第4話 死刑囚は精読する
「……期間にすればほぼ同じか。よろしい。会議に掛けて近い線を出すと約束しよう。その代わりに、おまえには早速一つ、挑んでもらうとしようじゃないか」
「交換条件としては随分きつい。今日はいつものパズルを解いて義務は果たした。明日からに願いましょう」
「くっ。ならばこういう譲歩はどうかね。明日からひと月、つまり三十日間の期限で事件の捜査に当たるのと、今日からひと月プラス一日の期限で捜査に当たるのとでは、どちらが得だ?」
「……答えるまでもないと思いますが、後者。考えられる時間が増えるので」
「では決まりだな? 捜査資料を持って来させる。解けるものなら解いてみよ」
こちらの返事を待たずに、ぎっ、と音を立ててきびすを返し、すたすたと歩き去る所長。この話をまとめるのに汲々としていたように見受けられた。恐らく、お偉いさんからの命令があったのではないかな。迷宮入りの難題をふっかけて追い込み、「毒に関する情報を提供するから見逃してくれ」と私が泣きついてくるのを期待している、そう推察できた。
ファイルを開いて事件の概要を読み、まず抱いた印象は、私におあつらえ向きの殺人だなということ。つまりは、毒殺事件だった。
ある新興宗教団体のセレモニーで、教祖の
死刑囚に見せるのは支障があると考えられたのか、容疑者や被害者の顔写真は一切ない。そこまではいいとして、現場写真すら一枚も添付されていない。嫌がらせじゃないのか。
現場となったのは教団所有のビル内にある地下フロアの道場で、一月七日、年頭恒例の清めの儀式が進められる最中だった。儀式のクライマックスはご託宣。教祖が聖水を口に含んで一度別の容器に吐き戻し、その色の変化で吉凶を占う。占いの結果に沿って清めの印を結んだ後、教祖が残りの聖水を飲み干して終わる。
聖水はビル敷地内の井戸から汲んだ水を、教団の
聖水を口にした教祖が一度杯に吐き戻したまでは例年通りだったが、次に壺から直に飲み始めた途端に苦しみ出し、仰向けに倒れた。信者数名が駆け寄り、介抱を試みると水を欲しがった。秋山が道場内にある洗面台の水道から水を紙コップに注ぎ、持って来た。それを受け取った金田が教祖の口にあてがったが、咳き込んでうまく飲み込めない。代わって教祖の“側室”である
「……変だな。毒αは血を吐くような代物じゃない。苦しみのあまり、口腔内を噛んで血が大量に出たのかな?」
少し先まで目を通すも、その辺についての記述は見付からない。仕方がないので続きを先に読む。
毒は聖水からは検出され、紙コップの水道水からは未検出だった。
以上から警察が仮説・検討した毒殺方法は次の通り。
A.聖水に毒が混入していた場合
1.井戸に毒を投じた → 調査の結果その事実はなし
2.壺に小さな穴をあけ毒を入れた → 壺を仔細に調べるも痕跡なし
3.封の紙に小さな穴をあけ毒を入れた → 残っていた同種の紙を用いて実験した結果、封の紙は手製で脆く、小さな傷でも一気に広がる
4.壺の内面に毒が塗布されていた → 毎年、使用前に入念に洗っており、不可能
5.封をした者が封をする寸前に毒を入れた → 教祖自身が封。自殺はあり得ない
B.水道水に毒が混入していた場合(教祖が最初に苦しむのは演技。聖水から検出された毒は騒ぎに乗じて犯人が密かに投じた。紙コップから毒が出なかったのは、同じく犯人がすり替え、かがり火で隠滅)
1.紙コップに毒を塗布
2.紙コップに水を入れ、運んだ秋山が毒を入れた
3.紙コップを受け取った金田が毒を入れた
※B-1~B-3は、水道水を口に含んだ塩見が無事だったこと、残った紙コップと水を調べて毒が検出されなかったことにより否定。
C.水以外の経路で毒混入
1.口移しした塩見がカプセル型の毒を送り込んだ → カプセル毒なら効果が出るのが早すぎる
続く
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