階段から、光



今でもずっと、輝いている。

階段から、光



 脱力感と倦怠感が、体の輪郭を膨張させていくようだ。

 重たい腕は、数センチも上がらなかった。もたげていた首はいつの間にか地面に伏している。目だけを開けて、暗闇の中を睨んでいた。


 息をするのもやっとで、吸っているんだか吐いているんだかわからない。どうにもならない軸のぼやけた思考だけがふわふわと漂っているような気もする。先ほどから意識が不安定に揺れていて、いつ手放してしまっても可笑しくないんだろうと、自覚できるくらいには死の淵に居た。


 ふいに何かが覆いかぶさって、体が反転した。気が付いたら熱いしずくがいくつも降ってくるのが分かった。それが涙だろうと理解したときには、首が絞まるほどの力で縋り付く太い腕が見えた。揃いの厚い生地をしたツナギを着ている。ああ、力任せにしがみつきやがって、とどめを刺す気かお前は。

 大きな手のひらが、体をさ迷い歩く。手当でもしようとしているんだろう。残念だが、負傷箇所が多すぎて、そんな時間も残されてはいないだろうと思う。空気を吸っても抜けていくのが分かる。一体どこをどうしたなんて考えても無駄だ。多分、私は今ここで、命を終える。

 わずかな時間で、何ができるか。考える前に触れている指を握る。力は入らない。それでも取りこぼすまいと、大きな手のひらは私の手を強く掴んだ。

 ああきっと、広くて綺麗だった手の甲も、私の血が汚しているんだろうと思うと申し訳なさと、ほんの少しの愉悦を感じた。ふっと笑うと、胸の真ん中で蓋をしていた熱が唇から滴る。ああきっと、本当にあとわずか。


 ゆっくりと笑う。目は開いていてもにじんだ視界では正確にとらえられない。ああ、きっとみっともなく泣いているんだろう。普段表情を変えないくせに、こういう時は直情型なんだ、お前はきっと。私を、忘れてくれもしないんだろう。

 きっと、同じように笑おうと努めているだろうと、何とはなしに感じ取った。掴まれた手から確かな体温が伝わってくる。自分の体温が下がっている。熱を奪ってしまうのは不本意だが、もうすぐその心配もなくなるから許してくれよ。

 砂嵐が少しずつ黒で塗りつぶされていくのを感じて、とうとう時間切れを悟る。最後に、最期に、これだけは。伝えて、おかないと。彼を縛ってしまうかもしれないけれど、それでも。


 必死で腕を持ち上げて、相手のうなじを掴んで引き寄せる。こんなこと、今までだってしなかったのに、最期だから許してよ。唇を合わせて、きっと同じ血で濡れただろう。わずかに離した唇の隙間に、愛しているよと滑り込ませて、意識がいよいよ沈んでいくのを感じた。

 繰り返し名前を呼ばれているのは聴こえていた。嗚咽と慟哭に、私の名前が混じる。頭を撫でてやりたいくらいだが、もうそれは叶わない。暗闇の中で、光る階段が見えて、その先に大きな扉が見える。きらきらと、粉塵にまであたたかな光を含ませて、その口を大きく開けた。



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今でもずっと、輝いている。 明里 好奇 @kouki1328akesato

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