第5話 死刑囚は推理する

 警察、頑張ってるじゃないの。思い付くだけの仮説を挙げたって感じだ。

 これだけやってくれていたら、他にあり得る方法は限られてくる。その意味では楽だ。事実、一つの仮説がすでに組み立てられつつあった。

 あとは吐血に関する詳細がほしい。ページを繰っていくと、短いながらも「吐血の謎」と銘打たれた項目があった。

 毒αでは吐血しないこと、教祖は吐血するような病を患ってはいなかったこと、口の中や喉、食道、内臓等を調べても吐くほどの大量出血の痕跡がないことが記されている。と同時に、吐血の血は間違いなく教祖の物との鑑定が出ていた。

 なるほど。私はまた少し考え、追加調査の希望を書き出してみた。


・儀式を写した写真や動画があれば見たい

・普段の教祖の写真も見たい

・上記二つが叶わぬ場合は、信者達に聞くこと。「儀式直前の教祖はいつにも増して口数が少なくはなかったか?」「儀式の時の教祖の顔立ちに、普段と違う印象を受けなかったか?」


 この点について、私の想像した通りなら、次の段階に進む。


・強い即効性の毒αが聖水に混入していたのなら、死亡までが長すぎる。犯行後に犯人が混入したと見るのが妥当。水道水も塩見が無事であることから無毒。

 口にした水がいずれも無毒であるなら、教祖は芝居をしていたに違いない。

 何のために? 単なる悪戯であるはずがない。

 教祖は毒からの復活蘇生という“奇跡”を演出する計画を立てていたのではないか。

 何によって復活する予定だったのか。聖水で苦しみ出し、水道水で復活するのでは本末転倒。聖水のありがたみが消し飛ぶ。

 死の直前、教祖が水以外に口にした物はなかったか。

 ある。吐血した血だ。

 実際には吐血ではなく、小さな袋に入れた状態で元から口に含んでいたと推測する。

 毒を飲まされた教祖は自らの手首を噛み切り、自分の血を飲むことで解毒、蘇る――と、このような筋書きだったのではないか。

 この計画には協力者がおり、その人物が計画を逆用し教祖殺害を謀ったのではないか。袋はソーセージ用の皮でも何でもいい。可食素材で作る。中に詰める血は教祖自身が抜き取った物を使うが、犯人はそこへ毒αも入れた。苦しむ演技の最中、教祖は袋を噛み切って口の中に血をためる。袋だけ嚥下しようとするが、血も多少飲むだろう。演技の最終段階に入る前に毒が効き、あっという間に絶命。犯人は教祖へ駆け寄り、口の中に袋が残っていないかを確認。もし残っていれば、蘇生を試みるふりをして指を突っ込み、袋を回収する。吐血に毒が混じっていても問題ない。

 では犯人は誰か。教祖が口に血の袋を隠していたのを、口移しの行為に出た塩見は気付くはず。実際には何ら証言していない塩見が計画協力者かつ殺害犯である可能性が高い。


 ――これが外れていたらどうするかな。ま、時間は一ヶ月あるのだから、じっくりと再考するとしよう。


             *           *


 再捜査に当たった班のある警察署から、塩見稔亜を起訴に持ち込んだとの知らせを受け、所長は部屋で一人、安堵の苦笑を浮かべた。

(まずは第一関門突破か。よかった。この調子で解き続けてくれよ、9999番)


 終

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死刑囚は驚かない 小石原淳 @koIshiara-Jun

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