第2話 人間の女奴隷をさらってきた魔王・ザレの恋

 我の名はザレ。魔王である。目標は人間を滅ぼし、魔物だけの王国を繁栄させることだ。

 着実に領土も増え、人間側の勢力も削ぎ、まさに順風満帆。向かう所敵なしである。


 しかし、そんな我にも悩みができた。


 その原因が、今目の前にいる人間の女奴隷・フィリムである。


 先日、ちょっとした戯れに奴隷売買をする組織をまるごと潰したのだ。そこにいた奴隷の中から、一人の女を連れてきたのが運の尽き。


 これがもうはちゃめちゃに可愛かったのだ。


 ねぇ本当に人間なの?実はエルフで天使とかそういうオチじゃない?どうして人間でそんな透き通った肌と長い睫毛に澄んだ空のようなブルーの瞳を持っちゃったの?神ですら君を創った時にはガッツポーズしたの?


 とにかく、可愛い。


 しかし、我は魔王だ。人間を妻に娶ることなどできない。せいぜい彼女は、勇者たちの前で囮に使うぐらいしか利用価値は無いのだ。

 何度も、自分にそう言い聞かせてみてはいたのだが---。


 いざ、彼女を目の前にすると全ての目論見が萎れてしまう。だって可愛いのだ。

 フィリムはここに来てからずっと怯えているようで、可哀想である。なんとかその心を解きほぐし、なんやかんやで仲良くなりたいが……。


 その時だった。


「お邪魔しましてよ!」


 誰もいないはずの玉座の後ろから、高らかな声がした。驚いて振り返ると、そこには全身を赤の衣装で統一した人間の女が立っていた。


 誰だこの人間さらってきたヤツ。趣味を疑うぞ。


「アタクシは異世界専門恋愛アドバイザーの園恋ミノル。突然だけど、アナタ、恋してるわね?」


 ズバリと言われ、慌ててフィリムの表情を確認する。彼女は、なぜか外の景色に気を取られているようで、この人間には気づいていなかった。


「さらってきた奴隷に恋して、できることなら結ばれたい。だけどそれは魔物の禁忌に触れること……。アナタは、自分の心と魔王である身に挟まれて、葛藤している。違うかしら?」

「な、何故それを……?」

「理由は他でもない、アタクシが恋愛アドバイザーだからよ」

「いや、だからなんだそれ……」


 厄介な人間が来たものである。とにかく、目障りであれば消してしまえばいい。我は闇の呪文を詠唱しようとしたが、その前に彼女の人差し指が我の口を押さえた。


「おやめなさい。みっともなくてよ」

「……!」

「このままだと、アナタは全てを失うことになるわ。魔物からの信頼も、彼女からの愛も、全て。なぜって?アナタは今、どっちつかずの状況だからよ」


 そんなことはわかっている。


 我は、魔物の王であるべきだ。しかし、フィリムが可愛い過ぎるのである。殺してしまうのも、囮にするのも、惜しい。だが、彼女の愛は勿論我に向けられてなどいない。


「……まったく、困ったボーヤだこと」


 頭を抱える我を見て、人間は笑った。


「アナタも魔王なら、全てを手に入れる覚悟をなさいな」

「全てを?」

「ええ。世界も、彼女の愛も手に入れるの。無理かもしれないと考えるから、恐れが湧くわ。どうせ悩むなら、全てを掴む方法を探しなさい」

「……しかし、わからないんだ」

「何が?」

「人間の奴隷に、どうやったら心を開かせられるのか」


 そう。全て手に入れられるなら、とっくにやっている。その方法が皆目見当がつかないのだ。

 うなだれた我に、人間は凛とした声で言う。


「そんなの簡単じゃない」

「簡単だと?」

「そうよ。今まで人に虐げられ、誰も信用できなくなったレディーにしてあげられることなんて、相場が決まってるわ」


 突然現れた一筋の光明に、我は顔を上げて人間の小さな目を見た。人間は、自信満々に言い放つ。


「それは、料理よ!」

「料理?」

「しかも、魔物用のじゃない、人間の料理。うまくできなくったって構わないわ。大切なのは、彼女の為に、調べ、作ること。できればシチューがいいわね。温かいし絵的にもよく見る」

「貴様が時々何を言っているのかわからん」

「そしてサプライズでやるのよ。長いテーブルに、ポツンと二人だけで座って食べるの。そこで、二人で食べるとこんなに味が違うんだな……とか言って微笑みなさい。そうすれば次の日から一緒に食べてくれるから」

「本当か!?」

「本当も本当よ。よくあるわ」

「よくあるのか……」

「あと、アナタは彼女が魔物に受け入れられないんじゃないかと危惧してるけど、心配しなくていいわ。彼女はアナタよりうまく魔物とやるし、ゆくゆくものすごい力に目覚めるから」

「なんだと」

「だから、アナタは料理に専念なさい。そうすれば、彼女の一番の好物はアナタの作ったシチューになるわ」

「本望だ」


 相変わらず、窓の外に気を取られているフィリムの横顔を見つめる。---なるほど。人間の言うことを間に受けてみるのも、一興かもしれない。


「人間、ところで貴様、シチューとやらの作り方は……」


 尋ねながら玉座の後ろに顔を向けたが、既にそこには誰もいなかった。

 まあ、それもそうだな。ちゃんと自分で調べて、作ってやらないといけない。


 他でもない彼女の為なのだから。


 我は一つ伸びをすると、フィリムに声をかけてから、足早に書庫へと歩いて行った。

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園恋ミノルがお邪魔しましてよ! 〜異世界専門恋愛アドバイザー伝説〜 長埜 恵(ながのけい) @ohagida

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