新宿異能大戦82『終焉と始動の加速』

「こちら、報告書の第二稿です」


「ああ」


「次は新人たちの指導マニュアルに取り掛かりますね」


「ん」


 1月10日、15時20分。

 警察庁異能課。


 厚みのあるコピー用紙の束を手渡し、義堂ぎどうは静かに自席へと戻っていく。

 本来多少の決裁やら書類回付やらはデータで済ませるのだが、こういう重要書類に関してはわざわざ紙で出している。

 純子いわく「液晶だと目が滑るから」だそうだ。


「…………」


 今、オフィスには義堂と純子じゅんこしかいない。

 というのも昨今の社会情勢の影響で『異能』関係の事件が頻発し、他のメンバーたちは出払ってしまっているのだ。

 しかしそれだけならまだマシで、今後は大幅増員という事で大量に配属される『異能者』たちを指導・監督しなければならない。二人が残っているのはそれがあるからだ(もちろん、首都に『国家最高戦力エージェント・ワン』を置いておきたいという政治的思惑もあったが)。

 正直、体がいくつあっても足りない状況である。


 ただひたすらに書類をめくる音とタイピング音が響きわたる。


「……事件が終わってから二週間。

 同時に英人く、じゃなくて八坂やさか英人ひでとが消えてからも二週間か」


 純子は一枚、ページをめくる。


「彼、何か言っていたか?」


「何も」


「本当に?」


「ええ」


「ふぅーん…………」


 純子はもう一枚、ページをめくる。


「引き留めたりはしなかったんだ?」


「あいつは、必ず戻ってきます。必ず」


「言い切るねぇ。

 根拠はあんのかい?」


 その言葉に義堂はタイピングの手を止めて顔を上げた。


「一度は世界を超えて返って来た奴ですよ?」


「……はっ、ははははははははは!

 確かに! そりゃそうか!」


「だから俺はひたすら待ちます、自分のやるべきことと向き合いながら。

 じゃなきゃもしあいつが帰って来た時に合わせる顔がない」


「はっ、流石は大親友と言う訳か。

 ちょっと妬けるねぇ」


「それに――」


 義堂が言いかけた時、純子のデスクの電話が内線で鳴る。

 純子が受話器を取ってそのまま一分ほど話し、ゆっくりと受話器を置いて言った。


「――仕事だ。永田町に『異能者』の暴徒が出た。

 早々に排除しろと上から直々のお達しだ」


 義堂はすぐさま立ち上がり、コートを羽織った。

 議事堂付近の騒動となると国の面子に関わる。『国家最高戦力エージェント・ワン』が動員されるのは当然の流れだろう。

 彼は足早に駆け、課の分厚いドアを開きながら純子へと振り返る。


「八坂と同じくらい、その周囲の人間もタフですから」


 その眼には一点の迷いもなかった。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 同日、16時23分。

 横浜市某所。


「お、おじゃましまーす……」


 玄関のドアをそーっと開け、栗色の髪の美少女が静かに脚を踏み入れる。

 ここは早応大学港北キャンパスからそこそこの距離にあるマンション。

 英人の実家のお隣さん兼幼馴染の白河しらかわ真澄ますみはその203号室にいた。


(な、なんか合鍵使って入るのってドキドキする……)


 キョロキョロと無駄に周囲を見回しながら、真澄はうっすらと埃が積もった廊下を歩いていく。

 英人の部屋にお邪魔するのは今回が初めてではない、だがやはり緊張してしまう。もしかしたらひょっこり帰ってきているかもしれないからだ。


「………やっぱり、ダメでしたか」


 しかし誰もいないリビングがその淡い期待を打ち破った。

 真澄は軽く溜息をつき、早速掃除の準備に取り掛かった。


 八坂英人が行方をくらました――その事実を知ったのはつい先日のことだ。

 どうやらあの事件の直後から失踪していたらしいが、それこそあんな事件の直後、さらには年を跨いだことで発覚が遅くなった。

 なのでもう二週間以上、この部屋の主は不在なのである。


「まずは換気……ですね」


 なので今日は主に代わって掃除をするのが真澄の役目。

 いちおう失踪発覚直後に英人の両親が部屋に入ってゴミ捨て等は行ってはいたのだが、掃除がまだだったのでこうして買って出たわけである。

 真澄は手際よくカーテンと窓を開け、掃除がしやすいように家具の位置を動かしていく。


「んしょ……」


『精が出るな、娘さん』


「…………へ?」


 突然響いた声に、真澄は目を丸くした。


「え!? 何!?

 誰誰、誰ですか!? というかどこ!?」


『こっちだこっち、押入れの中』


「え、え……?」


 表情を引き攣らせる真澄。誰もいない筈の部屋から声が聞こえてくるなど恐怖以外の何物でもない。

 でも何か英人に繋がる手掛かりになれば……と恐る恐る観音開きになっているクローゼットの扉を開けた。


「け、剣……?」


 するとそこにあったのは古ぼけた一振りの西洋剣だった。


『おうよ』


「わぁっ!?」


『いやいや驚き過ぎだ。

 少し前ならいざ知らず、今なら別に剣ぐらい喋ったっておかしかねぇだろうが』


「そ、そうですかね……?」


 真澄は思わず首を傾げたが、確かに昨今のことを考えたら剣くらい喋るかもしれない。

 そう思ってひとつ咳ばらいをした。


「それでは気を取り直して。

 あの、えと……どちら様、ですか?」


『俺か?

 元「英雄」だよ、あいつよりもずっと前のな』


「ず、ずっと前……?」


『おうよざっと千年だ』


「千年!?」


 真澄が驚くと西洋剣こと『聖剣』はカタカタと震えて笑う。


『ははは、まぁそういう訳だ。

 まったく後輩め、この俺どころかこんな可愛らしい子まで置いていくとは……まあいい、娘さんひとつ相談があるんだが』


「な、何でしょう……?」


 神妙な顔を浮かべて真澄は『聖剣』を見つめる。


『俺を使ってみる気はないか?』


 飛び出したのは思いもがけない提案だった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そこは、棺以外何もない空間だった。


 壁も。

 天井も。

 床も。


 それどころか上下左右の概念すら、ない。

 ただひとつの棺だけがぼんやりと空虚に浮かんでいる――そういう世界だった。


 そして棺の中には、石。

 石のように風化した人が横たわっていた。

 もちろん呼吸も鼓動もない――が、それはまだ確実に生きていた。

 生きて、ただ己の役割を果たし続けていた。


 そんな折。


「――――なるほど、ここでしたか」


 一人の壮年の男が、その世界に脚を踏み入れた。

 

「色々と想定外はありましたが、あれほどの騒動を起こされては流石の貴方も尻尾を出さざるを得なかったみたいだ。

 ふっ、『悪魔デビル』も使いようか」


 男は純白の法衣を身に纏い、棺の前まで闊歩する。

 彼こそは現実世界において十字教の最高位を務める男――名はユリウス六世。


「さて、ようやく見つけましたよ『創造主』

 その名の通り貴方には理想の世界を創ってもらいます」


 世界はまさにその流れを加速させようとしていた。



                         ~新宿異能大戦編・完~



【お知らせ】


 いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

 これにて『新宿異能大戦』編は完結です!

 長かった……本当に長かった……ここまでついて来てくれた読者には本当に感謝です!気付けば展開も終盤、物語りはいよいよ最終章へと入っていきます。


 ここでひとつ、大事なお知らせをさせてください。

 拙作『異世界の英雄よ、現実世界でもう一度』ですが、ここで一旦休載させていただこうと思います。

 期間は未定です。楽しみにしておられる読者の方々に置かれましては、本当に申し訳ありません。


 ちなみに理由は至極単純で、最終章(仮)の構想が全然練り切れていません(泣)プロットすら全然というレベルで(泣)

 これまでもちょくちょく休載は挟んでいましたが、今回ばかりは並大抵の時間ではきかないなと思い、この決断に踏み切りました。

 一応連載を始めた当初から大まかなオチは考えてあり、それは今も変える気はないのですが……いかんせんこんな状態では到底お話は作れません。ですのでどれくらいになるかは分かりませんが、時間をください。最後を最高の形で締めくくる為に、筆者も出来るだけの力を尽くしたいと考えています。


 世界の事。

 少女たちの恋。

 そして英人のこれから。


 その全てをしっかりと終わらせられることこそが、この作品を作った作者に課せられた責任であると考えています。

 少し待たせることになってしまいますが、元『英雄』の物語は必ず終わらせます。


 それまでしばしのお別れということで、どうか皆さんご容赦を。

 また近いうちに必ずお会いしましょう!

 

 それでは!


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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度 ヘンリー @staymen

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