2日目

 子どもたちが石を投げている。

 みんなボロい身なり。

 うす汚れた顔。

 憎悪で見ひらかれた眼。


 バカだよな。そんなことしたって、なんも変わらねえよ。

 だいたい装甲車とか戦闘機とかにかなうわけねーだろ。文明の度合いが違うんだよ。気づけよ、いい加減。


 ずいぶん前に、テレビを見ながらそんなことをつぶやいた時、おふくろにビンタを食らった。


「今回は軽めにしとく。なにも知らなくていいと思ってる平和ボケに1発」


 たしかに、いつもより優しいタタき具合だったっけ。


「次に分かってなかったら、思い切りいく」


 それから、世界情勢について少しググってみた。

 しいたげられているひとたちが、信じられないほど多くいるのだった。

 子どもたちは石を投げるしかないんだと理解した。

 双方に事情があるんだろうが、なんとかならないもんかと、ちょっとマジメに思った。


 おふくろは、海外の紛争地域によく取材に行っていたらしい。おれが幼児だったころの話だ。妹がお腹にできたときに、危ない場所に行くのはやめたそうだ。


「カズさんがうらやましい」


 仲間のジャーナリストのことを、よく話していた。


「死ぬまでやるつもりなのよ。男って、まっすぐ」


 そんなことをいう時もあった。

 おれじゃないどこかに向いた目は、なぜか悲しげだった。

 そのあと何年かたって。

 異国の地で、日本人が流れ弾に当たって死んだと報道された。

 立川カズキという名だった。

 

《お手伝いさん、メチャクチャかわいいでしょ》


 おふくろからメッセージがあったのは2日目だった。

 

《あんたは忘れてるかもしれないけど、マミちゃんよ》


 マミちゃんは忘れてはいない。同い年の女の子。

 大きな男の人に連れられた、無口で笑わない子。

 忘れちゃいない。

 ただ、こんなに女らしくなってるなんて知るはずはなかった。

 むろん、まっすぐ行ったきりになった人の娘だということも。


 今日の朝食もウマかった。


「いってらっしゃい」


 立川マミがいう。

 おれはこたえる。


「いってきます」


 早起きして、ごはん作って洗い物して、妹を送り届けてから、学校へ。夕方は早退して妹を迎えに行ってくれる。夕食も作ってくれて、掃除も洗濯もしてくれる。


 スゴいヤツだ。

 申しわけない。



       *



「立川さんって、一目置かれてるのよ」


 授業が終わると、すぐにリカが寄ってきた。


「小金井くんはまだ知らないと思うけど、有名なの彼女。キレイだし頭もいいし、なにより、スゴいのよ」


 やっぱり?


「スゴいって、なにが?」


「行動が」


 コウドウ。


「この学校をゴミ拾い大会で優勝させたのは彼女。観光ガイド活動で商店街から感謝されたのも彼女のおかげ。募金活動で表彰されたのも彼女の努力のたまもの。ボランティア優秀校で総理大臣賞を受賞したのも、彼女あってのこと」


 そ、そりゃ、スゴい。


「そんな立川さんが、あなたと同棲してるなんていうんだから、もうわたし……」


 残念ながら、このちょっとかわいい子は、おれに嫉妬しているらしい。


「いや、その、同棲っていうのとは違うんだけど。妹もいるし」


「なにかワケがあると、わたしは思ったの」


 ぱっちりと開いたリカのまぶた。


「小金井くんって、何者なの? どんな秘密があるの?」


 彼女の黒い瞳に、おれの顔が写っていた。それはゆれて見えた。湖面に反射する遠い日の記憶のように。





 

 

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