」


 クローネさんが、敵陣に飛び込んだ。速い、と僕は感じた。


「見られるぜ、アイツの本領」


 ぬいぐるみの小声。僕からは、彼の姿は見えない。

 だが、次に起きた出来事は見えた。

 何人かの兵士が突如僕達に背を向けて、同士討ちを開始したのだ。


「これ、は?」

「っち、大将ォ! 俺にも限界はある! 突っ切ってくれ!」


 クローネさんが叫ぶ。

 その時僕は。彼の掌から、伸びる糸のようなものを幻視した。


「アイツの秘技だ。他人の脳を掌握して操作する。アイツの星じゃ、それを覚えるために涙を枯らすほどの鍛錬をするんだと」

「なるほど……行きましょう!」

「ヨーソロ!」

「応!」


 クローネさんの行動を無駄にする訳にはいかない。

 そう思うと、俄然心に力が湧いた。


 同士討ちの現場を縫って、時に鋼鉄の戦士を盾にして。

 僕達は更に突き進む。

 だが。


「キャプテン、逃げて下さ……きゃああああ!?」


 横合いから、リラさんの声。

 続いて轟音。

 リラさんが吹き飛び、僕達を巻き込んで壁にぶつかる。


「くっ……なんだってんだザコ」


 悪態をつくぬいぐるみ。僕も幸い、壁にぶつかっただけで済んだようだ。

 しかし、油断ならぬ敵がそこまで来ていた。


「キヒ……テキ、ハッケン。コロセコロセコロセ!」

「やっぱり撹乱者がいましたね。弟よ、全員殺して差し上げなさい。あのお方の手を、煩わせてはなりません」


 リラさんが来た方向から現れたのは、二人の男。兄弟のようだ。

 一人の体は熊のように大きく、毛皮に肌を覆い尽くされていた。

 一人はメガネを掛け、腰を曲げて歩き、いかにも陰気そうだった。


「ワカッタ、ニイチャン!」


 人ならぬ雄叫びが、僕をすくませる。

 フィオンさんは転げた拍子にどこかをやられたのか、動く気配がない。

 熊の掌が、座ったままの僕とぬいぐるみに迫る。


「伏せろ!」


 ぬいぐるみの声。僕は、後ろを向いて目をつぶる。

 次の瞬間。金属音が鳴り響いた。


「笑止。我が主、殺すべからず」

「ガシャさん!」


 鎧の腕が、凶悪な掌を受け止めていた。

 弾き返すとそのまま熊にタックルをけしかけ、押し倒す。

 始まる重量級の決戦に、眼鏡の男は顔をしかめた。


「チッ……これだから獣人は。我が弟とはいえ、使い物にならぬ」


 ためらいのない侮蔑の声に、僕は髪が逆立つ感覚を得た。

 家族をいたわるという気持ちが、この男にはないのだろうか。


「まあ、良しとしましょう。残りは無力な少年とぬいぐるみ。さあ、私に降伏し、命乞いをなさい。もうすぐスルギオカの警察連中も来るはずです。星系擾乱せいけいじょうらん罪で処刑でしょうね。それでジ・エンドです」


 歌うように。流れるように。眼鏡の男は言い立てる。

 ナメられている。僕は直感した。コイツは、孤児院の連中と同じ顔をしている。

 なら。


「嫌だ」


 僕は言い切った。だけど足りない。もっと並べてやる。

 幹部かもしれないが、知ったことじゃない。

 そもそも僕は、コイツが誰かも、知らないんだ。


「かけがえのない家族を顎で使って、使えなくなったらあざ笑う。そんな人に、頭なんか下げたくない! もう以前の僕には、戻りたくないんだ!」


 言ってから、ぬいぐるみを抱いた。

 なにか言いたそうだったが、手で塞いで、胸の前で抱きとめる。

 一つ呼吸をする。口の中が、今にも乾きそうだった。


「僕だって、いきなり連れ込まれて。分からないことは多いさ。だけどこの人達は! 目的のために命を懸けてる! 貴方のように、汚れ仕事を人に投げたりなんてしちゃいないっ!」


 ほとんど一息に近い形で、一気に言い切った。

 目の前の男は、歯をカチカチと鳴らしていた。

 怒っている。僕にはそれが、すぐに分かった。


「いけしゃあしゃあとぉ……!」


 眼鏡の男の瞳に、狂気が宿った。

 僕の眼を見つめるそれは、血走っていた。嫌らしい色に、輝いていた。

 男は懐から銃を抜いた。僕が先程まで持っていたものとは、全く形が違った。


「ここで殺してあげましょう……」


 揺れるように、僕の眉間へと突きつけられる銃。

 向こうでは、未だに熊と鎧が戦っていた。

 助けはないと、覚悟を決めた。


「三……二ィ……」


 歌うような声で、カウントダウン。

 僕は目をつぶらない。ここで終わっても、来世できっと恨みを晴らす。

 その一心で、目の前の男を目に焼き付ける。


「いぃいいいぃぃいいち……」

「ヴォアアアアアアアアアアア!」

「んぬぉあっ!?」


 眼鏡男が、引き金に指を掛けた。その一瞬だった。

 ぬいぐるみが、僕の手越しに叫ぶ。

 あまりの大音声に、僕は耳を塞ぎたくなった。


 だが、それは相手も同じだった。銃を手放し、耳を塞ぐ。

 大チャンス。僕は銃を取りに行く。だが次の瞬間。

 眼鏡男は、倒れていた。耳から血を流し、ほのかな煙が上がっていた。


「え……?」


 声を上げた瞬間には、熊も五発の光線に撃ち抜かれていた。

 うめき声を上げた熊男は、やがて兄と運命を共にした。


「やれやれ……ゼニャンダのオッサン、やっぱり気に食わねえ」


 発砲された方向を見れば。

 クローネさんと、七人の戦士がそこに居た。

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