第3話 起死回生

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今、アーレント達は今までにない異常事態にある。 突然視界が遮られ、大きな揺れに襲われたかと思えば砂漠のド真ん中にいた。


「とにかく、ブリッジに向かおう!アレドア大佐に指示を仰ぐんだ。」


アーレントの提案に全員同意し、エンジンルームを離れ車体の前側にあるブリッジへ向かった。


その道中、ブリッジからの無線が車内のスピーカーを通して聞こえた。


『搭乗員は全員持ち場につけ!それ以外の兵士はブリッジに集合せよ!』


「…だそうだが戻っといた方が良くないか?」


「そうだな、じゃあ俺らは持ち場に戻る。」


そう言って整備員達は元来た道を辿って行った。 アーレントとエリルは駆け足でブリッジまで辿り着くとそこにはどの役割にもついていない兵士だけが集められていた。 兵士の数はざっと4〜50人はいる。


全員揃ったことを確認したアレドア大佐は静かに話し始めた。


「現在、我々はかつてない異常事態にある。 お前達も知っているはずだ。 ここが今砂漠である事を。」


アレドア大佐はこのような異常事態でも冷静さを欠く事無く統率力を失わせない優秀な士官であることが見て取れる。 その証拠として彼は汗一滴もかいておらず、その目からは焦りの感情など一切感じられない。


「周囲の状況を確認しなければゲーツは不用意に動かせない。 そこでだ、お前達の中から偵察班を編成し、外に向かわせる。 偵察を終えた後、ゲーツを動かすとする。」


「偵察班に加わりたい者はいるか?」


挙手制で募った結果、アーレントとエリル、その他3名で編成されることになった。

アーレントが志願した理由は単純にここがどういう場所なのか知りたかったという好奇心である。 エリルも好奇心で志願したらしい。


「良いだろう、偵察班に選ばれた者は野戦服に着替え、再度ブリッジに戻ってこい。」


集まった兵士は解散し、アーレントも仮眠室に戻り野戦服に着替えた。


「よし、これで大丈夫だな。」


砂漠には不相応な緑色の迷彩の野戦服に身を包み、左手にヘルメットを持ってブリッジに再び駆け足で向かった。


──────────────────

「偵察班、全員揃いました!」


班長に任命された伍長が先頭に立ち、敬礼をするとアレドア大佐に偵察班の集結を報告した。


「これより、装備を支給する。」


アレドア大佐の後ろにいた下士官の兵士がちょうど5人分の装備を持ってきた。

それらを支給され、装備すると、偵察用のためかなるべく重量を減らしてあるので動きやすい。


装備はIr40自動小銃と弾倉が4つ、Fg30破砕手榴弾を2つ、双眼鏡と無線機だ。


「移動はバイクを使う。 5人で周辺の情報を地形なりなんなり報告しろ。」


「「「了解。」」」


──────────────────

その後、ゲーツの後部ハッチを開き、バイクに跨った5人の偵察班は出発しようとしていた。


「全員準備は出来たか!」


先頭にいる班長が顔をこちらに向けながら聞いてきたのでオーケーの合図を出した。


「出発するぞ!」


先陣を切った班長に続き、次々とゲーツから出てくる。 アーレントとエリルもそれに続き、出発した。


「うわっ!暑っ!?」


外に出た瞬間強い日差しを受け、その暑さは尋常ではないものだった。


吹き出る汗を拭いながら班長について行き、周囲の偵察を行っていく。


ここら一帯の地形はせいぜい緩やかな斜面がある程度でゲーツでも問題なく走れる地形だ。 ただかなり暑い。 この砂漠を抜ける前に兵士達が全員干からびるかもしれない。


遠くを見渡しても同じような地形がずっと広がっているだけでこの砂漠に終わりは無いように見えた。


進んでは時々停止し、双眼鏡で偵察し、再び進んでは停車して偵察。 そんな事を繰り返しながらゲーツの周囲をぐるっと回った。


「ふぅ…この地形なら特に問題はなさそうだな。」


アーレントはもう何度目かわからないが額の汗を拭った。 他の兵士もクタクタで一心に水を求めているようだ。 …ただ1人一方向をずっと双眼鏡で見ているエリルを覗いて。


「何やってんだエリル? もう偵察は終わったからゲーツに戻るぞ。 早く水を飲んでエアコンの風を浴びないと死んじまうよ。」


「ねぇアーレント、あそこで何か動いてない?」


「あそこで何か動いてるのか?」


エリルの見ていた方角を双眼鏡で見てみると確かに何かが動いている。 それもかなり大きい。


「砂の波?」


遠く離れているのでよく分からないが何となくそう見えた。 次第にその物体が接近してくるとその正体は明らかになった。


「あれは…虫だ!それも馬鹿でかい!!」


双眼鏡で見えたのは数百匹単位でこちらに迫ってくる砂色の人間サイズの虫だった。


6本足でカサカサと動きながら猛スピードで波の如く迫ってくる虫を見て班長含む班員全員の顔が真っ青になった。


「急いでゲーツに戻るぞ!!」


バイクをアクセル全開で走らせ、ゲーツの後部ハッチに辿り着くと、急いでハッチの開閉ボタンを押し、ハッチを閉じた。


ハッチが閉じ終わると同時に車内から銃声と砲声が幾つも鳴った。 恐らくアレドア大佐もあの大群に気付き、搭乗員に迎撃態勢を取らせたのだろう。


「クソっ!何なんだアイツらは!?」


「知るか!!もっと撃て!弾幕を絶やすな!!」


大群には右側面の対戦車砲と二連装機銃だけでなく主砲の38cmWd36三連装砲や9cmGd29、2cmAc35四連装機関砲まで迎撃に回していた。


虫の大群は跡形もなく吹き飛ばされるが、勢いは止まることを知らない。 大群との距離は次第に縮まっていき、とうとうゲーツに到達した。


「ゲーツに張り付かれたぞ!」


大量の虫がゲーツの側面、上部、あらゆる所に張り付き、砲の死角にいるので掃討することが出来ない。そして、車内にある音が聞こえてきた。 それは金属を強く叩く音。


「この音は……まさか!」


誰よりも早く気付いたのはアーレントだった。 この音の鳴っている場所を辿るとそれは理解することが出来た。


「奴ら…ハッチを破壊して中に入ってくるつもりだ!!」


ゲーツの車体には多くの搭乗員が出入りできるよういろんな場所に複数のハッチが取り付けられている。 虫が破壊しようとしているのは上部ハッチだろう。 上部ハッチは後部と比べてかなり薄く貫きやすいからだ。


「まずいぞ!早く奴らを迎え撃つ準備をしねぇと!」


偵察班は自動小銃を構え、音の発信源である上部ハッチまで向かった。 辿り着くと、ハッチは既にかなり凹んでいて今にも破壊されそうな状態になっていた。


「迎撃用意!例えハッチが開いてもあの大きさだと1匹ずつしか入れない!」


いつの間にか俺が班員に命令してしまっているがそんな事をいちいち気にしてる暇はない。 もうハッチはあと一撃食らえば壊れる位にまで損傷している。


そして……


ガコォォン!!


ハッチは破られた。


「来るぞォォォ!!!」


ハッチが破壊されたとほぼ同時に虫が入り込んできた。


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!


「撃て!奴らをここで食い止めるんだ!」


次々と入り込んでくる虫を自動小銃で蜂の巣にしていくが虫の入ってくるペースがかなり早く、5人でも迎撃が追い付かない程だった。


虫の死体はどんどん積み重なっていき、死体を盾にする虫までいる。


「他の兵士はまだ来ないのか!?」


すると今度は別の方向から銃声が聞こえてきた。 別のハッチが破られたのだ。


「あっちはあっちで手一杯なのかっ…!」


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!


5人で撃っているとはいえ弾が切れると再装填の間に弾幕が薄れ、虫の接近を許してしまう。


「ここら辺にハッチを塞ぐ物は無いのか!?」


「無いよそんなもの!!」


もうすぐ予備の弾倉が無くなろうとした時、突然虫が1匹も来なくなった。 突然の事に5人はキョトンとし、自動小銃を下げた。


「あれ? 急に来なくなった?」


「待て!全員静かに。」


班員が静まるとアーレントは耳をすませた。 すると、車内の奥から音が聞こえるのが分かった。 銃声もその中に混じっている。


「もっと不味いぞこれは…。」


「な、何が不味いの?」


「この音から察するに…多分、車内に侵入された。」


それを聞いた瞬間、班員は青ざめた。


「ちょっとこのハッチから上を見てみる。」


梯子を登り、ハッチから顔を出すとそこには虫はもういなかった。


「侵入してきたのは生き残ったごく僅かだ。 俺達も殲滅に向かうぞ。」


アーレントは班員を率いて音のする方向に向かった。


──────────────────

あれから数十分位経つが、虫とはまだ交戦していない。 だがいつ、どこから現れるか分からないので5人で全方位を警戒しながら進んでいる。


「何だかやけに静かになったな…。」


今聞こえる音は偵察班の足音と服が擦れる音のみ。 虫の足音1つ聞こえやしない。

歩き続ける内にブリッジに辿り着いた。


「これは……。」


ブリッジ内には破壊された主砲塔上部のハッチと大量の虫の死体と人間の血だった。 アーレントは血溜まりに近付き、近くに兵士の死体がないか見て回る。


「…!!アーレント!虫がそこに!!」


エリルの声を聞いた時には既に遅かった。

物陰に隠れていた1匹の虫はアーレントに飛びかかり、鋭い前足で思い切り胸を突き刺した。


「がっ…!あっ…!」


「アーレント!そんな…嫌…」


エリルは絶望に呑まれ、自動小銃を構えようとしても手が震えて狙いがつけられなかった。 他の兵士も半ば放心状態だ。


「な…にをしてやがる!早く…ゲボッ! …撃て!!」


口と鼻から血を吹きながらもアーレントは班員に撃てと命令した。 その命令で我を取り戻した班員はアーレントに当てないように虫に集中砲火を浴びせた。


虫は前足をアーレントの胸から引き抜き、ヨタヨタとよろめきながら体液を撒き散らし、動かなくなった。


班員は胸を刺されたアーレントの元へ駆け寄ったがアーレントは既に息をしていなかった。 虚ろな目は班員とエリルを見つめているようにも見えた。 エリルも死体に歩み寄り、穴の空いた胸に顔を埋めた。


「アーレント…嫌だよ…こんな…こんな終わり方なんて…お願いだから起きてよ…アーレント…。」


──────────────────

その様子を遠くから見ている者がいた。


「爆発音がしたと思ってきてみれば…こんな砂漠に城なんてあったかのぉ?」

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