移ろう季節を瞳に溶かす

@shp0583

Prolog

 …今年はきっと、これで最後だ。


 仄かに肌に滲んだ椿、それは、彼女が愛した花の名前でもあり、彼女そのものでもあった。

 重力に引かれ、深々と降り積もる涅槃の雪はいつになく寡黙で。悴んだ鼻先や指で、その結晶の一つ一つが染みるような寒さを感じながらも、ブランケット一枚を膝に乗せた背中は動かない。いつまでも、取り憑かれたように雪を眺めていた。彼女の瞳、緩い茶のコントラストは今、恐らく冬に染まっている。瞳の中に季節は移ろう。さぞかし、いや、この世で一番美しい四季の展開が行われている。だけどあまり冷えると身体に障るな。そんな気遣いも兼ねて彼女の名を呼ぼうとすると、一際明るい声が先手を切った。振り返った鼻先には、やはり雪が溶け込んでいた。


「雪の色って、?」


 その双眸は、さながら無邪気な子供のようだった。俺はその問をゆっくりと咀嚼し、喉を通し、腹に収める。そして痛む心臓も迫り上がる言葉も無視して、空を見上げた。


 君には一体、何色に見えているのだろうか。


「……しろ、白かなぁ。」


 俺には、こんな風にしか映らないのに。

 彼女はそれを聞いて満足したように綻び、白息を馴染ませながら、また空を見上げた。その拍子に呻いた車椅子の車輪の方が、この寒さに参っているような気がして苦笑する。


 冬は寒い。雪は白い。繋いだ手は、暖かい。


 そんな当たり前を、この冬に閉じ込めてまた桜を待つのだ。新たな季節を迎えれば彼女は、また同じように麗らかな日差しの中に立ち、そして問うのだろう。春の風物詩、満開の桜の色を。





 ________だから、もう少し。

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