誤用警察

須藤二村

誤用警察



 暗闇の中、下水道を走る二つの足音が木霊こだまする。


 耳を澄ませると、少しずつ大きくなる足音。


 その足音が天井から落ちる水滴よりも大きくなった頃、長い真っ黒なトンネルの先にようやくそれらしき人影を確認することができた。


 一つは、グレーの作業着さぎょうぎを着て……、否、作業服さぎょうふくを着て手には拳銃……、ピストルを持った男だった。

 もう一つは、セーラー服を着た女子高生……、いや、女子高校生だった。彼女は肩で息をしながらどうにか男に着いてきている状態に見える。

 二人は曲がり角で壁を背にしていったん立ち止まると、男は壁から顔を半分だけ出して後ろに追っ手の無いことを確認した。

「先生……ごめんなさい」

 女子高校生が作業着の男の背に守られながら心細げに呟く。

「いいんだ。安心しろ。もう奴らは追ってこないみたいだ」

 二人はゆっくりと歩き出した。


 壁伝いにしばらく進むと、通路より少し高くなった段差の上にメーターの並ぶ大きな操作盤があった。 ――ここで合っている筈だが……。作業着の男は不安になったが、教えられた通りに鉄製の扉を一本締めの要領で三・三・三・一拍でノックをすると、果たしてメーターの向こう側からその場には不釣り合いな若い女の声が聞こえた。

「汚名……」

「挽回」男は間髪を入れずに応えた。

 ガチャリと音がして操作盤に偽装した扉が開くと、中からの灯りが二人を照らす。


「待ってたわ! 日本語解放同盟へようこそ! 私の名は琴葉ことはよ」


 琴葉と名乗った女は、作業着の男に握手を求めた。男はおっとり刀でそれに応じるが、彼女の胸元から目が離せない。彼女は、とてつもない巨乳を持ったオッパイ星人だったのだ。


「安心していいわ。ここでのあなた達の身の安全はすべからく保証されなければならないの」

「すべからく……安全なのか」

「ええ、そうよ。ここは誤用警察に絶対見つからないエリア。ここを拠点に私たちは言語の自由を勝ち取りましょう!」

 琴葉は檄を飛ばした。


「ところで、閑話休題よ。あなた達をこれからチームの仲間に加えるに当たって性癖を聞いておかなければならないわ。これは作戦の成否にも関わることだから」


 男は少し迷って、そういうものかも知れないなと重い口を開いた。


「あ、ああ。俺は実は女性の下着を見ると興奮するんだ。そいつを被ってロープで縛られて踏みつけられるのが大好きなんだ」


「あ……あたしは、お尻を叩かれるのが好きなの……」


 男と女子高生が恥ずかしそうに答えたのを見て琴葉は頷いた。


「そうか、私の場合は自己主張が強くて直ぐにカッとなってしまうことだ。お互いのことが分かったところで作戦の説明に入らせてもらうわ」


 その態度をみて斜に構えた女子高生が割って入る。


「え、ちょっと待ってください。琴葉さんは本当に解放同盟の人なんですか」


「あら? 随分と穿った見かたをするじゃない。これから仲間になろうって人を疑うなんて、ぞっとしないわ」


「そうだぞ。流れに棹さすもんじゃない」一応、男は二人の仲を取り持った。

「すいません」


 そのとき、突然部屋が揺れ始めた。かなり大きな揺れだ。

「地震よ! 皆、気をつけて!」

 地震に同調して巨乳を揺らしながら、琴葉が叫ぶ。

 時を分かたず、その様子を見た男は琴葉の胸から目を離せないでいた。

「もう大丈夫みたい。今のは震度5弱だったみたいね」

「と言うことは、震度4の後半だったのね……、やばみざわ」

「ああ、なぜ震度4.8とか言わないんだろうな。気象庁は怠慢だな」


「落ち着いたところで作戦の説明に戻るわ。今回の襲撃目標は国会図書館よ。女子高生は見張り役、男はこの時限爆弾をセットする係よ!」


「責任重大だな……。俺なんかだと役不足じゃないか?」


 男が疑問を挟む。女子高生は緊張のせいか、まんじりともせず話に聞き入っていた。


「的を得た疑問ね。心配は要らないわ目覚まし時計を置いてくるより簡単だもの。これは確信犯なの。言語の基準を破壊してしまえば誤用警察から救われる人が増えるはずよ。頑張りましょう!」


「ああ、そうだな。あまねく世界の人々のためにも!」

「分かりみが深い」

 女子高生も同調した。


 そして、女子高生はトイレを借りようと奥のドアを開けた途端、中から縛られた貧乳の女が転がり出た。

 女子高生が口元に貼られたガムテープを剥がすと、貧乳は衝撃の事実を叫んだ。

「二人とも騙されないで! その巨乳は誤用警察よ!」

「それは本当なのか?! 貧乳!」

 男は縄を解きながら貧乳に問い質した。

「あの……胸に向かって話しかけるのやめて貰っていいですか」

「ああ、すまない」男は貧乳からも目が離せなかった。


「ばれてしまっては仕方ないわね」

 と言いながら巨乳がレバーを引くと入り口のドアが解錠され、誤用警察の集団が踏み込んできた。

「貴様らを言語騒乱罪で逮捕する!」

 女子高生はその前に立ちはだかり

「そろそろ潮時ね。お前たちはあたしの逆鱗に触れた。覚悟しなさい」

 そう言い残して巨乳の背後を取りナイフを首筋に当てた。

「じょ、女子高生! お前はいったい……」

 男は豹変した女子高生を見惑っている。

「あたし、最初から気づいてたの。この女の巨乳は偽装よ!」

 女子高生は、巨乳を掴んでそのまま剥ぎ取った。巨乳は実はシリコンパッドだ。巨乳は貧乳だった。

「何! そうだったのか、許せん! 噴飯ものだ!」


 男は貧乳に飛び掛かって激しく揉み合った。

「あ……あの……私の……胸を揉むのはやめて貰っていいですか」

「すまない。間違えた」

 男は謝って、元巨乳だった貧乳に飛び掛かった。そこに元祖貧乳も加勢にいく。元貧乳に対して元祖貧乳は男と協力して貧乳と激しく戦い、そして貧乳が勝利した。

 貧乳が貧乳になった今、時は熟した。

 男は手に持った時限爆弾のスイッチを入れ誤用警察に見せつけた。


「あと五分でここは爆発する! あとのことは俺に任せてお前達は逃げろ」

「男さん!」「先生!!」「男!……あなた正気なの!」

「いいから行け!」

 女子高生と貧乳達は、トンネルを必死で走った。

 一同がマンホールから地上に出た瞬間、爆発音と共に噴き上がった爆風が付近のマンホールの蓋を次々と吹き飛ばした。

「マジ卍! 先生、助けてくれてありがとう。ぅちらゎズッ友だョ!!」

 女子高生は泣きながら男に感謝した。

 貧乳達と、誤用警察はその場に立ち尽くしていた。

 ——あいつ、なんで自爆したんだっけ……。


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誤用警察 須藤二村 @SuDoNim

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