可愛いけど大人しめのクラスメイトがバイトでロボメイドやってるのを僕が知ってしまったことから始まる物語
小石原淳
第1話
日曜日、僕は朝から古書店巡りで、歩き疲れていた。
前の体育でバレーボールをやり、足首をちょい捻ったのに、こんなの平気平気と軽く見たのが間違いのもと。
痛みをなるべく感じぬよう、いつもと違う姿勢で歩き続けたのが原因か、いつもより早くバテてしまった。
休憩しようと、一番近くのお店の扉をくぐったら、そこはメイドカフェの一種。店員さんは皆、シルバーをメインに使ったきらびやかかつメタリックなユニフォームで、客対応はロボットダンスを思わせる動き。声も電子合成されたそれっぽくしていて、ヘアバンドにはラメが散りばめてある。左右の耳には白くて四角くて細長い箱のようなカバーが。胸元には小さな電飾みたいなのが時折ちかちか。
この手のお店の利用経験はなく、戸惑ったけれども、もう歩くのは勘弁!て気分だったので、そのまま案内してもらって着席。案内役だけ男性で、しかも普通の格好、普通の喋りだった。マスターかな。
「ご指名はございますか?」
跪いて問われたものの、そんなのあるはずない。
「い、いえ。とりあえず、何か冷たい物をいただければ充分……」
僕の反応を見て、こいつからはオプション的な金は取れないと判断したのかどうか、マスターはすっくと立ち上がり、「それではメニューをお持ちしますので、しばしお待ちを。――ユナちゃん!」と奥への指示を最後に下がった。
三十秒もせぬ内に、そのユナさんであろう女性店員が登場。銀色の手袋をした手で、開いたメニューを僕へと向ける。
飲み物も食べ物もネーミングが独特な物が多かったが、括弧付きでイタリアンジェラートだのアメリカンドッグだのミックスジュースだのと注釈があり、助かった。“弾けるアステロイドとグリーンクラッシュ”――メロンソーダにしよう。
「じゃあ、この――あれ?」
店員さんの顔を見上げた刹那、既視感を覚えた。この人、知ってる……。
「
同じクラスの柊
僕が柊さんと呼ぶコンマ数秒前から、店員さんは動きを止めていた。顔も強ばり、口は開いてるけど声は聞こえてこず。
「えっと」
まさか、この店のシステムではこれが基本?と思わないでもなかったけど、斜め右隣のテーブルの単身男性客が、変な物を見る目付きでこちらを見ている。しかめ面をして、『怪訝』を具現化したような。とにかく、何か話そう。
「あのーすみません、ルール違反でしたら謝ります。何だっけ、そう、ユナさん。僕はメロンソーダを」
そこまで言って様子を窺うも、ユナさんは動かない。
さすがに変だ。他の女性店員さんも気付いたらしく、手の空いていた一人がマスターの元へ行く。そんなときでもロボットっぽい動きをやめないのには、感心するやら呆れるやら。
十秒ほどして、三人のロボメイド――いやメイドロボか? どっちが先でもいいか――店員が僕のいるテーブルに駆け付けた。
うち一人がユナさんからメニューを取り上げ、僕に改めて見せる。残る二人は、ユナさんを脇と後ろから支えるように持ち、動かそうとしていた。
「失礼いたしました。ここからは私、カイリが引き継ぎます。ご注文をどうぞ」
「その前に、ユナさんはどうしたんでしょうか?」
僕のストレートな質問に、カイリさんは、奥へと下がろうとしているユナさんと二人の店員をちょっとだけ振り返り、また笑顔で向き直った。
「緊急メンテナンスなのです」
ぴんと伸ばした右手人差し指を右ほほの近くにあてがい、ウィンクしてくる。
「はあ」
「お客様が、ユナのプログラムされた好みの条件とぴたりと一致したためにどこかがショートしたのかもしれませんね。二度とこんなことが起きないよう、次回からは私、カイリをご指名くださると嬉しいです。ではご注文を」
「メロンソーダをお願いします」
多分、二度と来ないなと思いつつ、オーダーした。
古書店巡りから無事に帰還し、足の具合も悪化せず、回復に向かった様子だったので月曜は登校できた。
それはいいんだけど、教室に入るのが楽しみなような怖いような。
いや、僕以上に、柊さんは戦々恐々としているかもしれない。ここはとりあえず、知らんぷりで行こう。
教室のドアの前で軽く右拳を握り、そう決意した。
次に取っ手に指先をひっかっけようとしたが、一足早く、ドアが横にスライドして視界が開けた。
「――」
中から戸を開けたのは、柊さんその人。昨日店で遭遇したのと全く同じように、固まってしまっている。
「おはよ」
何ともしようがないため、朝の挨拶で再起動を促した。頼む、動いてくれ。
祈りが届いたか、柊さんはくるりと向きを換え、教室の中に戻った。手足が右と右、左と左で同じタイミングで出ている。
見なかったことにしよう。僕は自分の机に急いだ。ただ問題なのは、柊さんとはあまり席が離れてないこと。僕よりも二つ前の一つ左隣。後ろに僕がいるのって、柊さん、耐えられるのだろうか。
そんな心配から、彼女の席の方を見やった。――まずい、目が合ってしまった。
すぐに前を向く柊さんの反応からして、やっぱり意識されているなと理解した。悪い意味で。
勉強ができて、まあ優等生と見なされるであろう柊さんを、平凡な僕がこんなことで精神的に邪魔するのは申し訳ない。でも始業時刻が迫っており、気にしないでいいよと話をする猶予がなかった。一コマ目の準備に専念する。
一時間目の柊さんの様子は、後ろから見ているだけでは分からなかったが、一度先生に当てられ、答える声が裏返っていた。みんなは笑ったけど、僕は一人、ほんと申し訳ないと感じていた。でもまさか、あんな店でアルバイトをしてるなんて、想像もしてなかった。だから何にも考えずにあの店に入ったし、つい名前で呼んでしまったんだ。どう釈明しよう……その行為自体が、柊さんを遠ざけてしまう予感しかしない。
迎えた二コマ目。国語の
やるならここだなと、僕はついさっき思い付いた策を実行に移した。
「先生!」
元気よく挙手し、立つ動作を続けつつ、足を痛がるそぶりをする。クラスのみんなが何事?って具合に、こっちを見る。あ、柊さんもほんの少し、肩だけ動いたような。
「ん、何だね
「すみません、金曜の体育で足首捻挫したのが、まだ治ってないみたいで、今、滅茶苦茶痛くなり出して。保健室行ってかまいませんか?」
「話は聞いてる。かまわん、行きなさい。無理するな。保健委員……はいないんだったな。委員長、付き添ってやってくれるか」
クラス委員長の
無理が祟ったらしい。
無理をした自覚はないんだけど。治りかけだからと調子に乗って、痛がる演技をしていたら、本格的に傷めてしまった。
放課後お医者に行って診てもらったところ、何で言うこと聞かないんだとどやされた上に今度こそ安静にしろと告げられたため、翌火曜は休むことにした。足首が痛いだけなので、可能ならネットで授業してくれないかと思うがやむを得ない。まあ、買い込んだ本を読む時間ができたと前向きに捉えるとしよう。柊さんだって、僕がいないんで授業に集中できるだろうし。
そんなこんなで時間を費やし、夕方、陽が傾いてきた頃。
お客さんが来たみたいだなあ、玄関の方がちょっと賑やかだなどと思っていると、不意に母の声が呼び掛けてきた。
「お友達が来てくれたわよ。宿題やノートがあるから、上がってもらっていい?」
面倒臭がって、一階の玄関から二階にいる僕へ返事を求める。しかも部屋のドアは閉まってる有様。
「いいよ!」
せいぜい大声を張り上げた。ちゃんと届いたらしく、階段を上がる足音のリズムは聞き慣れた母のそれではない。
また委員長に手間を掛けさせてしまったか。これは何かおごるべきか、それとも委員長の役目なんだと割り切るべきか。
「こ、こんにちは。島江君。入ってもいい?」
「どうぞー」
OKした直後に、うん?と脳裏をクエスチョンマークがよぎる。今聞こえた声、女子だった。
誰だと思う間もなく、ドアが開いて、現れたのは柊さんだった。
「え、何で」
ベッドに横になっていた僕は、慌て気味に上半身を起こし、足もベッドの縁に垂らした。
「宿題とかプリントとか持ってきた。あと、ノートも見せてあげる」
「そうじゃなくて、何で柊さんが」
副委員長でもなかったよなと思い返す。
「わ、私が志願した。悪い?」
うーん、何で切れ気味なの。そりゃあフリーズを繰り返されるよりは、よほどましだけどさ。
「もしかすると、この用事がてら、日曜のカフェの件、探りに来た?」
「……違う」
嘘っぽい。否定するならするで、真っ直ぐ向いたままじゃないと説得力を欠く。ぷいっと横を向くなんて。
「ま、折角来てくれたんだし、女子が来て怒る理由こっちにはないし。話がしたいな。まずはありがとう」
「何が」
「プリント類、持ってきてくれたんでしょ。ノートも見せてくれるのでは」
「そうだったわ」
堅い調子で言って、くだんの宿題やプリントを取り出すと、僕の勉強机の上に置いた。ノートは写真を撮れってことなのか、目の前に突き出された。
「どうも」
ノートを開くと、とても丁寧できれいな字が並んでいた。これなら写真でも充分に読めそうだ。撮りながら質問してみる。
「カフェの話じゃないとしたら、どうして連絡役を買って出たのさ」
「……ここに来れば、島江君の弱みを握れると思って」
「――っぷ。何それ」
狙いは分かった。そして正直に答える柊さんをかわいらしいと思ってしまった。
「ロボメイドのバイトは弱みなのかい?」
「違うけど。見られるとは思ってもいなかったから。その上、あんな失態を重ねてしまって……恥ずかしいったらないわ」
「そういや、あのあと大丈夫だったの? 男の従業員に怒られたんじゃ?」
「平気。注意はされたけれども、今もやってる。って、どうしてそんなに優しいの?」
「普通の反応だよ。何故だか敵視されてるみたいだけど、心外だ。僕は月曜日、凄く気を遣ったつもりだったのに」
「え、やっぱりそっちだったのね?」
「そっち?」
「私の勘繰りすぎとも思ったんだけど、二時間目に足の捻挫を理由に教室を出て行って、そのまま帰ってこなかったのは、私のため?」
「……うん。凄いな。気付かれるとは想像だにせず」
「わ、私は自分でも嫌になることがあるくらい自意識過剰で、それでいて分析する能力には自信があるから、分かってしまうこともあるのっ。――あれ?」
勢いよく喋っていた柊さんが、突然、ぽろぽろ涙をこぼした。
「わ。こんなの初めて、かも。びっくりした」
こっちがびっくりしたわ。普段から可愛い人だけど、今はランクアップしてる。
「弱みを握るつもりで来たのに、逆に新しく知られてしまったわ」
もう開き直ったのか、柊さんは泣きはらした笑顔で言った。
「あ、念のためにお見舞いも買って来たんだったわ。食べる?」
町内で有名な和菓子店の紙袋を出す。包みで名物のお饅頭と分かる。
「甘い物はそんなに好きでもない」
「嘘。カフェでメロンソーダ頼んだって聞いたのに。甘い物が苦手なら、せめてレモンスカッシュでしょ」
謎理論を持ち出されて参ったが、「なんだかんだで、饅頭うまい」と思った。
食べ終わってから、母親にお茶を所望した。
饅頭を食べ終え(と言っても六個残っているが)、ノートも写せたので、用事は済んだ。
「分からないところがあったら、質問を受け付けるけど」
「今から見ていったら遅くなるからやめとくよ」
僕は気遣いを見せたつもりだった。実際、窓の外は暗くなり始めていた。なのに柊さんと来たら。
「なんか帰りたくないな」
「――一瞬、ドキッとしました。僕がどぎまぎするのを見たいわけ?」
「うん。わざわざ島江君の家に乗り込んで来たせめてもの成果として。そこを写真に収めて、毎日眺めてニマニマしてやるんだから」
「……」
写真を毎日眺められるというのも、結構どぎまぎさせられる。
「あら? どうかした?」
わざとなのか、天然なのか。
このときの柊さんの表情は、ロボットみたいで読めなかった。
おわり
可愛いけど大人しめのクラスメイトがバイトでロボメイドやってるのを僕が知ってしまったことから始まる物語 小石原淳 @koIshiara-Jun
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