第3話 キャプテンはもう、死んでいる

 色付いた虹色は、やがて輝き始める。

 だんだん強くなってきて、目が痛くなりそうだった。

 目を伏せて、光をかわそうとする。


「やべ。フェロン、映像を消せ」

「はイ」


 指示と操作一つで、あっという間にウチュウが消えて。

 そこには真っ黒な板が現れる。これも、キカイだろうか?


「チッ、うっかりしちまった」


 ぬいぐるみが、舌打ちをする。いや、動けないけど。

 ともかく、光が消えると僕も落ち着いて。

 リラさんからは、報告の声。


「船体、安定しました。しばらくすれば、スルギオカ銀河に到着します」


 その声を聞いて、ぬいぐるみ……もとい、ヴァルマさんが口を開く。


「ザコども、俺無しでよくやった」


 たちまちブリッジに、ホッとした空気が流れる。

 表情は分からないけど、僕でも安心できる空気だった。


「とはいえ、やることはまだある。今の内に休んどけ」


 しかしこのぬいぐるみには、まだやりたいことがあるらしく。


「大将。如何する」


 そこを敏感に感じ取ったのか、ガシャさんが口を開いた。

 短いけど、なんとなく意味は分かる。


「俺か? 俺はな、ちょっとユニと話をしてくる。ユニ、案内するから運べ」

「は、はい」


 四人の視線に見送られながら、僕はブリッジを出て。

 ぬいぐるみの案内通りに移動して。

 リラさんに引きずり込まれた部屋よりも遠くにある、広い部屋に入った。


「一応、これが俺の私室だった。今は片付いてるけどな」


 その部屋は、僕が今までに見たどの部屋よりも。整っていて、豪華だった。

 机とか椅子とか鏡とか。見たことも使ったこともあるけれど。

 全てが見たことのない質のものだと。無知な人間の目ですら、わかってしまう。


「まあ座れや。俺の部屋でもなくなるけどな」


 ヴァルマさんが、僕に呼びかける。

 手触りの時点で、ふかふかの椅子。座ったら、戻れるか不安だけど。

 ともかく、座らないと始まらない。怒られたくない。


「さて……。お前には俺の現状とか目的とかを伝えておきてーんだが……」


 ぬいぐるみは、考えていた。

 僕なんかのために、考えを巡らせていた。

 なぜ。


「あー。面倒くせえ。俺の頭で、モノを上手に伝えられる訳がなかった!」


 しかしわずかの時間で、ぬいぐるみは開き直った。

 動けないのに、この人は感情の幅が凄い。


「いいか、ユニ! 今から三つのことを言う! 聞け!」

「っ、はい!」


 強い言葉。一瞬ビクッとするけど、大丈夫だ。

 この人に、僕をいたぶるつもりはない。今までのやりとりでも、そう感じていた。

 一拍置いた後、ぬいぐるみは声を元の調子に戻して。


「まず一つ。俺はとっくに死んでいる」

「えっ」


 予想外の言葉で、僕を殴った。

 いたぶるつもりはないんだろうけど、唐突過ぎて飲み込めない。


「ユニには難しいだろうから、ざっくりとだけ言う。魂だ」

「はあ」


 ついていけない。

 いや、孤児院でそういう話は聞いたことがある。だけど。


「俺の魂が、このぬいぐるみに入っている。そう思えばいい」

「……」


 僕は黙らざるを得なかった。意味が飲み込めないのだ。

 考え込んでしまう。なぜこのぬいぐるみは、僕の前に――。


「難しいことは考えるな」


 僕の思考を読んだのだろうか。

 ヴァルマさんの喝が入り、僕は身体をすくめてしまう。


「聞き流せばいい。目の前のことだけを信じろ」


 だけど次には、真剣な言葉。

 僕も、顔だけは上げる。しゃべるぬいぐるみを、まっすぐに見る。

 このぬいぐるみは。実際にしゃべった。だから、事実だ。


「二つ。俺は俺の仇を探している。目星は付いてるけどな」

「はぁ」


 飲み込めないなりに、受け止める。


「俺は処刑された。頭をズドンされて、それで終わりだ」


 あくまで軽く、ぬいぐるみは言う。自分の命でさえ、なんでもないように。

 だから次の言葉は、今まで以上に重みがあった。


「だけどな。撃たれて終わりで、済ませる度量はねえのさ」


 今までより、更に低い声。そうか。この人は。


「殺されたって、ただでは済まさん。その根性がなけりゃあ、宇宙ではナメられる。だから仕込んだ。二代目が見つかるように。俺が死んでも、俺が残るように」


 喉が鳴る。僕もそんな世界に、巻き込まれてしまったのだ。

 ようやく理解した。させられてしまった。


「だから仇は、とっちめる。そして三つ目……」

「旦那ァ! マズいことになった!」


 僕の無言を確認したぬいぐるみが、最後の伝言を言おうとした。その時だった。

 伝わってくるのは、クローネさんの声。


「ザコぉ! 俺無しでどうにかしろ!」

「いや、こりゃあマズいって! ゼニャンダのオッサンから、極秘回線だ!」

「あぁ!? 超銀河ホール内に通信を? ……あのオッサン、流石だな」


 チッ。舌を打っていない舌打ちの音。

 ヴァルマさんの言う『死ぬ前』からの癖だろうか。


「しゃーねえ。戻るぞ。戻ってオッサンに会う」


 やれやれ、という言葉でも出そうな空気で、ヴァルマさんは言葉を吐いて。

 次に。


「ユニ」

「あ、はい」


 僕への呼びかけ。ワンテンポ、返事が遅れるけど。


「身だしなみを整えておけ」

「はい」


 言われるままに、服を正す。

 リラさんに塗ってもらったよく分からない塗り物。

 今でも効いているのだろう。身体の傷は、自分で見ても分からなかった。


「運べ」


 その一声で、僕は動く。死んでいようが、生きていようが。関係ない。

 僕は、このぬいぐるみに救われた。ぬいぐるみを信じて、今がある。

 その事実を、信じるのだ。


「ユニくん。早く」


 入口でリラさんが待っていた。僕の足が、小走りになる。

 ぬいぐるみがなにか喋っている気がしたが、今は関係なかった。


 僕達が駆け寄り、リラさんが入口横のキカイを操作する。

 すると入口の扉が軽い音を立てて開き、僕達は文字通りに転がり込んだ。


「早ク。クロでハ、限界が近イ」

「うるせえ!」


 フェロンさんが僕を、さっきの小高い席へ誘導する。

 言われるままに、ヴァルマさんを抱えて座り込む。


「旦那、開くぜ」


 クローネさんが、キカイの仕掛けを動かす。

 すると、さっきはウチュウが出ていた場所に。髭面の厳つい人が現れた。


「うわ……っ!?」

「黙ってな。俺の領分だ。お前は堂々と、俺を抱えてろ」


 叫びかけた僕を制するぬいぐるみ。厳つい人に向けて、口を開いた。


「よお、ゼニャンダのオッサン。アンタなら、俺の仕込みは分かると思ってたぜ」

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