闇の後に

 陽の光が降り注いで、闇は地上から姿を消す。

 岩岸のおじいちゃんが入れてくれたお茶は、相も変わらず美しい翠色の水色をしていた。

 空になった瓶は95式戦車に座り込む私の隣に置かれている。そっとその瓶を片手でなでながら、私は水の都の川面を見つめる。

 茫漠とした闇の去った川は、朝陽に照らされ竹の姿を映しこんでいた。凪いだ川面の底は見えず、そこに無数の骨があることすらわからない。

「どうだった。目黒とヒマリに会った感想は?」

 私の隣に座る岸部のじいちゃんがそう尋ねてくる。

「二人でいちゃついてばっかりで、私なんて相手にしてくれませんでしたよ」

「そうでもなかったがな」

 そういって岸部のじいちゃんは苦笑した。どうもこの人は、私と祖母たちのやり取りを遠くから眺めていたらしい。少しばかり岸部のおじいちゃんが寂しげなのは気のせいだろうか。

「日本には、戻らないんですか?」

「俺もなぁ、ここで死にたいんだ。ここにいれば、みんなに会える。それが、なによりの励みなんだよ」

「私も、ここにいたい」

「やめときな」

 茶をすすり、じいちゃんは私を見つめてくる。漆黒の優しい眼が細められて、私を映しこんだ。

「亡霊たちに魅入られるにはあんたは若すぎる。日本に帰りなさい。私たちの故郷に。それが、二人の望みだろうよ」

「でも、ここは私のルーツでもありますよ。祖母の生まれ故郷ですから」

「だったらまた会いに来てやればいい。それが、何よりの供養だ」

「供養か……」

 岸部のじいちゃんの言葉に、そっと私は眼を瞑っていた。

 焼けた灰の匂いが鼻腔に蘇る。火葬された祖母の体はボロボロに砕けた真っ白な骨になっていた。その骨を、箸で骨壺に入れるたび、からり、からりと乾いた音がした。

 まるで、祖父がいないことを祖母が嘆いているようだった。

 眼を開ける。

 竹を映す眼前の河に、今二人は眠っている。この水の都の底で、茫漠とした闇が広がるたびに二人は逢瀬を楽しむのだろう。

 たぶんもう、祖母が悲しむことはない。だって、ずっと愛しい人と一緒にいられるのだ。

 これからも二人は、茫漠とした闇の中できらきらと煌めくながら踊るのだろう。

 来年も、私はその場にいて、二人のダンスを見ているのだろうか。

 そっと目を瞑って、私は茫漠とした闇の中の二人に想いを寄せる。きらきらと蛍のように輝いていた祖父と祖母に。

 私もにもいつか、そんな人ができるだろうか。二人の仲の良さには叶わないだろうけれど。

「また、来年も来ます。二人に会いに」

 眼を開けて、岸部のおじいちゃんにそう告げる。おじいちゃんは嬉しそうに皺の寄った顔に笑みを浮かべてくれた。

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茫漠とした闇の中 猫目 青 @namakemono

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