第3話 ATTACK ON 幼馴染み

 その日、不登校の男は思い出した。

 ヤツに支配されていた恐怖を。

 お隣さんに囚われていた屈辱を。


「そんな…!!」

 高校生のレンは秋風の涼しい夕方の縁側に腰掛けながら戦慄した。

 彼の目の前には小さな庭を挟んで、外の道路と家を隔てる生垣。その上に……。


「あ…あの生垣は……に…2メートル…だぞ……」

「あんた、私のことバカにしてるでしょ!」

 生垣の上から顔を出した少女のツリ目がキッとレンを睨む。

「2メートルって生垣としてはそんなに大きくないから!」

「いやいや〜」

 と、レンは真面目くさって手を顔の前で振る。

「どっかの誰かさんの身長より60センチも高いのに、よくそこから顔を出せるね〜。一体どうやってるの?」

「そりゃ、台に乗ってるから……って、言わせるな!」

 少女は顔を紅潮させると、生垣に足をかける。そして、軽々と乗り越えてしまった。

 レンは再び戦慄し、そして、叫ぶ。

「巨人だ!」

「いや、嫌味か!」

 すかさず、飛んできた相手のツッコミに、しばしレンは考える。どうやら、もっと的確な表現をしなければならないらしい。


「……1.4メートル級巨人?」

「それは巨人なのか!? むしろ……」

「小人?」

「言うなーー!!……大体、1.4メートルじゃないし。……1.5メートルだし」

「そうなの!?」

 レンは思わず目を丸くし、それから花が咲いたような満面の笑顔になった。

「良かったじゃん。昔からの目標に届いたんだね! おめでとう! お祝いしなきゃ!」

 先ほどまでのからかい口調をどこかに忘れ、我が事のように喜ぶレン。

 そんな彼とは対照的にばつの悪そうな顔をする少女。

 うつむきながら悔しそうに呟いた。

「……四捨五入してだけど」


 ***


 100年破られなかった壁が突然破られるように、特に誰も破ろうともしなかったレンの家の生垣を突然乗り越えたこの少女、名をミカという。レンの幼馴染でお隣さんだ。

 レンとは年齢も同じだから、昔はよく一緒に学校に行ったものだ。まあ、今はレンが不登校中なのでだいぶご無沙汰しているが。

「全く」

 と、ミカはレンの隣に腰掛けてやれやれとため息をつく。

「あんた、学校こないで何やってんのよ?」

「そりゃ、自由に世界中の人とおしゃべりしてるよ」

「は?」とキョトンとするミカ。

「いや、だって、あんた、ずっと家にいたんじゃないの?」

「うん。いたよ。でも、大丈夫。僕には『自由の翼』があるから」

 そして、レンは胸を張って言った。

「『青い鳥』の翼は僕に自由をくれたのさ」

「それを人はツイ廃っていうの!!」

 ミカは呆れてそっぽを向いた。

「何よ。そんなことのために学校こないの? バッカみたい」

「バカとは失礼だな。ツイッターは素晴らしいぞ。ツイッターのためならなんだってできる」

「異常ね」

 ミカが冷やかな目線を送るもレンは意に介さない。

「この前やっと、僕は訓練兵団を卒業してだな……」

「ちょっと待って、何『訓練兵団』って!?」

「ネット上の集まり。で、とうとう……」

「とうとう、何よ?」

「『ツイッター調査兵団』に入団したんだ!」

「いや、何その集団!!」

 ミカは叫んでいた。いや、まあ、大体ロクでもないことするんだろうな〜、とは検討がつくけど……。

 ミカは思わず隣の幼馴染の肩を揺する。

「何を考えているの!? ツイッターの海に出た人類がどれだけ(社会的に)死んだか分かってるの!?」

「わ…分かってるよ!!」

 レンはミカの手をほどきながら言う。

「どれだけ過酷な組織か分かってるつもりさ。『調査兵団』のスローガンにもその過酷さが現れていると思う」

「スローガン……?」

 突然、レンは右手の握りこぶしを胸に当てると高らかに宣言した。


「『青春を捧げよ』!!」


「いや、悲しすぎるわ!!」




 *****


「いやさ〜」

 ミカはレンのツイ廃ぶりに頭を抱えながら尋ねる。

「あんたは何でそんな集団に入ったわけ?」

「そりゃ、あれだよ。反撃のためだよ」

「反撃?」

「そう」とレンは腰に手を当てて厳かに言った。

「リア充への反撃さ。奴らの習性を日夜ツイッター内で調査し、気にいらないツイートを見つけたら……」

「見つけたら?」

「炎上させてやる!」

「やり方が、非リアの極み!!」

 だめだ、こいつ。ミカは本日何度目かのため息。

 しかし、ここでミカが引き下がるわけにはいかない。そうすれば、レンは完全にツイッターの海に飲まれてしまうだろう。

「それで……」

 キッパリとした口調で尋ねた。

「何か直接の手柄を立てたわけでなくても、あんたの(社会的な)死はリア充への反撃の糧になったのですよね〜?」

「なぜ、突然の敬語!?」

 レンは明らかに狼狽の表情を見せる。かろうじて「もちろん!」と呟くも後が続かない。

 夕闇迫る秋の縁側。そこに訪れるしばしの沈黙。

 そして……。


「なんの成果も!! 得られませんでした!!」


 秋空に響き渡るレンの絶叫。


「僕が無能なばかりに……!!」


「ただ いたずらに青春を死なせ…!!」


ヤツらリア充の正体を…!! 突きとめることができませんでした!!」


 そんな幼馴染の『叫び』にミカは適切なコメントを送る。


「だろうな」


                        


<後半へ続く>







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アニメで乗り越える実社会生活。 下谷ゆう @U-ske

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