03>母なる兎茸

 (森のなかって湿った匂い。

 いまゆく道は、踏みわけられた

 いつかのだれかの足のあと。)


 (道のはずれから声がする。――)


 そこのかた どこのかたなの

 おつかいかしら

 それとも 旅のとちゅうなの

 こちらよ こちら

 お寄りなさい


 (針の葉っぱの木のむこう。

 頭はうさぎで、体はきのこ。

 見あげるほどの大きさの

 母なる兎茸ル・シァ・パとは彼女のこと。)


 (そのあかい目が優しく光る。――)


 あなたが どこへゆこうとも

 わたくしは きっととめないわ

 けれども それは明るいあいだ

 お日さまが草をわけるうち

 お日さまが道を照らすうちだけ

 ハ・ウラの森は じき暗くなる


 (たしかに聞こえる、

 きょうが遠いところへと沈む音。――)


 さあ あなた

 おはいりなさい

 わたくしの ひろい傘のした

 おやすみなさい

 わたくしの かわいい胞子こどもたちと


 おはなしならば たんとできるし

 おうたなんかも たんとあるのよ

 それは 暗い森をゆくよりも

 道をなくした森をゆくよりも

 ずっと みんなによいことよ


 (そうして彼女は語りだす。

 胞子たちは寄りそって聞く。

 ハ・ウラの森の、約束ごとを。)


 暗くなったら ゆくべき道は

 たちまち苔におおわれて

 だれもが迷うほかにない

 ここにみつく もっともふるい

 もっとも賢い 生きものさえも


 なぜならば

 ハ・ウラの森の 夜のうち

 夜のうちの苔だけは

 かけらも 触れられないものだから


 (胞子たちは だんだんと、

 ちいさなものから うとうとと、

 すこしくずれて寝はじめる。)


 苔は たとえば わかい苔

 かれらは 森の寝息とともに

 夜ごとし変わる 森の皮膚

 やすらかな夢を 乱してはいけない


 苔は たとえば としよりの苔

 かれらは むかし

 ヲンカの王のじゅうたん おとめの寝具

 とても気高い おはなしをもつ

 かれらのかつてを 踏みつけてはいけない


 (母なる兎茸ル・シァ・パは傘をひろげる。

 胞子たちや、お客をなでる

 二本の腕をもたないかわりに。)


 さあ あなたたち

 おやすみなさい

 わたくしの ひろい傘のした

 道がふたたび 目をさますまで


 おはなしならば たんとできるし

 おうたなんかも たんとあるのよ

 ひと晩 からだを いたわるように

 ひと晩 森をいたわることは

 ずっと みんなによいことよ


 さあ おやすみなさい

 あなたたち……


 (やがてだれもが眠くなる。――)

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クォ・トの手記 きし あきら @hypast

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