Chapter 8 『悠々たる雑談』

 Fiction Holder

 有名な喫茶店のテナントが九鳴館校内で開店したのは、始業式から七日後のことだった。八紘やひろ七尋ななひろは、寮に戻る前に、ふとその店舗の前で立ち止まった。

 軒先のベンチに、見覚えるのある同級生がいたのだ。


「よ。誰かと待ち合わせなのか」

「・・・・・・ああ、顔は覚えてるんだが、名前なんだっけ?」

「八紘七尋。同学年で、ついでに振り分けられたクラスも同じだ。それで?」

「それで、とは?」

「待ち合わせか。もしかして恋人とか」


 八紘は彼の座っているベンチの隣を指す。彼が飲んでいるのカップとは別に、もうひとつ紙製のカップが置かれていた。紙袋に入れてないところを見るに、ここで渡すつもりらしい。


「まだそういう関係じゃない」

「つまりいずれは?」

「暇だからって他人を冷やかすのは良い趣味じゃない」


 苦笑する彼はベンチに置いたカップを手にもった。

 どうやら暇潰しに付き合ってくれるらしい。八紘は遠慮なく座る。


「いやなに、ふと立ち寄って見たくて。この曰く付きの店に」

「曰く?」

「実はさ、この店、始業式の翌日に開店予定だったんだよ。だけどオープンの翌朝来てみれば、テーブルはぶち壊されて珈琲が散乱していた。まるで難航したマフィアの交渉現場みたいだったってさ」


「・・・・・・それは、ひどく性格の悪い奴がいたもんだ。恐ろしい」

 言葉とは裏腹に、彼は暢気にずずずと珈琲を啜る。

「それモカ・ブレンドか?」

「最近ハマってる。それにしても凄いな。匂いだけで豆の違いが分かるのか?」


「莫迦莫迦、そうじゃない。この店はモカ・ブレンドが美味いって評判なんだよ。・・・・・・さっき、変な事件があったっていったろ? そのとき、店が仕入れたイエメン産じゃなく、エチオピア産の豆が持ち込まれていたらしい。使われたドリッパーには、その二つがブレンドされていたらしくて、それをオープンスタッフのバリスタが試しに淹れていたところ、バリうまだったらしくてさ。飲んだ人はあまりの美味さに噴き出すほどで!」


「ふーん。面白い話しを聞いたな」

「何言ってんだよ。このレベル、天乃鳥船では大したこともない。ここ一週間で色々聞いたぜ。夜な夜な徘徊する囚人の行列とか、街路樹が巨大な獣に囓られたような歯形がついていたり、昨晩の悪夢に出てきた生物が正夢のように女子寮の裏道を歩いていたり、急に百メートル先の景色がみえる幻視現象とか

 そうだ! 最近では九鳴館校内に棺桶を引き摺るメイドが現れるらしいんだけどよ、そのメイド、首から『わたしは主人を裏切りました』って札を下げてるって話しだ。多分、その棺桶に入っているのは、そのメイドが殺した主人の屍体って話しだ・・・・・・って聞いてる?」

 

 気がのって色々と話していたら、隣にいた彼はうずくまって、肩をふるわせていた。

「どうした。体調が悪いのか」

「すまん。ちょっと珈琲を吹き出しそうになった」


「お前ッ、疑ってんのか!」

「まさか。この島じゃ何が起きても不思議じゃない。そうだろう?」


 彼はひとしきり笑う。

 信じてない訳じゃなさそうだが、期待していた反応とは違う。一端の情報通を自負している八紘にとっては、あまり面白くない反応だ。ならばここで取って置きのカードを切り、その平然とした顔に驚きを与えてやりたくなった。


「じゃあさ、検体の話知ってるか?」

「検体?」

「あれだよ。始業式の翌日、島の南西沖に浮上した、異常検体のことだよ! お前だって真夜中にデバイスの特別警報サイレンで叩き起こされただろう!」


「ああ、アレのことか」

 彼は印象の薄いクラスメートを思い出したかのように相槌を打つ。

 どうやら彼はボンヤリとした性格らしい。天乃鳥船という異能者が切磋琢磨する世界で、彼のような昼行灯がどれだけやっていけるか心配である。


 ここは飛びっきりのニュースで目を覚まさせる必要があるらしい。

 八紘はぐっと顔をよせると、目を押っ広げていう。


「実はあれ、聖骸器官らしいぜ」

「へえ」



「・・・・・・・・・・・・は? それだけ?」


「わお?」

「驚き方の問題じゃねえよッ! 聖骸器官だぞ、聖骸器官ッ。あの神の権能を内包した虚亡の遺骸のことだぞ。分かってんのかよ」


「まあ、ある程度」

「本当かよ。・・・・・・でさ。おそらくセントラルタワーで研究されていた聖骸器官にイレギュラーが起きて、地下から流出、海水にのって沖に出たってのが定説だ。推測するに、天乃鳥船が所持していたのは『左足』じゃねえか、って言われてる」

「右腕だぞ」

「は?」

「あ、いや、ルームメイトに『右腕』って聞いたからさ」


「ふうん。まあいいや。問題はここからなんだよ、あの異常検体、他の統括管理学園機構が到着する前に消滅しただろう?」

「自己消滅を起こしたって、島内ニュースで言ってたな」


「実はな。あれ、正体不明の男学生と桜色の髪をした少女がやったって話しだ。ドローンで撮影してた奴がいたらしい。映像は不鮮明だから容姿は分からないらしいんだけどよ、マジならヤバくないか。もしも異常検体が聖骸器官なら、そいつらは暴走した聖骸器官を破壊したってことになる。それこそ虚構Fictionみたいな話しだ」

「現実は小説より奇なりだ」


「まさに、だ。噂によれば、そいつは世界に点在する聖骸器官を破壊して回る気だとか」

「できると思うか?」


 失笑しようとした矢先、彼はぽつりという。


「出来るって?」

「各地に点在する聖骸器官、その悉くを破壊することが」

「まさか! 出来る訳ねえだろ。そもそも、そんな途方もない野望自体が虚構Fictionだ。神の奇跡を再現する世界の至宝を破壊して回るなんて狂気の沙汰じゃねえか」


「狂気の沙汰って点では同意だな」

 彼は苦笑しながら、再びモカ・ブレンドを飲み出した。どうやら引き際らしい。八紘は「それじゃ」といって腰を上げた時、目の前に立っている少女をみて目を丸くした。


「・・・・・・うそだろ。桜色の髪の少女だ! おい、みろ。さっき話し──」



「待ったか? チグサよ」


「はへ?」

 八紘は見開いた両眼を、今し方、桜髪の少女に呼ばれたクラスメイトをむける。


「気にするな。存外、面白い話しを聞いてたところだ」

「ほう。気になるな」

「あっ、それとクロエの木札、そろそろ外させろよ。変な誤解されてる」

「本人が頑なに取らぬのだ。許したというのにこれだけは刃向かう。ま、そこも可愛いがな」

 

 彼女はこくりと珈琲を一口飲むと、華やぐような笑顔をむける。

 彼──嘉吉千種も和やかな表情のまま、こちらに振り向く。


「じゃあ八紘、また寮で」


「ちょ、一寸待って嘉吉。お前、いったい何者なんだよ」

 嘉吉は思案げに顎を掻いた。

 そしてふと妙案が思いついたらしく意地悪く微笑んで言った。



途方もない野望を抱く者Fiction Holder



                         ───了

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Fiction Holder 織部泰助 @oribe-taisuke

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