カタオヤどうしの恋

瀬夏ジュン

1日目

 目がさめたら、スマホの表示は6時半だった。

 またか。アラームは7時半にしといたのに。

 今度の高校は近いんだから、もっと寝てていいんだよ。クセってのは、すぐには消えないもんだなあ。

 あーあ。もう寝れない。いっかい目あけたら、もうダメ。ニドネできる人がうらやましい。

 

 いつものように顔を洗って、うがいして。

 ハミガキチューブとブラシは、あとで使うように置いとく。食事するんだから、そのあと磨く。

 と、ここで思い出した。おふくろ、今日からいないんだった。取材で南米に行くとかいって、昨日の夜に出て行ったんだった。

 ということは、また朝メシ抜きか? 


 いや、「ご飯の心配はしなくていいよ」とかいってたような。「洗濯も大丈夫」とかも聞いた気がする。

 なんか、家政婦さん、頼んだのかなあ。

 ミータとか、ミタミタとか、ミタッケとか、そういう系が来たりして?

 けどそれ、めんどくさいな。


 かなんか思いながら、キッチンに行くと。

 誰かがいる。

 エプロン姿。

 細身のシルエットは、もちろん、おふくろじゃない。

 横顔が見えた。

 若い女。

 

「あのー、家政婦さんとか、ですか?」


 女は一瞬ピクッと反応したが、こっちを向かない。

 と、背を向けたまま声を出した。


「え? 聞いてないの? こまるわ〜」


 女は半笑いだ。

 バカにしてる? おれの声が震えていたからだろうか。

 女は、やっとこちらを向く。


「あたし、立川たちかわマミ。身の回りのお世話をします」


 おれの目を見る。

 探るような、期待を込めたような、まっすぐな視線。

 おれと同じ高校生くらい。

 肩にかかるくらいの髪。

 なんと、美人。


小金井こがねいタカシです。よ、よろしく」


 ドモった、ちくしょう。


「知ってるわよ、タカシくん」


 なぜか責めるような声。女の口角が妖しくつり上がる。


「あたし、あなたと同じ高校、同じ学年。これから1週間、楽しみ」


 おんなじ高校、おんなじ学年?

 

「転校してきたばっかりのタカシくんとは、まだ学校で会ったことなかったね。あたしA組」

 

 おれF組。

 けど、え? なに? 

 1週間だって?


「はい、できたー、朝ごはん。まるまる太った蜂の子のソテー、甘い甘いイナゴのコンフィを添えて」


 は?


 おれは氷結した。

 そのときのおれの顔は、ムカデとクモの格闘を見てしまったような感じだったろう。

 

「まさか、本気にした?」


 ベーコンエッグの香りがした。





 いつもと違う朝食を、おれはいつもより早く食べ終えた。

 ウマかったから、ごはん一杯、おかわりした。

 もちろん、蜂の幼虫でもバッタの佃煮でもなかった。

 突然あらわれた美少女と過ごす早朝、不思議なひと時だった。

 まだ寝ている妹を、この女に託してもいいかなと思った。

 なぜそう思ったのか、おれはまだ分からなかった。


 玄関からマンションの通路に出る時、後ろから声がした。


「いってらっしゃい」


 おれは、こたえた。


「いってきます」


 マミは、これから妹を起こして食べさせて、小学校に送って、それから学校へ行くらしい。

 遅刻しない? ってきいたら、あたしのプランにミスはない、っていい切った。

 授業終わったら、ひと足さきに帰って夕食の支度をするんだろうか。それとも、やっぱゴメン、これからずっとコンビニ飯です、ということになるだろうか。それでも、掃除とか洗濯とかはしてくれるだろうか。おれのパンツとか、洗濯機に入れて、乾かして、たたむだろうか。毎日いっしょに朝を迎えて、いっしょに夜を迎えるんだろうか。


 恋が芽生えるんだろうか。


 まあ、ないだろう。



       *



 学校は、いつも通りの日常だった。

 ノートをとり、あくびをし、まだ転校して3日目で友達がいないから誰とも会話のないままあんまりウマくない昼の学食を食べ、たまにリカの顔を盗み見て……。いや、リカというのは国分寺リカという同級生で、ちょっとかわいくて……。


 いつもと違うことが起きたのは、放課後だった。 


「あのさ……」


 国分寺リカが、おれのところに来た。


「小金井くんに、訊きたいことがあるんだ」


 そろそろだと思ったんだ。やっぱ、転校生には興味がわくもんだよな。


「あのね、立川さんと同棲してるって、ホント?」


 はあ?

 なにいってんの。

 高校生が同棲なんてするワケねえでしょう。

 立川?


「あ……」


 なんで知ってんの。

 いやいや、違う、同棲じゃないぜ!


「立川さんがいってたの。同棲始めましたって。もう学校中に広まってる」



       *



「おれと同棲するなんてヘンなデマ流して、いったいどういうつもりだよ!」


 家に帰ると、マミは妹とじゃれ合っていた。


「お兄ちゃん、声が大きい。うるさい。うざい。ね〜、お姉ちゃん?」


 妹のユキは、すっかり手なずけられていた。

 

「お姉ちゃんといっしょに、晩ゴハン作ったの。おいしいよ。ね〜お姉ちゃん?」


 奇妙な1週間が確実に始まったことを、おれは思い知った。

 







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