第13話 貴方と歩く道

卒業までの日は、目まぐるしいほどに過ぎていき、立派に”首席”という重い役目を最後まで果たしたアリシアは今日、この学院を卒業する。不思議な事に、あれからは”ゲーム通り”の筋書きは一切起きなかった。まず第一にサラと結ばれる相手が現れなかったのである。それが大きく影響しているのかは分からない。

だが結局、アリシアの力が暴走する事は無かった。


(…色んな事があったわ)


妖精たちの花畑に立ち、アリシアは振り返って校舎を見上げる。

3度目の学院生活だったが、それでも一番濃密で、…楽しい、2年間だった。


「アリシア様」


右手がそっと、温かい手の平の感触に包まれる。

ふと気が付けばレオンが隣に立ち、いつもの鉄仮面で見つめてくる。…だが分かっている。分かり辛いけど、この眼は心配をしている眼だ。

「ごめん、ボーッとしていたわ」


気が付けばサラ達は校門の方にまで歩いてしまっている。この後、学院主催の卒業パーティーがあるのだ。近場の会場を貸し切って行われる予定である。他の人間達はそれぞれ馬車などで向かっているが、アリシアが歩いて行くと言ったばかりに、サラ達もついて来てしまった。


「…無理を、していませんか?」


繋いだ手から、彼の心配が伝わって来る。

思わず、アリシアは苦笑した。


「相変わらず心配性ね。大丈夫よ、だってこうやって手を繋いで一緒に歩いてくれる人が傍にいるんでもの」


繋いだ手は変わらず温かくて、だからだろうか、妙に哀愁が胸を締め付ける。

アリシアは人より長くこの学院に居た。だが一度も”卒業”を果たす事は無かった。だからこそ―…。


「でも、寂しいですね」


代わりに紡ぐレオンの声に、アリシアが顔を上げる。レオンの青色の瞳は寂し気な色を宿しながらも、優しく揺らめいて見えた。…あぁ、そうか。寂しいのだ。一度も果たす事のなかった卒業式。その別れが、堪らなく寂しい。

そんなアリシアでさえ見落としてしまいそうなアリシアの心を、レオンがそっと拾い上げてくれる。


「…うん、寂しい」


ぎゅ、っと、レオンの手を握り返す。変わる事のなかった袋小路の学院生活。その別れが寂しくないと言えば嘘になる。これからだって、過ぎ去っていく時に、変わりゆく現実に、時にはこうやって無性に寂しさを抱く時もあるのだろう。


「アリシア様の弱音、初めて聞けました」


でも隣で手を繋いで、笑ってくれるレオンが居れば、きっと大丈夫だと思える。

珍しく上機嫌で笑うレオンに、アリシアもつられるようにして、笑った。


「これからは、ガンガン甘えていくって決めたからね」


「アリシア様にしては珍しく良い判断です」


「珍しくってどういう意味よ!」


「そのままの意味です」


レオンに手を引かれ、ゆっくりと歩きだす。一歩、一歩、確実に前に。

寂しさも、悲しさも、嬉しさも、楽しさも、全部全部、拾い上げて、そうして、手を繋いでこれからも歩いて行こう。

道の先は、暗闇に包まれている。何があるかなんて、誰にも分からない。

だが、その暗闇を恐れる事はきっともう無いだろう。手を繋ぎ、一緒に歩いてくれる人の手の温かさが、恐怖なんて吹き飛ばしてくれるから。


「あっ卒業パーティーでケーキたくさん食べて良い…?!」


「駄目です。夕飯が食べられなくなります」


「いや、レオンは私のお母さんか」


「俺は貴女の騎士で、恋人です」


いつものように言い争いながら、小さくなっていく背中を、花畑の妖精たちはいつまでも見守っていた。

願わずにはいられない。彼女達の行く道が、幸せで満ち溢れていることを。

…いや、願わずとも、運命を切り拓いた彼女ならきっと、幸せを掴み取るだろう。


花びらが風に舞い、そっと空へと舞い上がった。

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私、3度目の人生では悪役令嬢やめます いばら @ibara0827

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