茫漠とした闇の中

 ただあたり一面の漆黒だった。

 茫漠とした闇が、どこまでも続いて、茫漠とした闇が星すらも飲み込んでいた。

 月すらも光ることをやめた新月の夜。その新月の夜に、この水の都は亡霊が現れる。その亡霊に会うために、水の都に人々は集うのだ。

 笊の船に一人乗って、私は真っ暗な川面をじっと見つめていた。暗がりの中で私と同じように笊の船に乗った人々が、ときおり身じろぎするのが気配でわかる。

もうすぐだ。もうすぐおばあちゃんをおじいちゃんに合わせることができる。おばあちゃんの話が確かなら、ここにおじいちゃんは眠っているはずだ。

 不意に、漆黒を映していた川面が蒼い光を放つ。すぅと闇が遠のいて、美しい透明な水が川の底で揺蕩っているのが見えた。

 その川底に眠る。骨、骨、人の骨。

 人体という名の基礎を作る、骨という骨が、蒼い光に照らされて、いや、蒼い光を放って、ぼうぼうと、燃えるように輝いている。

 水の底で、無数に、燃えるように輝いている。

 亡霊が骨に宿るのだとおばあちゃんは言っていた。亡くなった人間はその骨に宿り、遺したものをずっと見守っていく。だから、暗がりで死人の骨は光るのだ。

 これは現地に生える幻覚作用を持った植物の汁を飲むことで引き起こされる、幻覚だという説もある。特殊な微生物が骨を光らせているという説もある。

 でも、私の眼の前で展開される光のイリュージョンはそんなものでは到底説明できない。

 骨から発せられる蒼い光が、燐光となって人の形を描き出す。それが川面から浮かび上がって、ゆらゆらと輪舞を舞うのだ。

 その中に、私は祖父の姿を探す。祖母が見せてくれた遺影の顔を持つ光の亡霊を見つけ出す。

 いた。おじいちゃんがいた。

 たった一人でゆらゆらとゆらめく、男の亡霊。その亡霊に向かって手を振ると、彼はうれしそうに明滅して、私の周囲をくるくると巡った。

 そっと私は、持っていた瓶の蓋を開ける。おばあちゃんの遺骨の粉末が入った瓶はきらきらと蒼い燐光を放っていた。瓶の中の粉が光り輝いているのだ。

 まるで、骨になった彼女が喜んでいるよう。

 私はその粉を空中へと振りまいていた。

 骨の粉は蒼く輝きながら、人の姿をとる。それは、鼻筋の通った、美しい女性の亡霊だった。祖父の亡霊とその女性は、お互いに光の粒子となって、夜の闇を乱舞する。

 茫漠とした闇の中に、死者の光が踊る。茫漠とした闇の中で、死者たちは愛しいものとの逢瀬をはたす。

 茫漠とした闇の中。蒼い光に包まれる二つの魂を、私はじっと見守っている。

 そっと手をのばすと、彼らの光は嬉しそうに私の手を取り巻いた。



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