第4話 旅の友
アーレントはあの時、ブリッジで虫に心臓を刺され、意識を失った。
…あれからどれくらい経っただろうか。
自分が死んでいるのか生きているのかすらも分からない。 まぁ、心臓を刺された時点で致命傷だし死んだと思うが。
視界は闇に包まれ、全身の感覚もない。
それがずっと続いていた。
そして、それは強烈な光と共に唐突に終わりを告げた。
光に包まれる瞬間、アーレントは声を聞いた。 いや、正しくは脳に直接入ってきた。
"門ヲ破壊セヨ"
その言葉の意味も分からぬまま、アーレントの意識は次第に取り戻されていった。
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「……う…あぁ…。」
目が覚めると背中に柔らかい感触を感じた。 どうやらベッドに寝かされていたようだ。
アーレントが今いる場所はゲーツ内にある医務室だ。 あの時かなりの致命傷を負った割には疲れなどは感じない。 むしろ力がみなぎってくる。
不意に左を向くとエリルが椅子に座ったまま寝息を立てながら眠っていた。
「エリル…。」
自分を心配してずっと傍にいてくれたエリルに感謝しながら両手で抱えると先程まで自分が寝ていたベッドに寝かせた。
「なんじゃ、目が覚めおったか。」
聞き慣れない声が聞こえ、医務室の入口の方を振り向くと少女がいた。 年齢は13か14ぐらいだろうか。 身長はアーレントの半分程度だ。
ただ…1番気になるのは少女の額から上に向かって伸びている日本の角と縦に割れた瞳孔だ。 この少女は少なくともただの人間ではないだろう。 とりあえずそこを聞いてみる。
「あぁ…初対面で失礼かもしれないが…その角は一体?」
「この角か? まぁお主ら人間達からすれば鬼である妾は珍しいものじゃろう。」
"鬼"という単語に引っかかった。
彼女は自分の事を鬼であると言っている。
この世に鬼などという種族が存在するのだろうか。
「お主の名を聞こう。」
「俺の名前はアーレント・デュークだ。」
「聞いたからには妾も答えんとな。 妾の名はハリマと言う。 "今後とも宜しく頼むぞアーレントよ。"」
「…? あ、あぁよろしく」
最後の言葉が気になったがそれよりも現状の確認だ。 服の下から胸の傷を確認してみるが…無い。 傷が無くなっている。
「俺は確かに心臓を貫かれたはずだが…。」
「死にかけであったお主を助けたのは妾じゃ。 たまたま通りかかったのでな。」
「その時の話を聞かせてくれないか?」
ハリマという少女曰く…
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『何だかあの城から死の匂いがするのう。 少し寄ってみるかの。』
ハリマはゲーツの上に上がり入口を探していると破壊されたハッチを発見し、中に入った。
『なんじゃここは…魔物の死骸だらけではないか。』
虫の死体を踏まないように慎重に進むと人が数人、何かを取り囲むように立っているのが見えた。
『おいお主ら、こんな所で何をしておるのじゃ?』
『っ!?誰だ!?』
その中にいた男が自動小銃をハリマに向け、誰何した。 警戒しているのは見てわかる。
『これこれ、そのよく分からん武器を下げるのじゃ。 妾はお主らの敵ではおらぬ。』
銃口を向けられても平然としながら歩み寄り、4人が取り囲んでいたものを見た。
『人の屍か…。 お主ら、その服装といいもしや兵士か?』
4人は答えようとしない。 端にいるエリルに至ってはうずくまった状態でビクともしない。
試しにアーレントの額に手を触れてみる。
するとハリマは一瞬驚いた顔をすると手を離し、4人に言った。
『お主らよ、この男、まだ助かる見込みがあるぞ。』
『!?』
その言葉に4人はとても驚いた。 中でも1番反応の大きかったのはエリルだった。 エリルはハリマに詰め寄り、肩を掴んだ。
『本当に…本当に助かるの!?』
『だから言っておるじゃろう。 助かると。』
『よかった…本当によかった…。』
エリルはその言葉を聞くと大粒の涙をボロボロと流し、膝をついた。
『治してはやるが一つ条件があるぞ。』
『条件…それはなんだ?』
班長がハリマに問うとハリマは二つ条件を言った。
『まず一つ目、この男は治る代わりに人間ではなくなる。 これを了承してもらいたいのじゃ。』
『そして二つ目はこの男を妾の管理下にて生活させることじゃ。 つまりはこの男を寄越せということじゃな。』
その二つの条件はエリルにとって承諾し難い条件だった。
『そ、そんな条件呑める訳が…!』
『であればこの男は死ぬぞ? まだ完全には死んではおらぬ。 脳が生きておるからな。』
『脳さえ生きておれば傷を修復して蘇生すれば良い。 女子よどうする? 条件を拒んで此奴を死なせるか、条件を呑んで生かすか。』
条件は呑みたくない。 だがアーレントを死なせたくもない。
エリルが悩みに悩んだ末、選んだのは…
『…その条件、呑むよ。 だから絶対にアーレントを救って。』
『言われなくとも死なせはせんよ。』
そう言うとアーレントの方を向いてしゃがむと、懐から小刀を取り出し、左腕を出すと、小刀で左手首を切り裂いた。
『な、何を…!?』
4人はその様子に呆気に取られているが気にもせず、左手首から流れ出る血液を、アーレントの口の中に注ぎ込んだ。
『うむ、これで傷は治るぞ。』
小刀をしまい、袖を戻して左手首を隠すハリマ。 少しすると突然アーレントの胸の傷が凄まじいスピードで治り始めた。
穴の空いた箇所は新しい肉や骨で埋まり、たちまち傷は完全に消えてしまった。
『い、一体何をしたんだ…?』
『暫くは目を覚まさないじゃろうがもう安全じゃ。 条件はちゃんと守って貰うぞ。』
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「…と、言った感じじゃ。」
「は、はぁ…。」
あまりに非現実的な展開にアーレントの頭は混乱していた。
「それと条件の一つ目で俺が人間じゃ無くなるとか言ってよな? あれはどういうことなんだ?」
「ん〜見た方が早いじゃろ。」
またもや懐に手を突っ込み、取り出したのは手鏡だ。 手鏡を手渡されたアーレントはその手鏡を覗くと唖然としていた。
「……こ…こりゃ一体……。」
アーレントの額の中心にはハリマに生えていたのと同じような長い角が一本上に向かって伸びていて、瞳孔が縦に割れていた。 目の前にいるハリマの特徴とほぼ一致である。
「な、何をしたんだ俺に!?」
「何って血を飲ませただけじゃぞ?」
ハリマは可愛らしく首を傾げたがアーレントにとってはそれどころではない。
「なんでお前の血を飲んだらこんな見た目になってんだよ!?」
「あぁ〜なんじゃそんな事か。」
「そんな事!?」
「まぁ聞くが良い、アーレントよ。」
椅子から立ち上がったアーレントを座らせ、話を続けた。
「妾の体にはありとあらゆる物に術式が刻まれている。 それは血液ですらじゃ。」
「例えば今回の件の様に妾の血を普通の人間が取り込めば、人間の体が取り込んだ妾の血と"同調"しようとするのじゃ。」
「同調…?」
「そうじゃ、妾の血を取り込んだお主の体は妾の血と同調し、妾と同じように体中に術式を張り巡らされ、鬼となってしもうたのじゃ。」
「嘘だろ…そんな事が…有り得るのか。」
アーレントは顔を手で覆いたくなる気持ちだった。 生きていたのは良いのだが、鬼にされるとは想像もしていなかった。
「鬼になったからといって別に生活に支障をきたす事は無いぞ。 強いて言うならば街で珍しいものを見るような目で見られるくらいかの。」
「ん? 街がこの近くにあるのか?」
これは俺も知りたいしゲーツに乗っている皆が知りたい事だ。 だから何としてでも街のある場所を聞き出したい。
「あるぞ、ここから西にずっと進んで行けば砂漠地帯を抜けて草原に出る。 そこを更に西に進めばアレクスという国の領土内に入るぞ。」
「そうか…。」
いい事を聞いた。 思わず顔がにやけてしまいそうになるが、何とか抑え込む。
とにかくこの情報はアレドア大佐に報告しなければ。
「ちょっとアレドア大佐に復帰の報告をしてくる。」
「妾もついて行くぞ。」
「え? 何で?」
「言ったじゃろう。 お主は今日から妾の管理下で生活すると。 じゃからこれからはお主のパートナーじゃ。 "宜しく頼むぞ"と言うのはそういう意味じゃ。」
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