第2話 天変地異
1942年 9月24日
「前方に敵戦車!数は20!全て15cm級、もしくはそれ以上の自走砲です!」
ある日、砲塔上部のハッチから半身を出して周囲の索敵を行っていたアーレントは前方に多数のミエラ軍戦車を視認した。
敵戦車はミエラ陸軍のK-41自走砲といい、その武装はM57 20cm砲と戦艦の副砲並の大口径の主砲を装備している。
「副砲!撃てぇ!!」
バゴォォォォォォォォォォン!!!!!
バゴォォォォォォォォォォン!!!!!
アレドア大佐が指示を出すと凄まじい爆発音を放ちながら二連装砲を交互に撃った。
交互に撃つのは再装填時の無防備な時間を少しでも短くする為だ。
片方が撃ち再装填している間にもう片方が撃ち、もう片方が再装填している間に片方が撃つといった感じだ。
これにより、継続した射撃が可能になる。
ついでにアーレントは着弾観測はしない。 なぜなら他の奴が既にやってるからだ。
『着弾を確認!距離は合ってる!右に10m修正!』
二連装砲がウィーンという音を立てながら照準を少しずらして敵戦車を指向した。
『装填完了!』
装填手が次弾の装填が完了したとアレドア大佐に無線で伝えた。
「撃てぇ!!」
バゴォォォォォォォォォォン!!!!
バゴォォォォォォォォォォン!!!!
『全弾命中!敵戦車2両撃破!』
15cmの徹甲榴弾を食らったK-41は車体がひしゃげて動かなくなった。
搭乗員が脱出する様子も伺えない。 あまりあの戦車の中の惨状を想像したくはない。
『発射煙を確認!被弾します!!』
キュルルルルルルルルル………
バキィィィィィン!!!!
風を切り、弧を描きながら飛来してきた20cmの砲弾はゲーツの正面装甲に命中し、金属と金属が激しくぶつかり合い、火花が散った。
「損害を報告せよ!」
アレドアは先程の被弾による衝撃で少しふらつきつつも無線で搭乗員に損害報告をさせる。
『敵砲弾は跳弾!損害軽微!戦闘継続可能です!』
このゲーツの正面装甲ならたとえK-41の主砲でさえ弾くことが出来る。 これが大量の鉄と時間で作り上げた性能だ。
「右に旋回せよ!左側面の対戦車砲は全て射撃態勢を取れ!」
エンジンを唸らせ、ゲーツは超信地旋回でゆっくりと左側面を敵に向ける。 左側面の対戦車砲は既に装填を完了しており、射撃許可を今か今かと待ち構えている。
「…撃ち方始めぇ!!」
ドォン!! ドォン!! ドォン!!ドォン!! ドォン!! ドォン!! ドォン!!
ドォン!! ドォン!! ドォン!! ドォン!!
装甲の薄いK-41にとってあの量の砲撃はとてつもなく脅威だった。 鈍足なK-41は逃げられる筈もなく瞬く間に撃破されていく。
先程までK-41がいた場所は煙や砂埃で全く先が見えなかった。 その煙もたちまち晴れてくると少しずつ敵の様子が確認出来るようになってきた。
『視界晴れます! ……』
観測手はまだ完全に敵の様子を確認できておらず、双眼鏡で全て撃破されたかを双眼鏡越しに目を凝らしている。
『…敵戦車、全て撃破!!』
結果はゲーツ1両の勝利だ。 撃破されたK-41はグシャグシャに潰れ、原型を留めていなかった。
「終わったかぁ〜。」
観測手とは別のハッチからその様子を見ていたアーレントは安堵でため息を漏らした。 何しろアーレントはこの日が初戦闘なのだ。 現場にいる時の緊張感はかなりのものだ。 心臓が破裂する思いで双眼鏡を握っていた。
「おーい、アーレント。 そろそろ交代だよ〜。」
車内から聞こえた声はエリル・デスター、アーレントの元同期で階級も同じ上等兵だ。 ノーラ帝国は男女平等を掲げているのでエリルのような女性でも軍の士官になったり出来る。
ただエリルは少々…いやかなりの大馬鹿で軍学校でも成績は一二を争う馬鹿っぷりを発揮し、同期からアホの子と言われまくっていた。
ただ実技ではそれなりの実力があり、上等兵までは進級することが出来た。(俺の助けありで)
「エリルか、んじゃ見張り頼んだぞ。」
「りょーかーい〜。」
ニコニコと笑みを浮かべながら俺に敬礼すると梯子を登って行った。 エリルはスタイルはそれなりにいい方で軍学校でも男子からは結構人気があった。
それとあの絶望的なアホさが可愛いんだとか。 告白した奴もいたな。 まぁ玉砕したが。
梯子を登り終えて砲塔から半身を出して見張りをしているエリルを見ていると自然と視線が尻に集中してしまう。
軍学校では男女半々位の割合だったのでまるで男女共学の高校みたいな感じで別に女に飢えている訳では無いのだが……こういうシチュエーションになると未だ思春期の俺はついつい性欲を持て余してしまう。
仮眠時間を使ってトイレで自家発電をしているのは秘密だ。
──────────────────
1942年 9月30日
今日はやけに天気が悪い。 外では大雨が降り注ぎ暴風が吹き荒れている。
まぁこんな天気で航空機も戦車も来ないだろうから俺とエリルは仮眠室で命令があるまで休憩中だ。
過去にゲーツの仮眠室を男女別々にするべきと意見があったが、いくらゲーツの巨体でも流石にそれは出来ないと却下され、仮眠室は男女共同である。
「はぁ〜雨の日って憂鬱だな〜。」
エリルは二段ベッドの上で愚痴をこぼしながらゴロゴロと左右に転がっている。
「ほぉ、お前でも憂鬱という言葉は理解出来るんだな。」
若干馬鹿にするように二段ベッドの下に座っているアーレントがにやけ顔で言った。
「もぉ〜!私だってそれくらい分かるよ〜!」
「そうか、だったらこの陸上戦艦、ゲーツという名前の由来も分かるよな?」
「そんなの簡単!え〜とね、〜え〜と…確か…あぁ〜…。」
「分からないんだな。」
「もぉぉ〜っ!馬鹿にしないでよ!」
ベッドの上でエリルが頬を膨らませ、プンスカと怒っている。 なるほど、同期の男子が可愛いと言っている理由がこれを見てるとよく分かる。
「じゃあ無知なお前に教えてやろう。 ゲーツってのはノーラの伝説に出てくる戦士が持っている盾の名前だぞ。 そしてその盾は伝説では邪神の渾身の一撃すらも弾き、邪神は跳ね返った自分の攻撃で死んだんだとか。」
「へぇ〜何だかその邪神って馬鹿だね〜。」
「お前に言われたら邪神もさぞかし屈辱的だろうな。」
「だから馬鹿にしないでってば〜!」
談笑を楽しんでいると突然、アレドア大佐から無線が全回線に入った。
『暴風雨が強さを増して来ている。 整備員は非常時の為に準備をせよ。』
「なんだ、俺たちじゃないのか。」
正直、アーレント達の仕事はほとんど無いに等しいので何か仕事を与えられると期待したが、生憎仕事を与えられたのは整備員達だった。
「いいじゃん、仕事が無いと楽できるし。」
「兵士の言う台詞じゃねぇな。」
「別にいいじゃん、兵士だって人間──」
ゴガァン!!
「きゃっ!?」
「うぉっ!なんだ!?」
突然ゲーツが大きく揺れ、エリルが危うく二段ベッドから落ちる所だった。
「敵襲か!?」
「と、とにかく無線で連絡を取ったら?」
仮眠室にある備え付けの無線機を手に取り、他の搭乗員と連絡を試みた。
「こちら2号仮眠室、何があった整備班?」
『エン…ザザッ…ない…ザ…ペリスコープからは……な…ザザッ…』
無線から聞こえる声は途切れ途切れで雑音も多く混じっていた。
「こちら2号仮眠室、よく聞き取れない。 もう一度言ってくれ。」
『ザザ…ザッ………………ザザッ…。』
「駄目だ、雨のせいか分からんが連絡が取れない。 ちょっと直接話を聞いてくる。」
そう言って仮眠室を出ようとするとエリルが慌てて二段ベッドから飛び降り、アーレントに歩み寄った。
「待って!私も行く!」
「別にいいが…もしかして1人が怖いのか?」
図星だったのか急にエリルの顔が真っ赤に染まる。
「ち、ちちち違うよ!! 手伝おうと思っただけだから!!」
何だか声が上ずっているが非常事態なのでそれはスルーしてエリルと共に整備員がいるであろうエンジンルーム辺りに向かった。
エンジンルーム付近にて
「おーい、整備員はいるか?」
通路に向かって呼び掛けると奥からゾロゾロと整備員が出てきた。
「アーレントにエリルか!」
「無線が繋がらなかったもんでな、直接何があったか聞きに来たんだ。」
「そうか、だったらこっちに来てくれ。」
奥に戻っていく整備員達の後について行き辿り着いたのはエンジンルーム。 部屋の中心には巨大なエンジンがある。
「こっちだ。」
そのエンジンルームを過ぎて行くと側面の対戦車砲と二連装機銃が並んでいる通路まで来た。
「これを見てくれ。」
整備員が指さしたのはペリスコープだった。 言われた通りペリスコープを覗いてみると…真っ暗だ。 一面が真っ暗で何も見えない。
「あれ? 今夜だったっけ?」
不審に思い、腕時計を見ると短針は昼の1時を指していた。
「どうなってんだこりゃ?」
「俺達にも分からねぇ。 ペリスコープを取り替えてみたりもしたが真っ暗なまんまだ。」
「となると外が真っ暗なのか。」
ペリスコープを覗きながら顎に手を当てているとまたもやゲーツが大きく揺れだした。
「うわっ!またかよ!」
「これは地震の揺れ方じゃないぞ!」
ゲーツはとてつもない揺れで中の搭乗員をシェイクしていき、それが数分間続いた。
数分後、何とか揺れは収まり、床に伏せていたアーレント達は立ち上がった。
「やっと収まったか…。」
「うぅ〜怖かったぁ〜。」
何となくペリスコープをもう一度覗いてみると異変に気付いた。
「外が見えるようになったぞ! だが…外の様子が少し…いや、かなりおかしい。」
「どういう事?」
今度はエリルがペリスコープを覗くと外の様子に呆然とした。
「外の様子の何がおかしいんだ?」
整備員は外の様子を見たアーレントに聞いてみた。
「信じられないと思うが…」
整備員は思わず唾を飲んだ。
「俺達は今、砂漠のド真ん中にいる。」
「「「……………………はぁ?」」」
整備員達の声はピッタリと重なった。
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