【ЯGW 1】ラグナロク 〜神々の運命と選択〜
木沢 真流
【ЯGW 1】 ラグナロク 〜神々の運命と選択〜
前作:ボクはボクの務めを果たす
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889464719/episodes/1177354054889464891
「だから、俺じゃないっすよ」
只野の取り調べは難航していた。状況証拠はすっかり揃っており、りりす殺害の自供は時間の問題だと思われた。あとは遺体の場所だけ、警察側はそう睨んでいた。
「どこまでしらばっくれるんだ、このハゲ野郎! ウニにして食ってやろうか!?」
中肉中背の贅肉男が机をバン、と叩くとその振動でライトが揺れた。テカった額から脂の匂いがつーんとした。
「ウニ? あんた酔ってんのか、ったく。あぁ、こんなことしてる場合じゃないんだって、5日経ったら俺死んじまうんだから」
「この野郎、訳のわからないこと言いやがって——」
今にも殴りかかりそうに振り上げた右腕を、別の白髪混じりの男が止める。
そして白髪男はゆっくり首を振った。
「大丈夫、私が代わろう」
はい、そういうと贅肉男は部屋の隅の椅子に腰掛けた。
白髪男は整ったスーツを、もう一度正した。
「疲れたろ、意地になるのもわかる」
「だから、違うって。確かに俺はりりすたんの事はつけてたかもしれません。でも殺してなんか……」
白髪男は、はっ、はっ、はっ、と声をあげた。そして息を整えると、口角をあげた。
「何がおかしい!?」
ひっ、ひっ、ひっ、としばらくかすれたような笑い声を喉から出した後、白髪男は視線を落とした。
「いや、大丈夫だよ。犯人が君じゃないことはわかってる。これからの答え次第で私は今すぐ君を家に返すことも出来なくもない。いやそれだけじゃない——」
白髪男は言おうとして、止めた。
罠か? どうせこうやって俺を嵌めるんだろう、只野は思った。しかし次の言葉で只野の全身に鳥肌が立つことになる。
「知ってるんだろ? GWのありかを」
白髪男の目の奥が赤く光った。
そしてにやりと浮かべた笑みは、一気に冷酷の表情へと姿を変えた。
「君にはもうかつての力は残っていない。ならばこちら側につくことだ。新たな世界で君は再び強大な能力を存分に発揮できる」
「あんた……一体……?」
白髪男は頭を微塵も動かさずに、そっと腕を差し出した。そしてその袖に書かれた文字を見て只野は狼狽した。
「……a……w! お前……」
「世界を創造、力を封印……。面白い、でもおかげで権力の余白が生じた。そこに我々awは入り込んだ。神と代行者にGW発動の能力が失われた今、GWを発動できるのは私だけとなった。あとはGWを手にいれるだけだ。私が調べたところによると、りりすが死んだ後、GWは自動的に次の超越者の元へ託されることになっている。君に心当たりがあるのだろう、その超越者の存在を」
超越者。きっとマリエルのことだろう、だがこいつはまだそれに気づいていない。これだけは言ってはいけない、只野は思いついたその事実をぐっと飲み込んだ。
しかし、その時、
「にゅあ〜」
可愛らしい鳴き声とともに、一匹の猫が、取調室に入り込んできた。
只野が咄嗟に立ち上がる。
「マリエル! 来てはだめだ。こいつはGWを発動させるつもりだ、早くGWを持って逃げろ!」
「おやおや、これはまあ。カモがネギを背負ってくると人間が作った言葉はこの時のためにあるのだな。マリエルよ、渡してもらおうか。君が持っていても意味のないそのGWを」
「うるさいにゅあ〜このGWはりりすたんの形見。ボクは今超越者になったにゅあ! 今こそこのGWを発動させ、お前を消すにゅあ!」
マリエルがGWを高らかに掲げた。
……がしかし、何も起こらなかった。
「おかしいにゅあ……」
白髪男、いやawは腹を抱えて、笑い出した。
「残念だったな、りりすが非業の死を遂げた場合のバックアップシステム。そんなことに私が気づかないとでも思ったか? すでにお前の力は封印済みだ。お前にGWの発動する権利はない」
そのままawは目を赤く光らせると、部屋中に電気が走ったように、マリエルと只野は震えながら動けなくなった。そのまま床から突如出現した茨に只野とマリエルは身動きが取れなくなった。
そのままawは動けなくなったマリエルのしっぽを踏みつける。
「ふぎゃ! りりす……たん。ごめんにゅあ」
「最期の嘆きか、勝手にするがいい。今度創造する世界からお前は消滅させてやろう」
何もできずおどおどする只野。
「りりす……たん」
「冥土のみやげにお前らにGWの発動を見せてやる」
awはマリエルの首にかかっていたGWを奪い取ると、高く掲げた。
「今こそ、天地創造の一週間をここに!」
只野とマリエルは力強く目を閉じた。
……しかし、
「何故だ。何故発動しない?」
その時だった。
部屋の隅から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「黙って聞いてりゃ、いい気になってさ。あんたにそれは使えないよ」
皆が声の主を見た。
そこには贅肉男が隅に座っていた。そしてにやりと笑みを浮かべる。
「何? お前今なんと?」
贅肉男は笑みを浮かべたまま徐に立ち上がると、ゆっくりと距離を縮めた。
「だーかーらー。あんたには使えない、って言ってんだよ」
「何を……神と代行者達がGWの発動を封印された今、残されたのは私だけ……」
「もし封印されてなかったら?」
「まさか、お前……?」
贅肉男はピタリと止まった。
マリエルが、喉元まで迫った茨に耐えながら声を出した
「りりす……たん?」
「ごめんね、マリエル。ああするしかなかったんだ。記憶と力を封印してしまった以上、こいつらの力に気づけなかった。だから肉体を捨てるしかなかった。戦うことも実はできたんだけど、あのままでは勝ち目がなかったんだ。だから一旦肉体を捨てた。そうすることで、GWはマリエルに委譲された、間一髪でGWを奪われるのを避けたんだ。でもバックアップシステムに魂の浮遊もつけておいたお陰で、こうやって他人に乗り移ることができたんだ」
マリエルには分かる。額の脂こそライトを反射してテカっていたが、その微笑みは紛れもない、あのりりすの優しい笑顔だった。
「それからはこうやってawの本体を探し出すために他人の体を拝借してたってわけ。自分でべらべら喋ってくれたお陰で探す手間が省けたよ」
「黙れ! 今ここで、封印どころが、その存在を消してやる!」
awの手から赤い波動が発せられた。
ただちにりりすも同様に波動を発する。それは青く、まるで深い海のようだった。
赤と青のエネルギーのぶつかり合い。しかし、明らかに赤の勢いが強く、りりすはすぐに押され始めた。
「くっ、他人の体だから力がうまく使えない……」
「りりすたん、今行くにゅあ!」
茨の力が弱まった今、マリエルがりりすの元へ飛び移る。
そして同様に波動を発する。しかし——
「こいつ、……awのくせに、なかなか……やるわ……」
aw対、りりすとマリエル。全くの互角の戦いとなった。
ここで負けた方が消滅、勝った方が世界の創造者となる。
awは只野に声をかけた。
「おい、元神よ。こちらにつけ! そうすれば新しい世界でもう一度りりすたんをムハムハできるぞ」
只野の頭は昔の思い出が蘇った。
ムハムハむはむは…………あの頃に戻りたい……
よし、行くぞ、只野がawの元へ飛び移ろうとしたその時、
「待って! もしこっちを手伝ってくれたら、あんなことやこんなこと、いくらだってし放題よ! ほら……思いだして……あのボンキュボンの私を!」
まるでボンレスハムの贅肉男の口から発せられた言葉に全く説得力はなかった。が、しかし妄想力だけは人一倍の只野の脳裏にはしっかりとあの頃のりりすたんをリアルに再現できていた。
只野は、awとりりすを目で行ったり来たりした。
……ムハムハと、りりすたんとあんなことやこんなこと……
「りりすたん、もうだめにゅあ……」
次の瞬間、世界が眩しい光で包まれた。
*****
「……で、お前はこっちを選択した訳だ」
只野は寝そべったまま鼻くそをほじっては捨てた。
「なんか文句あるんすか」
雲の上。人々を見下ろせるその天上界で、只野は上司の神とくっちゃべっていた。
上司の神はあざけるように、息をふっと吐き出した。
「結局犯人は分からず只野は死に、お前はここでひっそり神様稼業継続、いい気味だな。でもりりすたん側についたからにはサービスもしてもらったんだろ?」
「え? ああ、まあそうっすね」
只野は確かにサービスは受けたが、ボディは贅肉男のままだったとは言えずにいた。
「いいんすよ、もうりりすたんのあのボンキュボンはどこにもなくなっちゃった訳ですし、自分こんな感じでのほほんとやってた方が性に合ってるかなって最近気づいたんで」
へえ、上司の神さまは興味なさそうにそう呟いた。
****
「にゅあ~」
甘ったるい声で鳴く、愛猫のマリー。
頬を舐められた飼い主が目を覚ます。
「おはよ。マリー」
「にゅあ~」
デジャヴ、だろうか。前もこんなことがあった気がして、飼い主は首を傾げた。
細かいコトは、あんまり覚えていない。
しかし、長く煩わしかった何かから、ようやく解放されたようなサッパリ感があるようだ。
「ま、いっか」
飼い主は冷蔵庫から、昨日スーパーで買っておいたアレを取り出した。
「にゅあ!!?」
マリーが嬉しそうにぴょこんと跳ねる。
「マリーにごちそうだよ。はい、ウニ」
「にゅあ~」
すり寄ってくるマリーを抱き上げ、それをぎゅっとした。
スリスリする前に、額の脂を洗顔シートで拭き取った。
マリーと一緒だと、私は幸せ、男は思った。
私みたいな中肉中背の、取調べでは鬼のように吠えている男が猫なんて、と良く言われる。
でも好きなものは仕方ない。
ただでさえストレスフルな毎日を、マリーはいつも癒してくれるのだ。
しかし彼はきっと覚えていない。
かつてGWを巡って神をも交えた世界の争奪戦をしていたことを。
そして本当はりりすたんとしてボンキュボンのスタイルの17歳だったことを。
そして最後に力と記憶と、そしてGWの力も封印したということも。
封印した理由は二つあった。
一つは世界の安定を保つため、そして二つ目は単純にGWが終わったから。そうあの輝ける日々はもう終わったんだ。
これで世界が不安定になることもきっとない……記憶を封じる前、彼、いや彼女はそんなことを考えていただろう。
もうGWがどこに行ったのか、知る者はいない。きっとどこかに消滅したに違いないのだ。
ただもしかして、一年後、GWは再びやって来るかもしれない。
その時はまた血で血を洗う戦いが繰り広げられるのかもしれないが、それは誰にもわらかない。
「マリー、もう食べちゃったの、あ、待って!」
マリーの食べた皿。深底となっていたその底辺に男は何か書いてあるのに気づいた。
「ん? なんだこれ、うちにこんな皿あったっけ。それに何この文字……え、と……あ、こらーマリー待って! そこには買ったばかりの魔除けのツボが……」
その低くしゃがれた声と中肉中背のボディはそのまま遠くに消えて行った。
残されたのは深底の皿。そこにはうっすらとかろうじて読める文字でこう書かれていた。
GW。
see you next year...
【R→ЯGW 0-X】エピローグ 誰かの他愛もない会話
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