第7話 ケンカを知らない子どもだった

「さて。一直線とは言ってしまったが、マジにそうした場合は、防御線で撃墜だな」


 ミコモタ・ジーモから離れ、船にステルスとかとかいう行為をしてから。

 ぬいぐるみはまた話題を切り出した。


「敵は惑星一つを支配する首長。マトモにぶつかれば勝ち目はありませんね」

「搦手でハメ倒すにも時間はねえ。さて、こうなると……」


 ブリッジに沈黙が流れかけたその時。

 フェロンさんが立ち上がった。


「キャプテン。微弱ですガ、ハッキリした指向性通信ガ」

「開け」


 ぬいぐるみの言葉で、通信が開く。

 映像はないが、声がはっきりと聞こえた。


「よぉ。元気かい、若造共とぬいぐるみ」

「ゼニャンダのオッサン! 無事だったか!」


 心なしか喜びの混じったような声のぬいぐるみ。

 思うところはあれど、不安だったのだろう。


「騒ぐな騒ぐな。俺もまだまだ捨てたもんじゃなかったぜ」

「アンタについていく人間が少なかったら、俺が潰してるぜ、銀河警察」

「オイオイ、俺は刑事デカで飯を食っとるんだ。しょっ引くぞ」


 本音混じりの憎まれ口の叩き合い。

 しかし。


「冗談はさておきだ。長い通信はよろしくねえ。スパッと行くぜ。こっちの黒幕は、どいつだ?」

「俺がこの目で確かに見た。処刑前夜に、二人して嘲笑いに来たからな。『金風呂のクォーツ』、想像以上の見栄っ張りだったぜ」

「そりゃあ取材の度に、『風呂桶に札束ぶち込んで女を侍らす画像』を撮らせてんだからな。見栄も張るし嘲笑うだろ」


 違えねえ! キャプテンの大声がこだまし、笑い声が響いた。

 だけど本題は。


「生前だったら腹を抱えて暫く笑い倒してたトコだが……。まあノコノコ俺の前にやって来たバカ幹部の話をしようか。そいつの名は『ウォズリット』。後は分かるな」

「……分かった。仕留めるのは難しいかもしれねえが、お前の道ぐらいは空けてやる」


 ゼニャンダさんの声のトーンが、一段階落ちた。

 周りを見回せば、全員無言。

 敵の大きさが、良くわかった。


「で、だ。見栄っ張り野郎はカジノ惑星の堅牢性と安全性をアピールするべく、私兵で防衛線をこさえていたはずだが。そっちをどうする」

「考えたがな。リラを使う」


 キャプテンの発言に皆が頷く。なのに僕だけ、口が開いた。

 リラさんの目が、らんらんと輝いている。


「なるほど、リラのお嬢なら、やれるか」

「ああ。これを通さな、始まらねえ」


 ぬいぐるみの放つ、悪い声。

 ゼニャンダさんからも、太鼓判が押されて。


「よし! ザコ共! 今からは出入りだ! 覚悟しやがれ!」


 ぬいぐるみが、声高らかに宣言して。

 四者四様の返事が、ブリッジにこだました。


 ***


「狭え」

「旦那ァ。辛抱してくれ。流石にぬいぐるみは難しい」


 ブリッジから離れて壁の裏。物陰に潜む僕達。

 なおぬいぐるみは箱の中にいる。

 自由にしておくと喋りそうだ。満場一致の意見だった。


 あの手この手でかっ飛ばして、燃料までもほぼ使い切り。

 今、僕達の船は漂流船を演じていた。なんと、惑星ヅヌマシャインの軌道上でだ。

 一品物の船を賭け金にしての、大博打。キャプテンはそう言っていた。


 船もボロボロだ。一瞬で判別されないように、偽装もされているという。

 事故を装いつつも、生命維持だけは保つ。

 クローネさんの的確な操縦がなければ、僕達はウチュウで死んでいたのだろう。


「……大丈夫なのです?」


 ブリッジの方向を見て、僕はつぶやく。

 そこには一人だけ、リラさんがいた。

 黒髪を伸ばして、品の良い服を着ている。後、耳の上部分が長い。


「アレがアイツの本領だ。不定形で、あらゆる生物に偽装可能。つまり」

「我々にすら擬態可能」


 ガシャさんが言葉を引き取る。

 僕は、口をあんぐりと開けてしまった。そんなの、強くてずるい。


「なに、擬態はできるが強さはパクれねえ。変装でごまかすのが精一杯さ」

「キャプテン、船が一隻近付いて来てル」


 フィオンさんが割って入った。

 映像は使えなくとも、感知できる機能があるという。

 流石キカイの生き物だ。


「手はずは、分かっているな? 正規軍なら、俺達は病人を装う。私兵共なら襲って武器を奪い、変装して乗り込む。ユニ、『やれる』な? 綺麗事じゃねえぞ」

「……うん」


 僕の手には、ケンジュウという武器が握られていた。

 なんと引き金を引くだけで、人を倒せるという。

 使い慣れていない奴にはこれがいいと、キャプテンが渡してくれたのだ。


 僕の言葉を最後に、全員が黙り込んだ。奇襲に失敗すれば、死あるのみ。

 だけど、僕にとっては。人生そのものが、命がけだった。

 心臓の音さえうるさいけれど。やらなければ、生き残れない。


 そうして覚悟を固めつつ、無言の空間で過ごした後。

 唐突に乱暴な足音が聞こえてきた。


「救難信号を拾って来てみりゃ。なんでえ、無事っぽいじゃねえか」

「オイ、女だ。それもめっぽう美人だぞ」

「あの雇用主、自分だけ女を侍らせやがって。おこぼれぐらいよこせってんだ」


 口調が荒い。モノの扱いがぞんざいなのか、荒っぽい音も聞こえる。

 これは。


 クローネさんが、手で小さくマルを作った。

 どうやら、本物の兵隊ではないらしい。


「オイ、ネーチャン。取り調べすっから、ちょいと俺達の船に来てくんねーか?」

「え、その、船は……」

「なあに、上手くやればチョチョイのチョイで終わるからよ」


 男共が、リラさんに声を掛けている。

 リラさんは困り顔をしているが、どこか嫌がっていないようにも、見えて。


「演技だ」


 箱から声。


「ああして誘うんだよ」


 キャプテンだった。心が、静まる。


「行くぞ」


 小さく、声。クローネさん。

 敵は十数名。今やほとんどがリラさんの周りにいる。全員を倒す、いい機会だった。

 ケンジュウを握る手に、力がこもる。手が汗ばんでいることにも、気づけなかった。


「突」


 鎧で防御の固いガシャさんを先頭にして、敵に向けて突進する。

 二番手はクローネさん。途中で列から抜け、リラさんにご執心の兵士に一撃。

 三番手はフィオンさん。僕の盾となりつつ、重い拳を浴びせていて。


 気づけばリラさんも、長い手足を使って敵を振り払っていた。

 なのに僕は。どうしたらいいか分からず、銃を握って左右を見ていて。

 それは敵にも丸分かりで。


「ガキャア!」

「ああっ!」


 奇声と同時に、腰に衝撃を受けて。もんどり打って倒れてしまう。

 その拍子に銃が滑って手から落ち、僕から遠ざかっていく。


「へへ……」


 優位に立った敵が、嬲り殺すように拳を振り下ろす。

 思う。これでは、前と同じだ。孤児院の時と、変わっちゃいない。

 駄目だ。力を。振り絞らないと。


「あああっ!」


 振り下ろされる腕を強引に掴み、自分の右腕の方へと引っ張る。

 相手の方が体力で勝るので、形勢逆転とは行かない。

 左腕に横っ面を叩かれて、再び不利になるけど。


「バカ!」


 暴言と共に、僕の手へとケンジュウが滑り込んで来た。


「早くやれ!」


 クローネさんが、こっちに蹴り飛ばしたのだ。しかも、一人を取り押さえつつ。


「はいっ!」


 銃を握り、もう一度上を向こうとする。すると固い打突音。


「がっ……!」


 皮肉にもケンジュウの底が当たったようで、頬を押さえていて。


「今だ!」


 クローネさんの声。僕は無我夢中で引き金を引いて。

 三発の乾いた音が、ブリッジにこだまする。


 煙の匂いと、引き金の感触。一瞬遠のいていた聴覚の復帰が、僕を我に返らせた。


「初めてにしちゃ、上出来だ」


 クローネさんが、僕の肩に手を置く。

 相手を見れば、胸に穴が一つ。残り二つは、床に穴を開けていた。

 当然、とうに。


「至急」


 ガシャさんの、くぐもった声。

 そうだった。作戦は、始まったばかりなんだ。

 とはいえ。



 この日、僕は初めて人を殺した。

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