3日目以降

 ポッカリあいた穴を見て、おれは呆然とする。

 逃がした魚は、すぐ群れに混じる。


「お兄ちゃん、ヘタ! お姉ちゃんは3匹も取ったんだよ、ね〜っ、お姉ちゃん?」


 罵声を浴びせる妹。

 ちくしょう。


「金魚すくいなんかより鉄砲のほうが得意なんだよ、おれは」


「やったことないクセに〜」


「むかしよくやってたんだよ、ここの鉄砲」


「うそだね〜、引っ越してきたばっかりなのに」


「おまえが生まれる前に、ここいらに住んでたんだよ」


 妹は、容疑者を信用しない刑事のような顔つきだ。

 けど、この神社の境内けいだいにはよく来てたんだよ。

 夏祭りだけは、お袋と一緒だったな。

 いつもほったらかしだったのに。

 父親はもういなかった。

 顔も知らない。


「鉄砲が上手だったっていうのは、ホントのことよ。あたしが証言する」


 幼なじみが助け船を出してくれた。


「タカシくん、悪い犯人のように射撃はスゴかったわ」


 イジワルそうに笑うマミは、たしかにメチャクチャかわいい。


「犯人で悪かったね」


「全くマトを外さないから、大人がみんな驚いてた」


 そう。

 驚かせたかった。


 いや、そうじゃない。

 スゴいひとになりたかった。


 いいや、本当はそうじゃない。

 ただ、ほめられたかった。


 まだ見ぬ誰かに。


「はい、焼きそばとドッグ。ラムネもよ」


「わーい、ヤキソバ、ヤキソバ」


「これだよな、祭りは」


「今日もあたしの作る夕飯、食べたかったでしょ?」


 マミは静かに頬を盛り上げる。

 冗談のようで、本気のようで。


 もう少しで肩に届く栗色の髪。

 小ぶりな顔が背を高く見せる。


 プリントTシャツはタイトだ。

 なんだか、いいにおいがする。


 これが、あの無口で笑わないマミちゃんかよ。


「あたしの胸とかクビレとか、ガン見するのを許可します」


 目のやり場に困っているおれを茶化す。


「ムネ! クビレ! お兄ちゃん、いやらしい!」


 うるさい。おれがいったんじゃねーだろ。


「ハラ減った。出店のもの、もっと食おうぜ。お袋から金もらってるんだろ」


 ヤキソバ&ドッグのあとは、タコ焼き&トウモロコシ。

 イカのポッポは、おれが嫌いだから却下した。

 あと、タイ焼きにクレープにチョコバナナ。

 デザートはりんご飴、スムージー。

 女ふたりは赤青のかき氷も。

 おれは虫歯がシミるから辞退。


 食欲が満たされると、また遊びだ。

 ミニボウリング、おもちゃ釣り、スーパーボールすくい。

 何かをすくうヤツは、おれはもうやらない。

 

「やったー、ユキちゃん上手!」


「やった、やったー!」


 輪投げゲームの商品をゲットして、小おどりするふたり。

 そのあとのマト当てボール投げは、マミが主役だった。

 最初のトライで1等賞をゲットしやがった。


「あたし、ソフトボールのピッチャーなの。県大会ベスト4」


 たしかに下から投げてたな。

 じゃあおれは、むかし取ったキネヅカといくか。

 鉄砲射的。


「くそ、1個、しくじった」

 

 打率9割。10年ぶりにしては、まあ上出来だ。

 と、ふり返ると、マミはおれを見ていた。

 煙るような目もとは、何かを語りかける。

 遠い遠い日の記憶、だろうか。





「楽しかったね」


 神社の裏、切り立ったガケの上の小さなベンチ。

 街の夜景を見下ろす。

 妹はマミのヒザで寝息を立てている。


「あのときも、ここに座ったのよ。タカシくんは100発100中で、あたし、ホントにびっくりしたの」


「そうだっけ。忘れたなあ」


 よく覚えている。

 震える手で、1発1発なんとか仕留めた。

 最後は、神様だか仏様だかにお願いして撃ったっけ。


「タカシくんが、あたしにいったの。ぜったい会いに来るって、スゴくなったおれのところに、あっちから来るって」


 そう。

 スゴくなったら、ほめてもらえる。

 見たことも、もしかしたら触れたこともない、誰かに。


「だからあたし、死ぬのやめたの。スゴいひとになって、お母さんにほめられようと思ったの。がんばろうって思ったの」


 そう。

 このガケから飛び降りるのは、やめになった。


「でもね、いまは違うの」


 眼下に街のが輝く。


「ある人の気を引こうと、ある人に認めてもらおうと、がんばってるの。勉強もソフトボールもボランティアも」

 

 それ、おれか?


「カン違いしないでね。ある人っていうのは、天国のお父さん。あたしもお父さんのような仕事がしたい。世界中を飛び回りたい。知られていない悲劇を、みんなに見せたい。なんとかしたい」


 マミの整った眉が、きりっとしてカッコいい。


「けどさ、将来、飛び回る仕事したら、自分の子どもが不幸になるじゃん」


「タカシくんやあたしは、ちょっと不幸だったけど、それ以上に素晴らしいものを親からもらったでしょ? あたし、いまが不幸だなんて思わないわ」


 マミは、また煙るような目でおれを見た。


「あたし、幸せ。アメリカ行く前にタカシくんに会えたし」


 そういったあと、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、マミは付け足した。


「同棲できたし」


 街の灯がまたたいたような気がした。



       *



 父親が死んで、マミは祖父に養ってもらっていたそうだ。

 だが半年前にその人がガンで他界して、彼女はひとり暮らしになった。

 そしたら、最近あるアメリカ人の女性が面倒を見たいと申し出た。マミの父親に大きな恩があるという国連職員で、マミはよく知っている人らしい。


 夏祭りから4日後、同居生活が1週間たって、マミはNYへ向けて出発した。

 ナイトフライトだったから、空港までいっしょに行けた。

 妹が泣きじゃくって困った。


 小さくなるジェット機を見ながら、おれは思った。

 スゴくなってやる。

 負けねえぞ。

 

 








 



 

 

 

 

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カタオヤどうしの恋 瀬夏ジュン @repurcussions4life

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