第2話 鈴木遥の合コン
『賢い女はモテる』という噂をいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それでも私、鈴木遥がいつまでそんな幻想を信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初から信じてなどいなかった。
それでも私は信じたかったんだと思う。
私は小学生の頃から勉強が得意だった。勉強することが苦ではなかったのだ。むしろ、新しいことを覚えるのはワクワクと胸が高鳴る。それに、良い成績を収めると周りの大人は褒めてくれる。嬉しくって、私はますます勉強した。
小学校5年生の頃、クラスメイトの男子を好きになった。
初めてのことでどうしたらいいのか分からなかった。方程式なら簡単に解けるのに。
仲の良い友達に相談すると、彼女は意外そうな顔をしながらもアドバイスをくれた。
「告白しなよ!」
私は勢いよく首を横に振る。
「無理だよ、そんな、恥ずかしい……」
「大丈夫。あたしも手伝うから」
「え、でも」
「『でも』じゃない!」
にっこりと笑う彼女に半ば押し切られる形で私はうなづいてしまった。
告白当日、教室は夕日で真っ赤に染まっていた。
私の頰は多分それ以上に赤かったろう。
その場にいたのは、私と呼び出しに応じてくれた彼、そして、心配だからとついてきてくれた友達の3人だけ。
「僕に言いたいことって何?鈴木さん」
彼が優しく問いかける。
言わなきゃ!
私はまぶたをぎゅうっと閉じて覚悟を決めると震える声で告白した。当時、頭が真っ白になっていて、具体的になんといったかはよく覚えてない。
ただ、彼の反応は鮮明に覚えている。
「ごめんなさい」
彼はペコリと頭を下げた。この歳の男子にしては希少とも言える誠実な態度だった。実際、彼は紳士な子だったのだろう。
「どうして?」
と、放心する私に代わって友達が彼に尋ねた。
彼は言いにくそうに俯くと、ポツリと呟いた。
「お楽しみ会で円周率を一万桁暗唱する人はちょっと……」
「ハルカちゃん、本当にごめん!!」
彼が帰って二人きりになった教室で彼女は私に手を合わせた。
お楽しみ会での暗唱を提案したのは彼女だったから。
後日、本屋で彼女が定期購読している女の子向け雑誌を見つけた。
それによって、なぜ彼女がそんな提案をしたのか明らかになった。雑誌の記事の中に大きく書かれていたのだ。
『賢い女はモテる!!』
いい子ではあるのだが、ちょっと頭のネジが抜けてる彼女だ。
『賢い女=円周率暗唱=モテる』という公式ができてしまったのだろう。
私は間接的にその記事のせいで振られたようなものだったが、その記事の言うことを信じることにした。
だって、私は勉強が好きだから。頭がいいことがステータスだから。
今更、自分のアイデンティティを否定して、バカになれって?
それは、無理だ。
その後、私はたくさん失恋した。
「俺は鈴木さんほど頭良くないから」
「鈴木と一緒にいると自分が馬鹿に思えるから」
「心の中で僕のこと馬鹿にしてるんでしょ?」
いつもそんな言葉とともに振られた。
そのたびに私はもっと勉強した。いつか、賢い女性が好きな賢い男の人に出会うために。
***
「で、T大に入ったと」
国内屈指の名門大学の名を挙げて、友達は呆れた顔をした。私に円周率の暗唱を提案してくれた彼女だ。
「それで?運命の人とは出会えたの?」
私は首を振った。……横に。
ここは神保町の居酒屋。間接照明がお洒落な店内のテーブル席。掘りごたつの席に横一列で女5人が座って、向かいの席一列を空けている。
今日は合コンなのだ。竹馬の友が幹事をやると聞いて無理を言って参加させてもらった。
「だって、T大の男の人って、女慣れしてないか、外でちやほやされる分、同級生を恋愛対象と見てない人のどっちかなんだもん」
私は唇を尖らせて言うと、彼女は声のトーンを落として応じた。
「だからって、よく合コンなんて来たね。言っちゃ悪いけど、男なんて学歴主義のプライドだけの生き物だよ。ハルカの大学聞いたら邪険にされるかもよ?」
「そしたら、それまでだよ」
「へ?」
私は自信を込めて言った。
「私は賢い女である私に自信を持っている。私はそんな自分を好きになって欲しい。だから、私の学歴を聞いて邪険にするような人はこっちから願い下げ。私に興味を持ってくれるような人を一本釣りする」
「どうやって?」
キョトンとする彼女に私は含み笑いで応じた。
***
男子陣がやってきて合コンがスタートする。
恒例の自己紹介。私の番が来る。
すくっ、と立ち上がった。
9人のギョッとした視線が集中する。
私は大きく息を吸い込んだ。
「T大出身、。ただの人間には興味ありません。この中に
神保町の某居酒屋のテーブル席がしんと静まり返った。
『 完 』
元ネタ:
『涼宮ハルヒの憂鬱』より
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