第4話 総員、発射に備え!

「よお、ゼニャンダのオッサン。アンタなら、俺の仕込みは分かると思ってたぜ」


 青みがかって映る厳つい顔へ。ぬいぐるみは威風堂々と言い放った。

 しかしゼニャンダとか言う人は、鼻を鳴らして言い返す。


「うるせえ。俺がよその銀河へ出張ってる最中、勝手にくたばりやがって」

「なるほど。道理で駆け付けなかった訳か。流石はスルギオカ一の、腕利き刑事デカだ」

「本当のことを言うんじゃねえ。ぬいぐるみのくせに、一丁前じゃねえか」


 騒がしく罵倒文句を並べる二人。

 僕にはよく分からないけど。二人の間にはなにか、絆めいたものが感じられた。


「旦那とオッサンはな、腐れ縁だ」


 いつの間にか近寄っていたクローネさんが、僕に小声で解説してくれた。


「旦那は『冒険家』なのに、海賊呼ばわりで追いかけて来る。オマケにしつこい」


 呆れた調子で言うクローネさん。しかし先方に聞こえていたらしく。


「そこの若造。クロッカス、だったか?」

「クローネだ! 人の名前ぐらい覚えろ!」

「一目置いたら、覚えてやるよ。それよりヴァルマよ。そのガキが」

「おう、俺の種だ」


 大きな、強い眼力を持った目が。僕を見た。

 ぎょろり。そんな擬音が、僕の中で浮かんだ。

 しかし即座に、目は外されて。


「ははぁん。あの闇医者か。アレなら、このぐらいはやってのけるな」

「だろう? まあなんだ、もうすぐそっちに着いちまう。本題をやろうじゃねえか」


 ぬいぐるみの発言に、刑事はポンと手を打って。


「おお、そうだった。なあ、ヴァルマ。『裏切り者は、居たのか?』」


 大きな顔を、一段と突き出して、ゼニャンダさんはぬいぐるみを見ている。

 しかしぬいぐるみも、負けていない。以前なら、悪い顔でもしていそうだ。


「居たさ。でっけえのがな。スルギオカ銀河警察、吹っ飛ぶんじゃねえのか?」

「人の職場を簡単に吹っ飛ばすんじゃねえ。内々で済ませる。取引だ」


 ゼニャンダさんは、いつの間にか真顔になっている。つまり、真剣なやりとりだ。


「分かってんじゃねえか。ただし俺ァ、アイツ等はとっちめるぜ」

「構わん。そっちよりは内情の方が問題だ。要求を聞こうか」


 ぬいぐるみと厳つい顔の、真剣な視線が交わる。

 絵面は吹き出しそうだけど、誰も吹き出さない。

 皆真剣な目で、交渉に注目していた。


「とりあえず。俺は死んだからその内死ぬが、二年ほどは手を出さんでくれないか」

「一年はそれどころじゃなくなる。分かって言ってるな、貴様」

「ご明察。俺の指摘が、合っていたらそうなる」


 二人の会話が始まる。クローネさんですら黙り込むほどの重さ。

 しかし事件は起きる。


「とり……えず……を」

「オイ、オッサン。通信が」

「くっ……とり……はま……る……」


 ブツッ。


 映像が途切れる。クルーの四人が、僕達を見る。

 当然、僕には分からない。


「ここを出たら、ミコモタ・ジーモの隠れ星へ向かう」


 ヴァルマさんが、重い声を発した。苦い決断のように、僕は感じた。

 しかし、転じて明るい声に変わり。


「なぁに、オッサンなら上手くやるさ。俺は、俺のやりたいことをやる」


 皆を励ますように、軽く言葉を吐いた。


「そ、そりゃ。オッサンなら大丈夫だと思うけどよ」

「ゼニャンダ様を放置するというのは」

「こっちノ、存在ガ。割れてル、かモ」

「万一。空間出口。敵対者」


 だが、クルー達は同意しない。

 口々に危険の可能性を積み立て、キャプテンに意見する。

 僕は、ヴァルマさんを抱き締めた。嫌な予感が、僕を襲っていた。


「黙れやザコどもぉ!」


 激昂。抱き締める程度では、止まる訳がなかった。


「オメェら……。俺が死人だからって、ナメてねえか?」


 ヒトも。ロボも。鎧も。全員が全員、慌てて問いかけを否定した。

 あくまで心配の上なのだ。

 しかし場には危険な沈黙が漂って。


 暫くしてから。ようやくぬいぐるみが、口を開いた。


「俺には分かる。オッサンはこの程度でくたばるタマじゃねえ」


 僕以外の全員が、同意の仕草をした。それだけの付き合いだったのだろう。


「よし。分かってるならいい。だからこそ。俺達は俺た」

「失礼。超長波。敵感、在り」


 しかし演説は打ち切られる。声の主はガシャさんだった。

 ぬいぐるみが、沈黙する。またしても、声を荒げるのでは。

 そんな恐怖が、僕を襲う。


 しかしぬいぐるみは、意外にも冷静だった。


「……ガシャ。今どの辺だ?」

「出口、残り三百。付近に構え。直後遭遇」

「よし」


 ぬいぐるみが、決断した。クルーに向けて、命を放つ。


「一旦停船し、船首光線砲を出口へ向けてブッ放す。準備、始め!」

「旦那!?」

「うるせぇ。やることは一つだ。ヒットアンドアウェイ撃って即逃げる!」

「ヨーソロー!」


 にわかに船内が活気付いた。キカイが激しく消えたり点いたりを繰り返す。

 もう船は、止まったのだろうか。

 僕にはついて行けないけど、ただ座っているのも、もどかしかった。


「リラ、最大出力の準備」

「ヨーソロ!」


「クロ、どこまで溜まった」

「四十でさぁ」


 矢継ぎ早に指示と復唱を求めるキャプテン。どうしてもそわそわしてしまう僕。

 触られる感触とかがあるのか、わからないけど。

 それでもキャプテンは僕にも声をかけてきた。


「ユニ、もどかしいか」

「はい……」


 素直に答えてしまう僕。

 もう少し隠せればいいのにと、思ってしまう。

 だけどぬいぐるみは。


「慣れろ」


 たった一言で、僕の不安を蹴り上げる。


「キャプテンってのはな。クルーから状況を受け取って、決断するのが役目だ」


 さっきまでの感情の揺れ幅が、演技だったとすら思えるほどに。

 キャプテン・ヴァルマの声は冷静だった。


「決断の時には、動揺しちゃあならねえ。ザコはそれだけで不安になる」


 淡々と、ヴァルマさんは語る。

 僕にもその態度を取れと、伝えたいようだった。


「旦那ァ、残り二十で満タンでさ!」

「エンジン、最大出力の準備完了」

「全部位、正常。最大出力対応、可能でス」

「敵感知、継続。逆探知、無し」

「よし」


 ヴァルマさんが、膝の上で重いだみ声を発した。


「一分だ。一分待って、砲撃しろ」

「ヘイ」

「その後一分待って、最大出力」

「はい」

「ちーっと危険だが……。こうでもしねえとな」


 バクチだ。僕は直感した。今いる空間。

 出口付近にいるという、謎めいた敵。

 この場で砲撃したり、出力を上げたりすることの意味。


 僕はぬいぐるみを、ティギーを。強く抱き締めた。

 だけど。


「なあに、俺のバクチはな。当たるんだ。運の無駄遣いだけは、やってねえから」


 僕の思いを読み取ったのか、だみ声は明るい調子で。

 しかしブリッジは赤く光り。


「総員、発射に備え!」

「ヨウソロー!」


 キャプテン・ヴァルマの咆哮が、船内に響き渡った。

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