第5話 黒き鷹は不幸なり

虫の襲撃から1日経ち、混乱もだいぶ収まった。


だが…その代わりに新たな問題が現れたのだった…。


「……はぁ……。」


便所の鏡に映る自分の姿を見ながらため息をついているのはアーレント・デューク。


ハリマという少女に助けられたはいいものの、額から1本の角が生え、目は瞳孔が縦に割れてまるでトカゲのようだった。


これを知ったアレドア大佐はというと…


「鬼だろうが何だろうがお前はゲーツの搭乗員であり、私の部下だ。 これからも私の命令に従って貰うぞ。」


…といつも通りの反応だった。


大変だったのは他の搭乗員の反応である。


「すげぇ!その角本物かよ!?」


「サイみたいだな!触ってもいいか!?」


角をベタベタと触られ…


「写真撮らせてくれ!」


写真を撮られたりとゲーツ内でかなりの有名人となってしまった。 最初は皆自分を気味悪がって近付かなくなるかと思っていたが、幾多もの戦場を経験し、巨大な虫とまで戦い、殲滅した彼らには恐怖心などあるはずも無く、単純な好奇心に満ちていた。


ついでにエリルはアーレントであるなら鬼だろうが悪魔だろうが大切な戦友だと言っていた。 付き合いが長いだけあって絆もそれなりに強いものなのだ。


一方、ハリマは…


「こ、これ!妾を持ち上げるでない!馬鹿者!下ろさんか!」


ハリマも同じく搭乗員達の好奇心の的にされていた。 元々ゲーツの搭乗員には既婚者で子持ちの割合が多いので見た目が完全に子供なハリマは高い高いをされながら暖かい視線を浴びていた。


──────────────────

ゲーツの車内は小刻みに揺れている。 現在、ゲーツはハリマの助言の下、砂漠地帯を抜けるべく西へ西へと進んでいた。


アーレントはいつも通り仮眠室で待機中だ。 エリルも上のベッドで寝息を立てながら眠っている。


そんなアーレントは気がかりになる事があった。 それは何故ハリマは自分を管理下に置こうとするのかという事だ。


ハリマに直接聞いてみても適当に誤魔化されて理由を話してくれない。


何か裏があるのは予想できるが、それが何なのか分からなければ対応も出来ない。


そして、その疑問は翌日の真夜中に解決したのだった。

──────────────────

真夜中、ハリマに呼び出されたアーレントは主砲塔上部のハッチから外に出た。


「う〜さむっ…。」


夜の砂漠は昼の暑さとは真逆に極寒の地となる。 尋常じゃない寒さに体を震わせながら梯子を登り、外に出ると、そこには夜空を見上げるハリマがいた。


「ったく…こんな真夜中に一体何の話だ?」


「……星空が綺麗じゃのう。」


この砂漠の夜空は幾多もの星が散りばめられ、1つの模様にも見える。 こんな景色、元の世界であれば一生お目にかかれないだろう。


「まぁ…確かに綺麗だな。」


ハリマの左隣に立ち、夜空を見上げながら返事をした。 するとハリマは顔をアーレントの方へ向けた。


「さて…このまま星を見上げるのも良いが本題に入らねばな。」


「アーレント、お主を助けた理由を教えてやろう。」


「!」


その言葉にアーレントは強く反応した。 今まで知りたくても知る事が出来なかった事を今、本人から聞くことが出来るのだ。


「そうじゃな…お主を助けたあの時、妾はお主の記憶を見たのじゃ。」


「記憶を見た?」


ちゃっかり出てきた物凄い言葉にアーレントはポカンとなった。


「そういう能力じゃよ。 そして、お主の記憶を見てみれば…なんと"二人分"の記憶があるではないか。」




「単刀直入に問おう、お主…"転生者"じゃな?」


暫くの沈黙が続いた。 聞こえるのは風の吹く音のみ。 アーレントは暗闇で表情が良く見えない。 この沈黙を破ったのはアーレントだった。


「…正解だよ…ロリババアめ。」


アーレントの口から放たれたのは19世紀の人間が使っているとは思えないネット用語。 それを聞いていたハリマは「やっぱりな」という表情でアーレントを見つめていた。


「お主はいつ、何処で転生したのじゃ?」


「…その時は…まだ高二だったな。」


「ほうほう、続けろ。」


アーレントは頭の中からその時の記憶をひねり出しながら転移前の事を話した。


「確か…教室にいたら馬鹿でかい魔法陣みたいなのが現れて…目が覚めたと思ったら赤ん坊になってた。」


それからの話を要約するとこうだ。


ノーラ帝国とかいう聞いたことも無い国にアーレント・デュークとして生まれ、両親に愛情を注がれながら暮らしてきたが、18歳で徴兵され、兵士としての道を歩み、ゲーツの搭乗員に至る。


ついでに魔法陣の中にいた他のクラスメイトがどうなったかは分からない。 ひょっとすればどこかの戦場ですれ違ったか、敵として射殺したかもしれない。


「なるほどな…お主の今に至るまでの経緯は分かった。 それと、お主のクラスメイトは恐らくじゃが、この世界に来ておるぞ。」


その言葉に、アーレントは硬直した。 今、ハリマはクラスメイトはこの世界に来ていると言った。 到底信じられる事ではない。

ノーラ帝国で兵士として戦い、ゲーツの搭乗員として戦ったと思ったら異世界からまた異世界に転移させられ、尚且つその世界にクラスメイトがいると言うのだ。


「それは本当なのか?」


「本当じゃ。 つい先月、人間が日々数を増してきている魔物に対抗する為に異世界から勇者を召喚したのじゃ。」


「な、なんかベタな展開だな…。」


「その数はおよそ30、お主のクラスメイトでもおかしくはないじゃろう。」


ハリマから聞いた話によれば異世界、それもアーレントの前世が生きていた世界から召喚された勇者達は並の倍以上の能力を得て今も魔物と戦い続けているらしい。


まぁなんとも異世界転移系ラノベにありがちな展開だが、アーレントは全く違う道を辿った。 中世の世界どころか近代に生まれ、兵士となり、戦場の泥と血を舐め、"死ぬ気で生きていた"間に彼らクラスメイトはチート能力を使って別世界で無双しながら美味い飯にありつけて女にも金にも恵まれている。


それに対して俺は量は多いが殆ど塩味しかしない飯、進軍続きで疲労し、ある時は敵と戦闘になり、敵の砲撃で死にかけ、戦友が目の前でバラバラに引き裂かれて死ぬなんて日常的な事だった。


その命を懸けた労働に対し、報酬は雀の涙程度の物だ。 それでも俺は戦い続けなければならなかった。 生き残る為に、国と国民を守る為に、死んだ戦友の分も戦って戦果を上げる為に。


いつしか俺はそれらの光景に"慣れてしまった"のだ。 薄黒い野戦服を身にまとい、兵士の数が多く、新装備の配備が間に合わない為に支給された旧式のボルトアクションライフル、Ir29を担ぎながら戦場に溶け込み、狙撃で次々と王国軍兵士を射殺していった。

階級も順調に上げていっていた。


だがある時、ある事件が起きた。


まだ新人の将校が兵士をミエラ軍の塹壕へ突撃させようとしたのだ。 塹壕には大量の機関銃がいつでも来いと待ち構えている。


アーレントは…そんな将校を殴り飛ばしたのだ。 昇○拳でも食らったかのように吹っ飛び尻餅をついた将校に向かってこう怒鳴りつけた。


『テメェ!祖国の為にと銃を取ったアイツら兵士達を無駄死にさせる気か!?』


その結果、抗命罪で銃殺刑の判決が下ったが、ある人物が裏で手を回し、銃殺刑は免れ、ゲーツの搭乗員となったのだ。


その人物は…アレドア・キャメル大佐である。 何故助けたかというとアレドアも過去にアーレントに助けられたは事があったからだ。


メルカ共和国に侵攻していた時、アレドアはまだ中尉で中戦車小隊を率いて戦っていた。 だがある日、共和国軍の戦車による奇襲を受け、小隊が壊滅したのだ。


『ぐっ!うぁあぁあああああ!!熱い!!誰かぁ!!助けてくれぇええ!!』


服に火が燃え移り、アレドアはその場で転げ回りながら必死に助けを呼んだ。


『今助けます!!』


その時、助けに来たのがアーレントだったのだ。 アーレントは野戦服を脱ぐとそれでアレドアの体を叩き、火を消した。


『おい!!衛生兵!来てくれ!負傷兵だ!!』


その後、衛生兵から応急処置を受け、後方の野戦病院に送られた。 幸いにもアレドアは全身に大火傷を負ったが命に別状は無かった。


それからの数年後、アレドアは大佐になり、重戦車大隊を率いて王国軍を掃討していた。 王国軍は既に疲弊しており、しかも王国軍の戦車は足は遅いわ装甲は微妙だわ砲は弱いわでノーラ帝国陸軍の重戦車大隊に負ける要素が無かった。


そして、アレドアの元にある一報が届いた。 それはアーレント・デュークが抗命罪で銃殺刑の判決を受けた事を知らせるものだった。 いつかアーレントにあの時の借りを返そうと思っていたアレドアは今返すべきだと立ち上がった。 陸軍上層部に手を回し、結果としてアーレントの階級を上等兵まで引き下げ、ゲーツの搭乗員として最前線で戦わせるということで陸軍上層部は納得した。


そして今のアーレントがここにいるのだ。


かつてのクラスメイトはアーレントを見ればどう思うだろうか。 再開を喜ぶだろうか。 それとも血の匂いに塗れたアーレントを恐れるだろうか。


どちらにせよ彼らとはそう遠くない内に出会う事となるだろう…。

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