第2話 未知(クルー)との遭遇

「はい。きれいになった」


 しばらくして。僕は正直戸惑っていた。


 リラさんに空き部屋に連れ込まれて、風呂に入れられ。

 体中の傷跡に、なんかよくわからないものを塗り込まれ。

 綺麗な服まで着せられて。


 その結果鏡には、見違える姿の自分が映っていた。

 肌の傷も、綺麗に隠されている。塗られたものの、効果だろうか。

 正直見慣れてなくて、気恥ずかしいけど。


「キャプテンは頓着がない人だけど、あんな姿じゃ可愛そうだからね」


 確かに、と。僕は思った。

 ボサボサの髪は、櫛でとかされて後ろで縛ってるし。

 服の良し悪しなんて分からないけど、少なくとも人に会える姿になっていた。


「うるせえ。後、いつまで待たせんだ。クロがしびれを切らすぞ」

「……すみません。少し熱くなりました」


 と、ぬいぐるみさんが相当待ちかねていたらしい。

 イライラした感じのだみ声が響いて、僕はビクッとしてしまうけど。


「あー。種には怒っとらん。……そういや」


 即座に訂正が入った後、ぬいぐるみは、おずおずと切り出した。


「俺の種。お前、名前は?」

「ユニ、です」


 今更聞くのか、と言われると思っていたのだろう。

 だけど僕は、別のことを気にしていた。


 孤児院に置いてかれた時、名前も一緒に添えてあったらしいけど。

 女みたいだとからかわれ、泣けば更に言われ続けた。

 だから僕は、自分の名前が嫌いだった。


ユニバース宇宙のユニ、か。気に入った」


 だけど、このぬいぐるみは気に入ったと言い。

 リラさんも、なにも言わなかった。


「行きましょう」


 リラさんの一声で、僕たちは改めて動いた。


 ~~~~~


 しばらくするとかなり広い場所に出た。

 動かしたら危ない感じのキカイが、いくつもあった。

 人影が三つ、思い思いの動作をしている。


「ここがブリッジだ。オイ、ザコども!」


 ぬいぐるみの一声で、三つの人影が近付いて来た。

 ただしその内二つは、僕が知る『ヒト』には見えなかった。


「遅えぞ、リラ」

「クロ、うるさい。キャプテンの前よ」


 僕達が現れて、早速口火を切った人がいた。

 三人の中で、唯一『ヒト』に見える人物だ。

 若い男性。リラさんと、同じぐらいの年だろうか。


「クローネ、口が悪イ」

「不変。善き哉」


 で、今度は人か怪しい二人組。

 片方はキカイとやら、で出来上がっているみたいで。

 片方は鎧に全身覆われていて、声も籠もっていた。


「我ながら、良くも集めたと思うぜ……。全員、相応に得意分野はあるけどよ」


 僕の脇の下で、キャプテン――ぬいぐるみがこぼした。

 確かに、見た目のインパクトがすごいメンバー構成だ。

 もしも動けていたら。困った顔でもして、頭をかいているのだろうか。


「ま、愚痴を言ってても仕方がねえ。そろそろこの辺ともおさらばだしな」


 ぬいぐるみは言葉を続けた。


「ユニ、取り敢えず見てくれ。フェロン、外の映像」

「承知、しましタ」


 キカイでできている方が声を上げる。ややたどたどしいのは、キカイだからか。

 とか考えていたけど。次の瞬間で吹っ飛ばされた。


 一面の暗い青に、大小様々な金色。僕が夜に、見上げた景色が。

 今、眼前に広がっている。


「これが、今、俺たちの居るところ。宇宙、という」

「うちゅう」


 僕は繰り返す。ぬいぐるみの次の言葉が、気になった。


「お前のいた場所にも、空があったろう。その向こうが、これだ」

「はあ」


 生返事をしてしまう。まだ頭が、ついていけてない。

 タイキケン。キカイ。そしてウチュウ。

 僕の知らない言葉が、グルグルしていた。


「旦那。ざっくり行きやしょ、ざっくり。分からんことは、ゆくゆくで」


 そんな僕を案じてか、割り込む声が一つ。

 銀髪を後ろに撫で付けた男。

 目や鼻、口が。一つ一つ妙に大きかった。


「クロ、アンタね」

「リラ、構わん。クローネは間違っていない」


 リラさんが下がる。小さく舌打ちが聞こえた。

 クロ……ーネと呼ばれた男は、手をグッと握っていた。

 なるほど。


「手短に自己紹介。難しい話は後。俺はヴァルマ。この船のキャプテン『だった』」


 ぬいぐるみの軌道修正は早い。早速手短に自己紹介をしてしまう。


「宇宙バカでワガママで傲慢だけどな。いつかぶっ飛ば……っだぁ!?」


 クローネさんが口を挟んで、リラさんが足を踏みつける。


「余計な口を挟まない。私はリラ。改めてよろしくね」


 リラさんが僕へと近付いて、右手を差し出す。受け取って良いのか、悩むけど。


「大丈夫だ。しっかり握ってやれ」


 ぬいぐるみのアドバイスで、僕はその手を両手で握って。

 リラさんは頬を赤くしながら、元の位置に戻った。

 すると今度は、クローネさんがぶっきらぼうに。


「クローネ、だ。クロとも呼ばれるが、気にすんな」


 一歩前に出ただけと思ったら、こっちに近付いて来て。

 僕の顔を、にらみつける。


「ひっ……」


 思わず声が出て、顔が引いてしまう。

 その姿は、クローネさんには不満だったようで。


「ぶっ飛ばし甲斐もねえ。旦那ァ。これ、ホントに旦那の種?」

「うるせえ。医者とフェロンの仕掛けだ。俺は信じるぞ」


 ぬいぐるみ……いや、ヴァルマさんと呼んだ方が良いのだろうか。

 とにかく、その一声で。クローネさんはぶつくさと下がって。

 そのまま操縦席に座り込んでしまった。


「ほっとけ。あのザコはへそを曲げると暫くは直らん」


 目線がそっちへ行ってしまった僕を、ヴァルマさんがたしなめる。

 そうか。この船は孤児院じゃない。

 人の機嫌に、振り回される必要はない。


「フェロンでス。よろしク」

我車ガシャ。戦場、重宝す。頼む」


 心を新たにした僕に向けて。残りの二人が自己紹介を済ませる。

 特に鎧の人は正直怖いし、声も野太い。だけど不思議と、頼れそうな気がした。


「二人共、口数は少ないが仕事は果たすザコだ」


 ヴァルマさんからのフォローが入る。なるほど。信頼は得られているらしい。

 二人は、いつの間にやら持ち場に戻っていた。


「そこの小高い席に座れ」


 ヴァルマさんが、僕を促す。

 少しためらったが、僕は応えた。

 他の人達よりもいい感じの椅子に座ると、お尻が沈んだ。


「ハハハ。まあ俺用の椅子だったからな。仕方ねえ」


 僕の膝に乗せていたぬいぐるみが、カラカラと笑う。

 導かれる形で、そういえばと。思い出す。


「そういえば……。ヴァルマさん、この船のキャプテン『だった』って」

「んー。そいつは後だ。細けえ話の前に、やることがある」


 ぬいぐるみを見つめる僕。

 その目の色が、変わった気がした。


「クローネ。そこに座ってるなら、今から俺の言う座標を入力しろ」

「ア、アイサー!」


 ふてくされていたクローネさんが、たちまち姿勢を正した。


「リラ、船体チェック」

「異常なし。いつでも、どこにでも行けます」


 リラさんの返事は早い。凄い人だ。


「フェロン! 船内コンピューターは?」

「接続、全ておわリ。号令、待ちまス」


 また分からない単語。

 でも、キカイのフェロンさんが分かるってことは。

 きっと大丈夫なんだろう。


「ガシャ!」

「武具、兵装。整備良好。待機」


 ガシャさんは動じない。揺るぎなく、応える。

 見た目も含めて、どこか重みのある人だと思った。


「旦那ァ! 座標入力完了!」

「よし! 超銀河航法開始! スルギオガ銀河へ舞い戻る!」

「ヨーソロー!」


 クルーの人達、全員の声が揃う。

 次の瞬間、目の前のウチュウが、虹のように色付いた。

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