後編
地下には昨日と同じく草吉がいた。基本的に草吉は、地下にいることを琴緒は思い出した。昨日と違うのは、その書庫に偶然文子も居合わせていたことである。文子はちょうど、草吉と話をしているところであった。二人はすぐに、琴緒に気が付いた。
「あれ、琴緒ちゃんどうしたの?」
文子が話しかける一方で、草吉は勘付いた表情に変わった。
「もしかして、また怪書が見つかったんですか?」
「えっ!?」
草吉の言葉に真っ先に反応したのは、文子の方であった。
「はい…それも、またあっさり確保できてしまって…」
琴緒が話し終わらない内に、文子が慌ててやって来た。
「昨日捕まえたばっかりなのに!?」
驚く文子に対して、琴緒は頷くことしか出来なかった。
「昨日と同じような状況だったのですか?」
いつの間にか近くにいた草吉の問いに、琴緒は“はい”と返事をした。
「その怪書、見せて貰っても良い?」
食い気味に文子に頼まれた琴緒は、怪書を渡す。文子は昨日の草吉のように、黙ったまま頁をめくった。
「今回は朱い本かあ…。似たような色の怪書はいくつもあるけど」
「例によって、中身は白紙ですね」
文子と草吉は互いに顔を見合わせ、唸った。
「やっぱり、二日連続で怪書が出た、ってことは今までなかったんですか?」
琴緒は困惑の表情を浮かべている二人に尋ねた。
「はい、僕の記憶には無いですね」
「私もこんなことは初めてだよー」
草吉に加えて、とてつもない記憶力を誇る文子が言うのであれば間違いないだろう、と琴緒は得心がいった。
「取り敢えず、この怪書も禁書庫に収蔵しておきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
琴緒は怪書を草吉と文子に任せ、業務に戻った。その日は終業時刻の一秒前まで怪書がまた出現しないか気にしていたが、結局、怪書が現れることはなかった。
◆
“二度あることは三度ある”という諺があるが、二度はあってもさすがに三度目はそうあるものではない、と琴緒は思っていた。――三日連続、三度も怪書に遭遇するまでは。
「まさかあ……」
琴緒は抜けた声を思わず漏らしてしまった。ふと目を向けた本棚に、青白く光る本があったのである。二日間現れた怪書と違ったのは、近くに文子がいたことであった。業務中に出すような声ではないことに気が付いた文子は、琴緒の元へやって来る。
「どうしたの? って、うわっ!?」
怪書を目にした瞬間、文子も妙な声を出してしまった。二人は並んで怪書を見つめる。
「琴緒ちゃん、もしかして怪書に好かれてる?」
「だとすれば、嬉しくないですね…」
琴緒は小さく溜め息をついた。
「まあ、怪書だからねー。さて、それじゃあ捕まえますか」
文子は呑気な調子で言うと、怪書に近付いた。すると、怪書は文子が手を伸ばした瞬間に、消えてしまう。
「えっ!?」
驚きの声を先に出したのは、琴緒の方であった。
「まさか、いつも通り消えるとは…」
文子はどこか忌々しげにつぶやくと、琴緒の方を見た。
「よし、捕まえよう! 前みたいに手分けして!」
「は、はい!」
文子の勢いに押されつつ、琴緒は返事をした。二人は前回と同じように、各自捜索する階を決めて探すことにした。
今度の怪書捕獲は長丁場になる、と覚悟した琴緒であったが、6階で捜索をしている途中で、別の階で探している筈の文子と、なぜか草吉が一緒にやって来た。
「琴緒ちゃん、実は…」
文子が苦笑を浮かべながら話を切り出したと同時に、琴緒は草吉の手にあるものに気が付いた。
「すみません、草吉さんが持っているものって、追っていた怪書なのでは……?」
琴緒の指摘に二人は頷いた。草吉の手の中には、青い装丁の本があった。光ってはいないが、二人の様子も併せてそれが怪書であることが分かった。
「その通りです。ここではお客様の迷惑になるかもしれないので、詳しいことは禁書庫で話しましょうか」
草吉のそう提案され、琴緒たちは移動することにした。地下へ向かう途中で琴緒は“話し声は駄目で、職員が不在なのは良いのか”という点に気が付いてしまったが、それを口にする勇気はなかった。
禁書庫に着いたところで、草吉は怪書の棚を背に、琴緒と文子に向き直った。
「この怪書なのですが、古本の査定をしているときに気付いたら手にしていたんです」
「気付いたら手に?」
琴緒が一部分を繰り返して言うと、草吉は苦笑しつつ頷いた。
「あまりにも突然のことで驚愕しましたが、今すぐ逃げるような素振りは見せなかったので、取り敢えず栞を挟んで鎮めました」
「吃驚してる割には、しっかり必要なことはしてるよねー」
文子がやや呆れたように言った。
「中身はやっぱり白紙なんですか?」
琴緒が尋ねると、草吉は首肯した。
「今までの怪書と同様に中身が白紙、または何か書いてあるが文字でも絵でもない、という部分は同じです。ですが、今回三日続けて現れた怪書は、妙に大人しくあっさり捕まる、そして毎日現れるという今までと違う点があります」
「それでもって、琴緒ちゃんの前に現れたんだよね」
文子の言葉を受けて、草吉は琴緒の顔を見る。
「そうなんです。吾妻さんは怪書に好かれているんでしょうか…?」
「うーん…いえ、心当たりは全くないので、偶然だと思います」
むしろ偶然出会って欲しい、と願いつつ琴緒は言った。
「まあ、今はそう考えることしか出来ないよね。…うーん」
文子はそこで一度唸ったあと、再び口を開く。
「何か、怪書に遊ばれている感じがするんだよねー」
「遊ばれている…言われてみれば確かに……」
草吉の言葉と同じことを琴緒は思った。消えたかと思えばあっさり捕まる怪書に、おちょくられている気がする。
「とにかく、怪書は未だに分からないことだけが分かった気がします。今回の怪書については、しっかり記録を取っておきますね」
草吉は琴緒と文子にそう言った。それからはいつもと同じように、何事もなく各自の業務についたのであった。
◆
――結局、その翌日から琴緒ら三人は業務中ずっと怪書が現れないか注意していたが、それは徒労に終わった。そして翌日も、翌々日も同じように身構えていたが、それからはぱったりと現れなくなってしまったのである。
それはまるで、怪書に遊ばれているかのようであった。
―了―
書架楼物語 鐘方天音 @keronvillage
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