第5話 宇宙の戦場(いくさば)はヨ漢の死に場所サ

「総員、発射に備え!」

「ヨウソロー!」


 五つの声が、ブリッジにこだまする。


「椅子の手すりを掴んで、足を踏ん張りな。少々、揺れるぜ」


 不敵な声が、耳を叩いた。言われた通りに、全身に力を入れる。


「発射ァァアアアア!」


 クローネさんの雄叫びと同時に、僕の視界は赤と黒で埋め尽くされた。

 船内が揺れる。僕は目をつぶりつつも、ヴァルマさんに従って。

 足に力を入れ、踏ん張りを利かせた。手は痛いけど、手すりを握り続けた。


 そうして暫く経って。ようやく揺れも点滅もおさまった。


「……。ガシャ」

「直接戦果有り。詳細、短波距離まで不可。敵群、散開」

「最大出力、行けるな」

「ヨーソロ!」


 お腹に一撃を食らったような、重い音が響いて。

 宇宙船は一気に加速した。


「クロォ! 操縦ミスったらくたばっぞ!」

「承知でさぁ!」


 荒っぽい操縦が、船内を揺らす。


「超銀河ホール内での全力航行は、かなり危うい。だがアイツなら、やれる」


 そのさなかでも、キャプテン・ヴァルマは落ち着いていた。


「おうっ……」


 だけど僕は。胃の中からこみ上げるものと、必死に戦っていた。

 リラさんも。フェロンさんも。ガシャさんも。皆必死な顔をしている。

 なのに僕だけ吐いてたら、サマにならないじゃないか。


「出るぜえええ! ちょーぉう出るぜええええ!」


 雄叫びと共に、僕の身体が一回転する。

 椅子に張り付いてるから、自力ではない。

 この船そのものが、回転している。


「やべっ……!」


 ぬいぐるみが、天井へ向かって落ちていく。

 しかし態勢が戻れば、また僕の元へ。


「……すまん、忘れてた。ユニ。手すりについてる、四角い出っ張りを押せ」

「え、これで……うわあ!?」


 戻って来たぬいぐるみの指示で出っ張りを押せば。

 たちまちたすき掛けに捕まり、椅子へ押し付けられた。


「ちっとキツいが、多少は踏ん張りを減らせる。悪いが、慣れてくれ」


 ぬいぐるみのだみ声が、低い。僕を気遣っているのだ。


「わか」

「クロ! 狙い通りか?」


 しかし返事は、次の問いかけで遮られた。

 そうだった。今の時点では、僕は。


「やれる限り! 敵中央部!」

「モニター、起動しまス!」


 フェロンさんがキカイを起こす。

 ウチュウを舞台にした戦が、僕の視界いっぱいに広がった。

 様々な光線が、みな一様にこの船を狙っている。それだけしか、分からない。


「同士討ちが怖くねえのか」


 ヴァルマさんが唸る。

 なるほど。僕が殴られる時はともかく、ウチュウだと。

 囲んで光線を撃っても、避けられたら仲間に当たる可能性がある。


「突破困難。旗艦拿捕、具申」


 ガシャさんの声。状況は良くない。

 僕でも分かってしまった。

 全ては把握できないけど、学ぶしかない。


「リラ、旗艦を予想しな」


 ぬいぐるみが問う。気が付けば、皆の言葉が短い。

 戦闘が速いから、言葉を減らしているのだろうか。

 確かに、はたから見ていても目まぐるしい。


「あちら。カモフラージュ。しかし速いです」


 僕の見た限り、「敵」というのは大小様々な宇宙船で構成されていて。

 リラさんが指差したのは、この船から見て最奥に位置する小船。

 確かに、動きが早いように見える。


「覚えたか」


 ぬいぐるみが、肯定した。


「鍛えられました」

「クロ、高速機動の余力は?」


 負けじと言い返すリラさんに満足したのか、ヴァルマさんは矛先を変える。


「まだイケまさ」


 こうして会話中の今でも、戦闘は続いていて。

 機動の度に僕は振り回されて。吐き気をこらえて。

 でも拘束物のおかげで、一線は越えずに済んでいた。


「拿捕は厳しいが」


 画面を見るぬいぐるみ。この状況を切り抜ける策が、あるのだろうか。


「クロ!」

「あいさあ!」

「想定旗艦、近付け!」

「よおそろ!」


 指示を受けて、更に機動は激しくなる。

 急回転。急上昇。急降下。

 縦、横、斜めと。激しく揺さぶられ、僕は顔を青くしてしまう。


「ユニィ! 踏ん張れ!」


 ぬいぐるみからだみ声が飛ぶ。その度に僕は、歯を食いしばる。

 そうこうしている内に。


「推定旗艦まで距離二十!」


 ガシャさんの声。ぬいぐるみの目が、光って見えた。光の具合だろうけど。


「クロ。五まで近づけ」

「ヨウソロ」


 努めて絞った両者の声が、今からやろうとしていることの重みを感じさせる。

 だけど、クローネさんは。


「星のォ、合間にィ、命の華がァ」


 楽しげに、僕にはよく分からない詩を、口ずさむ。


「一つゥ、誇ってェ、咲いているゥ」


 素早い機動で、どんどん近付いて。

 旗艦と思しき船が、大きく見える。流石に、乗組員は見えないけど。

 敵からの攻撃が、減ってきたようにも感じていた。


「射撃は」

「やらん」


 ガシャさんとのやりとり。次の瞬間。直角以上に、機体が下を向いた。


宇宙そら戦場いくさばは、男の死に場所! 気張れェ!」


 ぬいぐるみが、僕の腕の中で声を張り上げる。

 いつもこうして、励ましてきたのだろう。

 クルーの皆も、それぞれの役割を担っている。


「ブースト掛けまさ!」


 クローネさんが、声を張る。


「ブッちぎれ!」


 キャプテン・ヴァルマが声を返す。

 再び唸る、お腹への一撃。

 それをもって、機体は一気に戦線から離脱した。


 ~~~~~


「敵編隊、距離五千」


 ガシャさんの短い声を合図に、ようやく船内の空気が緩んだ。


「……ぷはっ! やってやったぜぇ」

「合格ね」

「うっせえ!」


 大きく息を吐くクローネさんに、リラさんがねぎらいの言葉をかけ。


「『海賊ギルド』、相変わらず下っ端に容赦ねえな」


 ヴァルマさんがため息をつく。


「キャプテン。ミコモタ・ジーモデ、よろしいですカ?」


 変わらない調子のフェロンさんが、キャプテンに問う。


「……ああ。ルートを少し、大回りに設定しろ。最短距離は、嫌な予感がする」

「ヨウソロ」


 フェロンさんが、キカイを操作し始めた。

 到着までどれくらい、かかるのだろうか。

 ガシャさんは淡々と、武装や燃料の確認に徹している。


 リラさんが地図……いや、ウチュウ図だろうか。とにかく図面を開いて。

 覗き込んだクローネさんが引っ叩かれている。

 ただ、聞こえてくる言葉は。「休んでなさい」という忠告だった。


 さっきの戦闘。僕はなにもしていなかった。

 ただただ振り回されていた。

 思う。僕はこの船にいて、役に立つのだろうか。


「見ていろ。学べ」


 だみ声が、僕を叩いた。


「俺は多くを語れねえ。苦手だって言ったろ?」


 うなずく。それで、簡単に言おうとしていて。


「……ま、なんだ。今はそれが。お前の役目だ」


 ぬいぐるみの声色が、少しだけ優しくなった。

 キャプテン・ヴァルマは、なにを思うのだろうか。


「ミコモタ・ジーモ。そこに着いたら、作戦会議だ」


 しかし声色は、すぐに戻る。次に告げられたのは、キャプテンとしての言葉。

 そこに優しさはなく、確固たる決意が伴っている。


「だから、ついでに。三つ目も打ち明けてやる」


 ぬいぐるみの目は、ひたすらにウチュウを捉えていた。

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