第6話 敵の名は。

 小惑星、ミコモタ・ジーモ。

 スルギオカ銀河でも、とりわけ辺境に位置する星である。

 ……と、僕はリラさんからレクチャーされていた。


「まあ本当に小さい星だけど、地下資源が豊富でね。隠し基地があるのよ」


 分かったか、と言わんばかりに胸を張るリラさん。

 可愛いなんて、口が裂けても言えないけど。


「顔で分かるぞ、スケベ小僧。リラに色目使っても、得するこたあねえぞ?」

「クロ、うるさい。アンタと同類にしないでよ」


 目ざとく僕の表情を見抜いたクローネさん。

 たちまち始まる暴言合戦。

 やってしまったかと、僕は強張るけど。


「あの二人はだいたいああだ。ほっとけ」


 心底つまらなさそうにぬいぐるみが口を開き。


「そういうことでス」


 フェロンさんもそれに同調した。


「なるほど……」

「ああ、それでいい」


 この二人が言うのならまあ。多分それでいいのだろう。


「着陸開始。周囲、敵影なし」


 ガシャさんが、淡々と言う。

 いくら僕でも、どの人がどんな人か。分かってきた。


「スプレー用意。無酸素惑星だからな」


 キャプテン・ヴァルマが指示を放つ。サンソというのは、よく分からないけど。

 多分、僕の星のようには動けないのだろう。そう思うことにした。


「物資を回収したら船に集結。ミーティングの後、目的へと動く」

「はイ」


 今後の方針を、ぬいぐるみが語気を荒げることもなく告げていく。

 こうして見ていると、気性が荒いようでいて、大事な時には冷静なのだと分かる。

 きっと、キャプテンの資質。その一つなのだろう。


「ユニ、お前はどうする」


 ぬいぐるみが、僕に問う。

 僕は、少しだけ考えるふりをしてから、答えた。


「皆さんと一緒に、少し勉強してきます」



 そんな訳で、全員で基地に向かったのだけど。


「……旦那、こいつぁ」

「ちぃ。『海賊同盟』の連中、手回しが早いな」


 僕が抱える腕の中で、ぬいぐるみが唸り声を上げた。

 隠し基地が、嵐の後のような姿に成り果てていた。

 何者かに荒らされたのだ。


「燃料に食料、武装用エネルギー。めぼしいものは粗方」

「潰されたか」


 はい、と返事するリラさん。その顔は、渋い。


「しゃあねえ。フェロンとガシャが動いている。残りカスをどうにかする」

「しかし」

「時間制限が入っただけだ。やるこたあ変わらん」


 クローネさんの言い分を、切って捨てるぬいぐるみ。

 ここ一番の胆力と判断力が、キャプテン・ヴァルマの持ち味なのだろう。


「ひとまず。バレてる以上長居はできん」


 ぬいぐるみが、指示を下す。


「残りカスを集め終えたらトンズラだ。作戦会議は移動中」

「どちらへ向かいますか?」


 操縦の都合もあると、リラさんが問うと。

 ぬいぐるみがまた、悪い顔になった気がした。


「一直線にカジノ惑星ヅヌマシャイン。冒険者の魂、見せてやるよ」


 次の瞬間、リラさんとクローネさんの顔が。

 完全に固まってしまう。

 もちろんそれはぬいぐるみの不興を買って。


「オラッ。固まってんじゃねえ、ザコ共は働いて俺に少しでも成果を持って来い」

「でも作戦は」

「うるせえ! これから練る!」


 結局そこからの計画については、ぬいぐるみの胸に秘められてしまった。


 ~~~~~


 ともあれ、あれこれ物資の回収はつつがなく行われて。

 再び全員が船に乗り込んだ。

 特に役立ったのはフェロンさん。燃料内の混ぜ物を、ある程度ろ過できるのだ。


「ま、なんとかなるな」


 とは、最終報告を見たぬいぐるみの感想である。


「つー訳でだ。星図、開け」


 ブリッジの中、僕達が一段高い例の席。他四人は自分の持ち場。

 暗い板に、また灯される星たちの図。

 僕達がいる場所だろうか? 一箇所だけ赤い点があった。


「取り敢えず。今回やることについての説明だ」


 全員の返事。僕もつられて返事した。

 空気が、さっきの戦闘以上に引き締まっている。

 ここからが、本番なのだ。


「最初に、俺を殺した野郎についてだ。海賊同盟の幹部でカジノマフィアのドン。『金風呂のクォーツ』だ」


 一瞬空気が冷えたが、再び戻る。

 それだけ危険な人物なのか。


「野郎はヅヌマシャインの総首長。銀河警察の幹部と、裏でズブズブだ」

「汚え!」


 話を断ち切るように、クローネさんが立ち上がる。

 しかし辺りを見回してから、「悪い」と言って、すぐに座った。


「そうだ。汚え奴だ。だから俺とオッサンは手を組んだのよ」


 だがぬいぐるみは、その怒りを肯定する。


「俺は自由人で、宇宙そらをクソな法律で縛る銀河警察が嫌いだ」


 皆の視線が、ぬいぐるみに集まった。

 それを確認するかのように、一呼吸置いた後。


「だが。宇宙そらで無法をしやがる海賊同盟と、それを野放しにする連中。こいつらに関しちゃ、好き嫌いを通り越して、宇宙のXXXX自主規制ワードだ」


 怒りをあらわにするぬいぐるみに、リラさんが補足を入れる。


「ゼニャンダ氏は、叩き上げの良識派。確か、海賊同盟には強硬派でしたね」


 そういうことだ、と。リラさんの言葉に答えたぬいぐるみ。

 まだ言葉が荒い。相当気が立っているのだろう。


「で、色々コソコソやってたらな。バレてハメられてブッ殺された」


 変わらない調子のまま、流れるように語るぬいぐるみ。

 しかし場の空気は凍った。

 それでもぬいぐるみは、追い打ちをかける。


「それも、『銀河警察による、正式な処刑』でな」

「失礼。罪状累積による手続きか」


 ガシャさんが挙手をした。


「そうだ。あくまで正当な処刑だ。だが奴等はやらかした」


 ガシャさんが手を引っ込めるものの、僕達は揃って、ぬいぐるみを注視した。

 見た目は可愛らしいトラなのに、どこかふてぶてしく感じた。


「せっかく俺を処刑できるからって、冥土の土産なんかよこすんだぜ、アイツ等! ああ、腹が痛え! 間抜けにも程が有る!」


 ぬいぐるみが、ケタケタと笑う。

 動きのない笑い声は、見ていて少々怖い。全員が揃って、顔を見合わせていた。

 暫しキャプテンに大笑いして頂いた後。口を開いたのはクローネさんだった。


「……あー、失礼。旦那ァ。俺等がカッ飛ばしても間に合わなんだらしいっスけど、手続き自体も早かった、ってこってすよねえ」

「先方が急ぐのハ、仕方ないと思ウ。キャプテン、賞金首ですかラ」

「そりゃな。幹部とズブズブなら、手も打ちやすいか……畜生ッ!」


 クローネさんの拳が、壁を引っ叩く。


「ちょっと!」


 リラさんが待ったをかけるものの。


「畜生……! 親とも言うべきキャプテンの、死に目にさえ会えなかったと思うと……! 畜生! お前は悔しくねえのかよ、リラぁ!」


 自己紹介を受けた時。キャプテン・ヴァルマは言っていた。


「二人は人間によく似た種族だが、いろいろと違う」


 今、僕はその意味を理解した。

 クローネさんの大きな目は、とてつもなく哀しそうなのに。

 そこから一粒も、涙がこぼれてこないのだ。


 なのに。その叫びは、痛い程に伝わって来る。

 フェロンさんがうつむき、ガシャさんは目をそらしていた。

 クローネさんを止めているリラさんは、大粒の涙を流している。


 僕でも、否応がなく分かってしまった。

 皆それぞれに持っていた、キャプテンの死への自責の念。

 顛末が語られたことで、その思いを、刺激されてしまったのだ。


「……使い物にならねえな。ったく、これだからザコ共は」


 小惑星からの離脱は、少しだけ遅れることとなった。

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