第8話 こみ上げるもの、飲み干して征け

「急げ、早く着替えろ!」


 クローネさんの指示の下、僕は手近な軍服に手を付ける。

 当然だが、僕が殺した死体は隠されている。検査されたら、見つかるからだ。

 私兵ですら正装している辺り、ヅヌマシャインは裕福なのだろう。


「フィオン、向こうに兵士は?」

「感知なシ。どうやらリラさンに釣られたようでス」

「ハン、馬子にもいしょ……あだだだだだっ!」


 余計な口を叩いたクローネさんが、リラさんに耳を引っ張られる。


「ありがとうぐらい言おうと思ったのに、台無しね!」

「るっせ……お前だって」


 またしても言い合いが始まりそうになる。

 しかしそんな二人の間を、一筋の光線が引き裂いた。

 細く、長く。害はなくとも、そりゃ避ける。


「仲良くするのはいいですガ、置いて行きますヨ」

「テメ、フィオン! なにすっだ!」

「はイ、そのままこちらへどうゾ」


 フィオンさんの一撃が、クローネさんをリラさんから引っぺがして。

 二人はそのまま敵船へと乗り込んでいく。上手く誘導した形だ。

 既にガシャさんが敵船へと乗り込んでいて、色々とキカイを確認していた。


「飛行、無問題」

「よし、偽装通信だ。なんとか乗り込んでやる」

「はイ」


 フィオンさんが、敵に向けて通信を送る。

 キャプテンの脚本では、二人はリラさんの護衛として収まる事になっていた。


「フィオン、首尾は?」

「問題なシ。基地へ曳航しろとのことでス。『女』についても餌ヲ」

「……よし。あの女もこれで終いだ」


 僕には、クローネさんが一瞬返事をためらったように見えた。

 だが次の瞬間には憎まれ口。

 思うところがある、という訳ではなさそうだ。


「フィオン、操縦は掌握できたか?」

「マニュアルを発見。これデ、大丈夫でス」


 滑らかに移動し、渡される一冊の本。なるほど、説明書みたいなものだろうか。


「よぉし。曳航だからな。ゆっくり行かねえと。ガシャとフィオンは戻ってろ」


 クローネさんが、キカイの手綱を握る。

 何度か見ているうちに、なんとなく分かってきたけど。

 キカイといえども、きちんと扱えば思うままに動いてくれるらしい。


 僕達の船を曳いた軍船は、ゆっくりとヅヌマシャインに向けて動き出した。


 ~~~~~


 初めて見る他の星。空は夕焼けのように赤かった。


「わあ……」

「お前の星がどうだったかは知らねえが、大気中のウンヌンカンヌンとやらで空の色は変わるんだとか。俺にゃあ学がねえから、分からんがな。この星の空は赤い、で十分だ」


 思わず見惚れた僕に、クローネさんが教えてくれる。

 僕の知識じゃ、もっとちんぷんかんぷんなんだけど。

 正直「タイキチュウ」という言葉すらよく分からない。


「イの二三四五。こっちに連行しろ。モタモタするな」


 だけど、そんな僕達の尻を叩くように。ガラガラ声の通信が聞こえた。

 どうやら、誘導してくれるらしい。どこに降ろされるのか、分からないけど。


「おっと、こりゃ失礼」


 聞こえない程度に軽口を叩いた後、クローネさんは適当に話を合わせていた。

 そのまま誘導に従って、暫く空の旅。ぬいぐるみはいないし、話し相手もいない。

 ただ。赤い燃えるような空は、僕の心までも灼いていく。


「見えたぞ。まさかド本命に連れてってくれるとは思わんかったけどな」


 その声で、僕は外を見る。

 僕の目の前に現れたのは、九つの島を従えた、大きな大きな船だった。


「これがヅヌマシャインの中心だ。あのクソでっかい船の頂上が、恐らく奴の居所だろうよ」


 吐き捨てるように、クローネさんが言う。が、時間はあまりない。

 僕達は、最後の打ち合わせを始めて。

 さして時も経ずに、島の一つに据えられた基地へと着陸した。


「イの二三四五。これより聴取を行う」


 やかましい足音の後、船の外から厳しい声。

 ガシャガシャと、武器の音も聞こえる。妙に物々しい。

 隣では、クローネさんが虫を口に入れてしまった時のような表情をしていた。


「マズいな」

「え」


 反応した時には、既にクローネさんは動いていた。

 船のドアを蹴破って、自分から兵士の群れに突っ込んでいく。

 もちろん、中の僕達から遠ざけるようにだ。


「フィオン! プランB! 薙ぎ払え!」


 明確な指示。叫ぶと同時に、再び中へ飛び込む。

 陰に行けと、手で指示されて。次の瞬間、まばゆい光。

 船の中にいるのに、景色がチカチカした。


「伏せろバカ!」


 クローネさんが怒鳴り、僕は反射的に縮こまる。そして、強制的に聞かされた。

 人が焼けていく音。断末魔。地獄の責め苦を受ける声。

 孤児院を思い出して、怖くなる。更にうずくまる。


「見るもんじゃねえよ。聞くもんでもねえ」


 クローネさんが、ボソリと言った。

 表情は僕からは見えない。


「知らねえ方がマシな音だよ」


 ただ、吐き捨てるような言葉の羅列は。

 クローネさんなりの本心のようで。

 顔こそは見えないものの、少しだけ力が抜けた。


「掃討、終わりましタ」


 長い時間が経ったのか。あるいは短い時間が引き伸ばされていたのか。

 少ししてから、景色の明滅やうめき声が消えて。

 ドアの外から、キカイの声。

 

 クローネさんがドアを開ければ、『人だったもの』が転がっていた。

 黒く炭化し、未だに煙を上げていた。煙の臭いに、人の焦げる臭い。

 胃から、酸っぱいものがこみ上げる。吐き気を覚える。


「派手にやったな……。鼻が曲がりそうだぜ」

「フィオンは元々、純軍事用ロボットですかラ」

「忘れかけてたぜ、ンなこと……」


 二人が軽口を叩き合っている。

 今の内に吐いてしまおう。

 こっそりと物陰に移動しようとした瞬間。


「吐くな。この臭いは焼き付けろ」


 叱咤する声が、僕の耳に入った。

 口調は汚い。だけど、僕を地獄から救い出してくれた。

 あのだみ声が、弱気な僕をたしなめた。


「あ……」

「ンダゴラ。しばらく会わなかっただけで、幽霊にでもかち合ったような顔しやがって。……って。俺は幽霊のようなモンだったか」


 キャプテン・ヴァルマ。僕をウチュウへ導いてくれた人。

 元の姿に戻ったリラさんに抱えられ、僕達に近付いてくる。


 そうだった。僕は。こんなところで、吐いている余裕はないんだった。

 苦味のする液体を、必死の思いで再度飲み込む。

 涙が溢れそうになり、ゴシゴシと腕で拭った。


「そうだ。その意気だ。俺の種が、こんなことで泣いてるんじゃない」


 ヴァルマさんが、真剣な声で僕に言う。

 前を見れば、既にクローネさん達が敵軍と戦っていた。

 あれだけ焼き焦がしたのに、いつの間にか補充されている。


 ガシャさんは鎧で弾いて敵の銃を奪い。

 フィオンさんはビームや伸びる鉄拳で敵を薙ぎ払い。

 クローネさんは徒手空拳で大立ち回りを演じていた。


「ヘッ。最初ハナからこっちの方が良かったかね。楽しそうに暴れてやがらぁ」

「キャプテン。私もそろそろよろしいでしょうか?」


 リラさんがぬいぐるみを僕に手渡す。

 その身体は既に変化を始めていた。

 敵兵の一人を、象っていく。


「オウ、やってやれ。撹乱してこい」

「はい!」


 リラさんは走る。乱戦をすり抜け、敵軍の中に分け入る。

 あっという間に、僕の視界から消えていく。

 カクラン、はよく分からないけど。敵のフリをして騙すのだろう。


「おい。面ァ引き締めろ」


 ぬいぐるみから、威圧的な声。

 いつの間にか、口がぽっかり空いていることに気付く。

 慌てて口を閉じ、前を見た。


「まだ作戦は始まったばかりだ。なにがあろうと、俺は俺の敵を討つ」


 だみ声は低く、報復の意志に煮えたぎっていた。

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